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<数息観瞑想 日誌>2026年度版(2)

<数息観瞑想 日誌>2026年度版(2)

https://youtu.be/DrYfkCwl-r8

~日々の数息観瞑想の記録~

1月分
2026-1-19(月)朝の室温12度。

自宅瞑想、6:40-7:10、(椅子)端座位数息150回?般若心経1回、ストレッチはさぼる、メモ書き。

40回目くらいまでは、深く大きく呼吸しながら、数を数えていた。が、そのあとは、だんだん、ぼうっとしてきて、<漠たるイメージ>のなかを漂いはじめた。数を数えているようでもあり、<雑念>のイメージを見ているようでもある。

150回目前後で、我を忘れて、瞬間的に、寝ている。ふと気づいて、数を数えなおすが、すぐに、うやむやになってしまう。同じことを何回も繰りかえしている。数が、いっこうに前へ進まない。150回目前後を、行ったり来たりしている。体も気持ちも、とろけそうだ。数息を中止した。

ひどい倦怠感だ。心経も、読む気になれず、ストレッチも、まったくやる気になれない。横になり、眠りたい。

昨晩、くしゃみが頻発して、鼻水が流れ出したので、薬(ザイザル)を飲んだ。その副反応だろう。いや、そうとしか考えられない。食事をしたら、また寝よう。いつでも、好きな時に寝る特権を、与えられているのだ。

2026-1-20(火)朝の室温12度。

自宅瞑想、6:20-6:55、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

100回目くらいまでは、<雑念>も出ていたが、まずまずちゃんと、数を数えていた。

<雑念>で、おぼえているのは、演劇関係の知り合いで、フェイスブックで友達になっているS氏とY 氏だ。二人とも、還暦を過ぎても、現場に出ている。とくに、S氏の活動は、鬼気迫るものがある。

100回目以降は、やや、ぼうっとしてきた。目の前の暗い空間なのか、頭のなかなのか、しかとは判別しかねるが、イメージが出てきた。川沿いに並んでいる、マッチ箱のような、かわいい住宅が見えている。

ほかにも、なにか見えていて、注意が、そちらのほうへ向かっている。数を完全に忘れている。ふと気づいて、何度か、数えなおす。そのうち、眠くなってきた。端座位が窮屈だ。150回目で、数息を終了した。

締めの心経を読み終え、ストレッチにはいった。手首の傷は、ほぼ治っている。が、まだ、<かさぶた>がある。左手首を動かす動作は、念のため、自重した。とはいえ、スクワットなどの、やや激しい動作は再開した。

久しぶりのスクワットだ。20回、大きく呼吸しながら、ゆっくりやった。息切れしない。スイスイできる。あきらかに、手術前とは違う。

術後、主治医の先生が、病室に来て、レントゲン写真のコピーを見せてくれた。手術前と手術後の、心臓の血管が写っている。細かった血流が、太くなっているのがわかった。

手術は無駄ではなかった。それどころか、健康状態が、確実に、改善している。医学の発達が、自分の寿命を長くしている。ありがたいことだ。けさは、素直に、そう思えた。

2026-1-21(水)朝の室温、8度。

自宅瞑想、7:00-7:30、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

深く大きく呼吸しながら、数を数えはじめた。ファンヒーターをつけ、最大限に着こんで、コタツに入っている。腰回りも、背中も寒くない。

40回目をすぎると、頭のなかに、イメージが出てきた。かなりはっきり見えている。む!憶えていたつもりが、ひとつは、思い出せない。もどかしい。もうひとつは、キツネのような、モグラのような動物だった。イメージについての感想はなく、ただただ見ているだけだ。

そのうち、我を忘れてしまった。ふと気づいて、50回目くらいから数えなおす。が、そのあとも、頭がぼうっとしている。数を、ちゃんと数えていない。なかなか前へ進まない。

