<数息観瞑想 日誌>2026年度版(1)
<数息観瞑想 日誌>2026年度版(1)
動画版 https://youtu.be/b5D5WWdKgyk
~瞑想と般若心経の日々~
1月分
2026-1-1(木)朝の室温10度。
自宅瞑想、7:30-8:15、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。
前半は、<雑念>が出ていた。おもには、病気関連のことで、再来週に迫った<カテーテル手術>のことなどが、思い浮かんでいた。鼻炎がひどく、ときどき大きなくしゃみが出る。手術の数日前から薬<ザイザル>を服用して、備えるつもりではある。が、いらぬ心配が、なかなか、払拭しきれない。
後半になり、しだいに、頭がぼうっとしてきた。最後のほうでは、イメージも見えた。色とりどりの服を着た、幼稚園児たちが、園庭ではじけている。
あと、夜中に見た夢が頭に残っていた。暴漢を、逆にねじ伏せ、男の顔を、足で思いっきり踏んづけている。昨日、日常生活関連のことで、怒りを覚えた事柄があった。やり場のない<怒り>を夢の中で解放している。とはいえ、後味が悪い。もっと楽しい夢を見たいものだ。
2026-1-2(金)朝の室温10度。
自宅瞑想、7:30-8:05、(椅子)端座位数息200回?般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。
数は数えていたが、<雑念>が優勢だった。おぼえているのは、<浅草のおばさん>の末っ子の息子だ。七、八歳上のいとこで、裕福な感じの洒落者だった。
彼が持っていた<小型カメラ>が欲しくて、ねだりにねだったが、くれなかった。が、そのうち、おばさんの口添えもあり<ゲット>した。フィルムがなくて、撮影はできなかったが、精密な機械の塊に、うっとり、いつも見入っていた。
数年たって、中がどうなっているのか気になり、とうとう、誘惑に負けて分解してしまった。小さな歯車やスプリング、シャッター幕らしき極薄の鉄板、ほかにも、なんのための部品かわからない小さな部品の数々、それらの形や質感に夢中になった。
とはいえ、むろん、分解した後は、組み立て直すことができず、一度見てしまうと、興味もなくなった。多少の後悔とともに、部品の束は、戸棚の奥で眠りについた。
今現在、カメラは、使っているものと、使ってないものを合わせれば、七、八台持っている。もうこれ以上ほしいとは思わない。なにしろ、プロ仕様のカメラもあり、いまだ使いこなしているとはいいがたい。ま、それでも、ある意味、自慢にならない自慢だ。満足しているのだ。
200回目を数え終え、心経も読み終えた。いつものように、ストップウォッチを見た。32分くらいしかたっていない。そういえば、120回目くらいから、頭がぼうっとしてきて、そのあと、数を数えていたという自覚が、あまりない。150回目くらいから、いきなり、190回目くらいに、数が飛んでしまったようだ。
昨日、また、ひどい鼻づまりで、薬(ザイザル)を飲んだ。そのせいだろう、夜の九時に寝て、朝の七時まで寝ていた。鼻づまりは、多少改善したが、どことなく倦怠感がある。数を飛ばして、それに気づかない、ということは、めったにない。これもやはり、薬の影響だろう。
2026-1-3(土)朝の室温、8度。最低気温マイナス3度!
自宅瞑想、6:40-7:25、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。
はじめから終わりまで、ほぼ、数を数え続けた。合い間合い間に、<雑念>も出ていたが、気を取られて、数を失念することはなかった。
<雑念>は、脈絡がなく、これといった主題もなかった。ただ、高校時代の知人が、二、三人、思い浮かんできた。共通点は、みな、尊大な感じの奴だ。昔から、訳知り顔の、偉そうな人間が大嫌いだった。
<反権力><反権威>は、自分の場合、政治思想というよりは、<好き嫌い>が基になっている信条のようなものだ。だから、むしろ、<反骨><反俗>といったものかもしれない。育ちのいい、偉そうなやつが、何を言っても、嘘っぱちのような気がしていた。ま、とにかく、そういったことどもが、今の、<厭世><遁世>につながっているのだろう。
後半になり、<雑念>は、さらに、脈絡がなくなり、しだいに、頭がぼうっとしてきた。数は数えているが、しっかりとは数えていない。なかば自動的で、ほとんど意思が働いていない。それでも、端座位が大儀ではなく、微動だにせず、いや、途中で、一回、大きなくしゃみをしたが、200回目まで数え終えた。
そのあとの心経は、しっかり読み、ストレッチにも時間をかけた。<スクワット>を25回やっても、息切れしない。あきらかに体力が回復してきた。あまりに小さい、極小の<しあわせ>だが、これまでは、見過ごしていた。
ふと、<しあわせ>とは、<空気>のようなものだ、と思った。
2026-1-4(日)朝の室温8度。
自宅瞑想、7:30-7:50、(椅子)端座位数息120回、般若心経2回、ストレッチ5分、メモ書き。
朝、寒くて、なかなか起きられない。<数息>をさぼろうか、迷った。ベッドの中で、30分くらいぐずぐずしていた。とはいえ、思い切って起床、100回くらいならやれるだろう。
かなり着込んで、こたつに入り、数息を始める。ファンヒーターをつけているが、部屋が、なかなか暖まらない。背中あたりの<冷え>が気になる。集中できない。途中で、エアコンもつける。それでも、なんとなく、うすら寒い。120回目で、数息を中止する。
鼻づまりがひどくて、昨日も薬(ザイザル)を飲んだ。熱はないが、また、少し風邪気味なのかもしれない。再来週には、<カテーテル手術>が控えている。大丈夫なのかと、少し不安になる。
2026-1-5(月)朝の室温、8度。
自宅瞑想、6:30-7:05、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ25分、メモ書き。
前半は、<雑念>が優勢だった。おもに、昨晩見たユーチューブコンテンツで、元プロ野球選手の対談番組だ。軽妙な語り口や、面白いエピソード、選手の顔や姿が思い浮かんでいた。
100回目あたりで、端座位が窮屈になり、少し体を動かして、座り直した。このあと、200回目まで数えるのが、億劫だ。50回ずつ、数を刻んでいこう。だが、集中力が続かず、途中で、何回も数を失念して、数え直した。やや、頭がぼうっとしていたようだ。
いちおう、200回目まで、数え終わり、締めの心経を読んだ。そのあとのストレッチでは、収縮する筋肉の部位に、自然に注意が向かった。スクワットをやると、体が温かくなり、背中にうっすら汗が出た。
今朝は<数息>より、<ストレッチ>の方が充実していた。どこにも痛みがなく、体を、思いっきり、伸ばしたり、縮めたりするのは、じつに、気持ちがいい。ここにも、極小の<しあわせ>がある。
2026-1-6(火)朝の室温10度。
自宅瞑想、7:30-8:00、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ25分、メモ書き。
いちおう、数は数えているが、なんとなく、気分が低調だ。
100回目くらいで、背中の冷えが気になる。端座位で、数を数え続けるのも、億劫だ。
今朝も、一時間ほど、寝過ごした。しかも、寒くて、ベッドから、なかなか起きられない。体が<冬眠>状態になっているようだ。
メモ書きも、ちゃんと書く気がしない。とはいえ、夜中に見た夢が頭に残っている。たまには、記述してみよう。
川の中に、奇怪な形をした魚が、たくさんいる。大きいのは、二メートルくらいある。岸辺の欄干から、ながめている。周りにも大勢人がいて、みな一様に、驚いている。
野原をさまよっている。ふと、水門の下に降りる。コンクリの隙間に、ホームレスのような人間が膝を抱えて座っている。ぎょっとする。水門から上がると、世界が変わっている。一面、泥をかぶったような廃村だ。人の顔の<お面>をつけた人間が、うろうろしている。
おしゃれなビルの中で、若い人たちの演劇を見る。ところが、舞台が階段の下に設置されているので、こちらからは、ほとんど見えない。文句を言いに、舞台に近づく。アマチュアの、お笑い系の演劇で、どうでもよくなる。
客席に戻ると、観客はいなくなっていて、閑散としている。しかも、浅いプールになっている。女の子たちが、何人も入っている。足元が汚れていたので、プールに入る。意外に深い。ずぼっと、腰まで水に浸かってしまう。服を着たままだ。まいったなと思う。女の子たちの、冷ややかな視線を感じる。
夢は、相変わらず、脈絡もなく、支離滅裂だ。とはいえ、お馴染みの主題が、いくつか変奏されている。川の中の奇怪な魚たち、彷徨、演劇、場違い、などだ。それらが、何を意味しているのか、わかるようでわからない。無理に解釈することもあるまい。
2026-1-7(水)朝の室温10度。
自宅瞑想、6:20-7:00、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。
<雑念>よりも<眠気>のほうが優勢で、数を数えたという自覚があまりない。とくに、100回目以降は、再三再四、数を数え直した。
睡眠時間は、ちゃんととっている。が、夜間トイレや鼻づまりなどで、何度も目が覚める。眠りが浅い。それに、風邪薬を飲んでいる。薬の影響もあるのだろう。
いちおう、200回目を数え終わり、締めの心経を読み、ストレッチも15分くらいやった。とはいえ、心ここにあらず、といった感じで、気持ちが入っていない。しかも、また、眠くなってきた。
2026-1-8(木)朝の室温、7度。最低気温マイナス4度!