100回目で中断した。端座位をくずし、背中を椅子の背につけて、少しぼうっとしていた。頭のなかに、知り合いの夫婦の裸の姿が見えた。すでに離婚している元奥さんを、好奇な目で見ている。不謹慎とは思わない。罪悪感もなかった。

そのあと、すこしたって、意識が、はっきりしてきたので、締めの心経を読んだ。ストレッチも、通常に戻して、ゆっくり、しっかり、20分ほどやった。

左手首の傷は、5ミリほどの<かさぶた>になっている。周囲の赤みもとれ、押しても痛くない。ほとんど治った、と言ってもいい。久しぶりに、あさって、温浴施設へ行くつもりだ。広い湯船で、ゆっくりするのが楽しみだ。

2026-1-22(木)朝の室温、9度。

自宅瞑想、6:30-7:05、(椅子)端座位数息150回?ストレッチ20分、メモ書き。

100回目くらいまでは、<雑念>も出ていたが、ちゃんと、数を数えていた。

<雑念>は、日常生活関連のことで、多少イライラしたことが、いくつか思い浮かんでいた。とくに、<車のバッテリー上がり>には、まいった。

昨年9月に、車検を受けたばかりだ。とはいえ、近頃は、あまり走っていない。つい油断して、二週間ほど、エンジンをかけなかったら、もう、うんともすんとも言わない。これまでになかったことで、お手上げだ!しかも、火曜、水曜と、ディーラーが、ちょうど休みだ。ほんとうに、頭にくる。

100回目以降は、頭が、ぼうっとしてきた。数をかぞえているような、かぞえていないような感じだ。漠としたイメージのなかを漂っている。酸素吸入器をつけた老人が見える。杖をついている。よろよろと、自分の横に来て、座った。その気配を、リアルに感じて、すこし、ぞっとした。

数をかぞえなおした。だが、すぐに、いくつまで数えたか忘れてしまう。140回目かと思うと、次には、190回目くらいになっている。ちらっと目をあけて、ストップウォッチを見た。32分ほどたっている。もういいだろう。終了した。

そうそう、昨日あたりから、また、PCマージャンゲームをやりはじめた。一時、夢中になっていたが、飽きてしまい、しばらくやっていなかった。と、<点数計算>を、あれほどしっかり覚えたのに、ほぼ忘れている。自分に、ちょっとがっかりした。ガキの頃から、記憶力には自信があったのだ。

一般的に、<麻雀>は<ボケ>防止にいいようだ。たしかに、数を計算していると、ほとんど使っていない脳のなかの、ある部位が、働いているように感じる。この年になって、せっかくマスターしかけた<マージャンゲーム>だ。このまま、忘れてしまうのも残念だ。点数表などをメモ書きしたノートを取り出した。

ちなみに、自分の<アバター>は、銀色の、やや長髪の、ニヒルな感じのイケメンである。

2026-1-23(金)朝の室温7度。最低気温がマイナス8度!

自宅瞑想、6:40-7:10、(椅子)端座位数息150回?般若心経1回、ストレッチ20分、メモ書き。

40回目くらいまでは、まずまず、数を数えていた。が、そのあとは、ただただ、ぼうっとしていた。<雑念>も出ていたが、よく覚えていない。

100回目くらいで、ちゃんと数を数えようとした。しかし、またすぐに、ぼうっとしている。そのうち、端座位が窮屈になってきた。おそらくは、150回目あたりで、姿勢をくずした。コタツに入ったまま、脚を、少し前に伸ばし、イスの背にもたれた。そのまま、少しの間、ぼうっとしていた。

どうも、<数息>に集中できん!数を数えようとする意思が希薄だ。積極的になれない。締めの心経も読む気になれない。立ち上がった。だが、ストレッチは、ゆっくり、しっかりやった。体の曲げ伸ばしが心地いい。今朝は<こころ>より、<からだ>ほうが、緊張からの解放を求めている。そう思った。