自宅瞑想、6:20-7:00、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。
はじめから終わりまで、数を数え続けた。<雑念>も出ていたが、とりとめない。よく覚えていない。
昨日、足首が、あまりに冷えるので、<足首ウォーマー>を衣装ケースの中から見つけ出して、装着した。塩梅がいい。もっと早くに気づけばよかった。あと、腰が冷えるので、<腹巻>もネットで注文した。
昨晩などは、鼻づまりが、あまりにひどいので、マスクをして寝た。寝ている時に、口で呼吸しているので、口の中が、ガビガビになって不快だったのだ。おかげで、多少良くなった。
冬を快適に過ごすために、いろいろ工夫している。あと、二か月以上、寒い日が続く。なんとか、しのいでいこう。
2026-1-9(金)朝の室温、7度。
自宅瞑想、6:30-7:10、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。
<雑念>も出ていたが、始めから終わりまで、数を数え続けた。
<雑念>は、おもに、日常生活関連のことだ。金銭や人間のことで、多少イライラしたことが、思い浮かんでいた。この世に生きている限り、いや、あの世に行ったとしても、避けられないことなのかもしれない。
今朝も寒かった。ファンヒーターをつけても、部屋の室温が、なかなか上がらない。たくさん着込んで、コタツにも入っているのに、<数息>の最中に、腰の冷えが気になった。
年年歳歳、寒さが体にこたえる。こんなに寒いと感じたことは、これまでになかった。そうそう、最近、テレビなどで、クマの目撃情報を見ない。冬眠しているのかもしれない。それにしても、冬眠とは、うまい手を考えたものだ。自分も、暖かくなるまで、冬眠したいものだ。
2026-1-10(土)朝の室温8度。
自宅瞑想、6:40-7:20、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。
前半は、<数息>と<雑念>とに、注意が、交互に向かっていた。
<雑念>は、断片的で、脈絡もないが、死への不安が、一瞬、脳裏をよぎった。それと、AVビデオのよからぬシーンが、思い浮かんだ。<生=性>と<死>は、表裏一体なのだろう。スケベな自分に言い訳をしておこう。
後半になると、腰回り、それに背中に冷えを感じた。新たに<腹巻>もしたのだが、改善されない。<冷え>が気になって、数息に集中できない。と、ふと思った。ベッドで仰臥位でやるという手もある。ふとんをかければ、寒いということはないだろう。あとで、ちょっと、試してみよう。
一般的には、<座禅>や<瞑想>では、暑さ寒さを超越することが求められている。その先にある<境地>を目指しているのだ。それにくらべて、自分の<数息観瞑想>は、かなり軟弱だ。実際的に、清明な心と、身体の心地よさを求めている。
いってみれば、<我慢>をしないで<しあわせ>を実感しようとしている。そんなものが、ほんとうの<しあわせ>なのか、かなり疑わしい。が、ほんとうもウソもない、<しあわせ>が、物質化されない、ある状態だとするならば、その状態を、何らかの方法で、現出させたいと思う。
自分にとっては、目をつぶって、静かに、数を数え続けることが、その方法だ。数を数え続けるための、快適な環境を整えるのは、それほど、まちがいではないだろう。もっとも、神経質すぎるのは、よくない。その辺は、自重すべきだ。
2026-1-11(日)朝の室温、15度!