2026-1-24(土)朝の室温、8度。最低気温マイナス5度。

自宅瞑想、6:20-6:50、(椅子)端座位数息150回?般若心経2回、ストレット20分、メモ書き。

100回目くらいまでは、<雑念>が優勢だった。その合い間合い間に、数を数えている、といった状態だった。

<雑念>は、プライムビデオで、おととい見たアクション映画で、殺し屋同士の、殺し合いの場面が、思い浮かんできた。人間を殺すことが、ゲーム感覚で、描かれている。

見ていて、痛みは、ほとんど感じない。映画でよく見る、無人機による攻撃と同じだ。殺された人間の痛みは、考慮されない。現代戦の様相が、映画やゲームに、色濃く反映されているのだ。いかがなものか、と思える感覚すら、消滅してしまった。

あとは、暗い湖面に<ネッシー>のような、奇怪な生き物がうごめいている。と、壁にかかっていた大きなスプーンが落下する。おもわず、かがんで拾おうとする。と、体が、ぴくっと動いた。夢を見ている状態と、ほとんど同じだ、と思った。

100回目あたりで、ふと、気づいた。端座位が窮屈に感じられたので、座りなおした。また、数を数えだすが、すぐに<漠としたイメージ>のなかを漂っている。数なんか、ほとんど、数えてやしない。自分でもよくわかった。150回目前後で、中断した。

体調不安もなくなり、気持ちが楽になった。それと、創作活動を、ギアダウンした。ノルマを減らして、最低限のことしか、やらないことにした。<数i息>に身が入らなくなったのは、なにかを、痛切に求める気持ちが、薄れたからかもしれない。いや、たんに、すこし飽きたのだろう。

2026-1-25(日)朝の室温8度。

自宅瞑想、6:20-6:50、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

はじめのうちは、ちゃんと、数を数えていた。が、そのうち<雑念>が出てきた。知人Z氏や旧友のS氏のことが思い浮かんでいた。二人とも生きているのだろうか?ふと、気になった。そのうち、頭が、ぼうっとしてきた。

100回目で、端座位が窮屈になり、座りなおした。集中が切れて、すこし<素>の状態に戻ってしまった。とはいえ、やめるには早すぎる。また数を数えはじめた。

すぐに、ぼうっとしてきた。数を、しっかり数えているのでもない、さりとて、イメージを、しっかり見ているのでもない。あいまいな、あやふやな、あるかなしかの状態だ。けだるくて、眠い。このまま端座位を続けるのが大儀だ。150回目で、終了した。

あと、朝方見た夢が頭に残っていた。要点だけでもメモ書きしておこう。

個人の家に<民泊>しているようだ。JKさんが、青系統の、ひらひらしたドレスを着て、にこにこ笑っている。腰回りが、やけに太くなっている。連れの女性YKさんに気を使いながら、チラチラ見ている。

トイレに行く。長方形の、大きな便器に、水がいっぱい張ってある。中庭に洗濯物を取りに行く。途中の部屋に、昨日出会った、アジア系の若者がいる。二人とも、まだ起きたばかりで、ゴロゴロしている。お~、と手をあげて、あいさつする。ふと、トイレの電気がつけっぱなしだったことを思いだす。宿の主人の姿が思い浮かぶ。まずいことをしたと思う。

宿の玄関先。みな、出発の用意をしている。晴れがましく、がやがやしている。歩き出す。一人になり、見知らぬ場所に迷い込む。太い、コンクリのパイプのようなものが、空中に、くねくねしている。中を電車が通っているのだと思う。

暗い坂道を、年配の男性が登っていく。声をかける。上には、卓球場しかないと言う。場所は、と聞くと、四国の南側あたりだと言う。自分は<与野駅>に行きたいわけで、途方に暮れる。

お馴染みの主題が、いくつも出ている。民宿、トイレ、女性たち、アジア系の若者、見知らぬ土地、彷徨。とくに、<見知らぬ土地の彷徨>は、<うつろな心情>の隠喩として、よく夢に出てくる。

手術も終わり、体調も良くなった。なんの不安もなくなったと思っている。だが、じつはそうではない。<実存的な不安><根源的な不安>が、また、頭をもたげてきた。

自分は、生きているかぎり、<不安>から解放されることはない、のかもしれない。もっとも、自分から<不安>が消え去れば、それはもう、自分ではない。別人だ。そんな自分には、なりたくない。むろん、生まれ変わりたくもない。

2026-1-26(月)朝の室温、9度。

自宅瞑想、6:00-6:30、(椅子)端座位数息150回?般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

40回目くらいまでは、ちゃんと、数を数えていた。そのあとは、<雑念>が優勢で、昨日見た、ユーチューブの対談番組などが思い浮かんでいた。が、そのうち、日常生活関連のことが、脈絡なく出てきた。しかも、イメージは断片的で、その瞬間は、なにを見ているのか、わかっているが、次の瞬間には、もう忘れて、あらたなイメージを見ている。いわゆる<漠としたイメージ>のなかを漂っていた。

頭も、しだいに、ぼうっとしてきた。ただ、端座位が大儀ではなく、この、あやふやな状態を続けていることが、嫌ではなかった。いちおう、150回目を数えたつもりで、終了した。

いまおもえば、数を数えた自覚が、あまりない。ただただ、ぼうっと座っていただけだ。ま、それでも、やらないよりはいいだろう。せっかく安定してきた日課を、ぶっちぎる度胸もないのだ。

2026-1-27(火)朝の室温、10度。

自宅瞑想は、さぼる。

朝、六時には、目が覚めた。昨晩から、気になっていたことがあった。パソコン関連のことで、セキュリティーソフトの期限が切れるのだ。

五、六年前に、富士通のパソコンを買ってからは、そこに付属していた<マカフィー>を、無料の期間が過ぎても、いくばくかの料金を払って、使い続けていた。だが、最近、ユーチューブで、<ウィンドウズ ディフェンダー>の精度が上がっていることを知った。もはや、セキュリティーソフトを、あえて入れる必要もないようだ。

<マカフィー>は、PC台数は無制限、年間、¥4000くらいで、安い。安いとはいえ、必要ないものに、金を払うことはない。更新しないことにした。ところが、ふと、不安になった。はたして、うまく<アンインストール>できて、<ウィンドウズ ディフェンダー>が作動するようになるのか?

これまで、パソコンでは、詐欺まがいのことや、操作ミスなどで、いろいろとイヤな思いをしてきた。必要以上の猜疑心を抱いているのだ。すんなり、解約できるとも思えない。

日課の<数息>どころか、顔も洗わないで、すぐに、パソコンの前に座った。操作としては、アプリ一覧から、<マカフィー>を<アンインスール>して、<ウィンドウズ ディフェンダー>を作動させるだけだ。難しいことはないはずだ。

意外にも、あっさり<アンインストール>できた。念のため、ユーチューブコンテンツを見ながら<ウィンドウズ ディフェンダー>を作動させた。こちらも、すぐに、有効になった。

<案ずるよりも産むが易し>!臆病で、気が小さいのに、負けず嫌い。そのうえ、猜疑心が人一倍強いのだ。とはいえ、自分で自分のことを揶揄できるのだから、それほど、マヌケな人間でもあるまい。ま、とにもかくにも、<マカフィー>とは縁が切れたのだ。

2026-1-28(水)朝の室温、10度。

自宅瞑想、6:50-7:05、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

前半は、深く大きく呼吸しながら、しっかり、数を数え続けた。背景に<雑念>も出ていたが、注意をそらすことはなかった。ふと、自分が、<数息>を続ける努力をしていることに気づいた。かすかな努力にはちがいない。が、自分の神経細胞たちが、頑張っているのを、大袈裟に言えば、感じたのだ。

この<心的努力>を怠ると、頭のなかが、<雑念>や<想念>に占領される。おもえば、ここ何日は、そうした状態だった。目をつぶり、ただ座っているだけでは、だめだ。<数息>を続けるには、多少の努力が必要なのだ、とあらためて思った。

しかしながら、後半になると、この<努力>の<手綱>が、ゆるみはじめた。いや、ゆるめようとして、ゆるめたのではない。自然にゆるんできたのだ。何度か、数を数えることを忘れて、<雑念>の方へと引き寄せられた。

もっとも、ぼうっと、<漠としたイメージ>のなかを漂っているのは、そんなに嫌なことでもない。むしろ<無時間><無重力>の、うす暗い空間に身をゆだねるのは、心地がいい。

200回目を数え終えた。ストップウォッチを見ると、35分くらいたっていた。あっという間だった。なんというか、来るべき時が来たならば、おそらく、自分の人生も、<あっという間だった>、と感じるような気がした。

2026-1-30(金)朝の室温、7度。

自宅瞑想、7:00-7:30、(椅子)端座位数息150回?般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

はじめから、意識して、数を数えていた。だが、そのうち、<漠としたイメージ>のなかを漂っている。ふと気づいて、数えなおすが、すぐにまた、我を忘れて、ぼうっとしている。こんなことの繰り返しで、150回目くらいまできた。眠気というか、倦怠感がひどくて、これ以上は続けられなかった。

鼻づまりがひどくて、アレルギー性鼻炎の薬(ザイザル)を、三日連続で飲んでいる。熱はないのだから、これほどひどい倦怠感は、やはり、薬の副反応だろう。

そうそう、昨日は、半年に一度の眼科診察で、都内へ出た。地下鉄の長い階段では、足が少し重かった。おもえば、昨年末から、ほとんど散歩をしていない。朝のストレッチは継続しているものの、絶対的な運動量が、足らなくて、体力が落ちたのだろう。一方、心臓の方は、以前に比べて、息切れしなかった。<カテーテル手術>の効果があったようだ。

帰りの電車では、とろけるような居眠りをしてしまった。帰宅後も、眠くて、二時間ほど昼寝した。歩数計を見ると、今日は、5000歩ほど歩いている。多少の外出で、これほど疲れるのは、運動不足だけではあるまい。<ザイザル>の副反応だ!そういうことにしておこう。

2026-1-31(土)朝の室温、9度。

自宅瞑想、6:40-7:15、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

前半は、意識して、数を数え続けた。<雑念>も出ていたが、背景に流れている程度で、気を取られることはなかった。内容的には、昨日、<灯台写真>をSNSにアップしたのだが、そのことからの連想で、灯台撮影旅で出会った人たちが思い浮かんでいた。

一人は、九州最南端で、ドローンを飛ばしていた中高年の男性、もう一人は、北海道霧多布で、立ち話をした爺さんだ。二人とも、自分と同じで、車中泊で、長期間、旅をしていた。いま思えば、俺も元気だったものだ。

100回目で、すこし暑くなったので、<ベンチコート>を脱いだ。あと、端座位が窮屈になったので、座りなおした。倦怠感は、昨晩、薬を飲まなかったせいで、改善している。そのあと、ぼうっとしてきて、何度か、数を数えなおしたが、200回目まで数え終えた。

締めの心経は、始めの心経と同じで、しっかり読んだ。ストレッチも、ちゃんとやった。ただ、そのあとの、メモ書きで、つまずいた。<瞑想日記>を、日々、ブログにアップしてから、文章の体裁を意識しだしたのだ。たんなる日記ではなく、多少なりとも、随筆っぽい感じにしたいと思った。

ところが、どうにもこうにも、頭が働かない。考えがまとまらない。書けないときには、書かなくてよろしい。このことだけは書いて、けさは、終わりにしよう。


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