自宅瞑想、6:25-7:00、ベッド仰臥位数息150回、般若心経1回、ストレッチ20分、メモ書き。
なぜか、けさは、暖かい。楽だ。いちおう、ファンヒーターをつけたが、すぐに、室温が17度まで上がった。たくさん着込んでいるので、これ以上室温をあげる必要はない。
ベッドにあおむけに寝て、布団をかけて、数を数えはじめた。掌は下に向けている。寒くはない、快適だ。<雑念>も出ていたが、断片的で、脈絡がない。これといって、頭に残っているものはない。
120回目くらいで、ウトウトしてしまった。数を数えることを、完全に忘れている。ふと気づくと、体があったまっていて、すこし汗ばんでいる。三枚かけている布団のうち、一枚をはいだ。これでちょうどいい。そのあと、150回目まで数えて、終了した。
締めの心経は、両掌を、胸の上に重ねておいて、小さな声で読んだ。寝たままで、合掌すると、なんとなく、変な感じだ。それに、かけている布団が、合掌している手に触れて、塩梅がわるい。
冬場は、ベッドでの仰臥位の数息がいい。寒さを気にすることがない。ただ、あまりにも安楽すぎて、二度寝してしまう可能性が大きい。けさもそうだった。ま、それでも、いいだろう。
2026-1-12(月)朝の室温10度。
自宅瞑想、7:30-8:15、ベッド仰臥位数息100回、般若心経2回、ストレッチ20 分、メモ書き。
40回目くらいまでは、ちゃんと、数を数えていた。が、そのあとは、数を失念して、ウトウトしていた。
ふと気づいて、また、数を数え直す。ところが、すぐに、またウトウトしている。再三再四、同じことをくり返している。これ以上続けてもしょうがないだろう。中止した。
ストップウォッチを見た。45分くらいたっていた。断続的に、実質、100回くらいしか数えていない。時間にして20分くらいだ。ということは、残りの20分は、ウトウトしていたことになる。それに、仰向けのまま、微動だにしなかったので、首筋が少し痛くなっていた。
この時期、端座位では、対策をしていても、冷えが気になる。一方、仰臥位では、よく寝ているのに<眠気>に襲われる。どちらにしても、数を数え続けることができない。どうしよう、少し迷っている。
2026-1-13(火)朝の室温8度。
自宅瞑想、6:40-7:10、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。
さらにもう一枚着込んで、イスに座り、数を数えはじめた。<眠気>を克服するよりは、寒さ対策を徹底したほうがいい。そう判断して、端座位を選択した。
背中の冷えは多少改善した。が、まだ、万全ではない。次からは、毛布を体に巻きつけやってみよう。
<冠動脈カテーテル手術>のため、今日の午後二時に、病院へ入る。手術は、明日の午前中になりそうだ。不安感は、ほとんどない。とはいえ、慢性鼻炎による、突発的なくしゃみが心配だ。そのための薬を飲んでいるので、大丈夫だと、自分に言い聞かせている。
今回の手術が無事に終われば、今年一年は、<検査・入院・手術>といった煩わしいことから解放されそうだ。体に関する不安や心配がなくなる。気持ちが明るくなる。楽しいことをイメージしようではないか!
2026-1-14(水)15木)
冠動脈カテーテル手術のため、数息は中止。
2026-1-16(金)朝の室温、9度。
自宅瞑想、7:30-8:00、(椅子)端座位数息200回。般若心経2回、術後の手首の傷のため、ストレッチは中止。メモ書き。
寒さ対策で、最大限に着こんだので、背中の寒さは気にならなかった。200回目まで、<雑念>も出ていたが、数を数え続けた。
手術は、心配していた<くしゃみ>も出ず、耐えられないほどの痛みもなく、四十分ほどで、無事に終了した。入院時の、看護師たちの対応にもイライラすることはなかった。ただ、四人部屋だったので、隣の爺の<咳>と<いびき>がひどくて、二晩とも、よく眠ることができなかった。耳栓を持参しなかったことを後悔したが、我慢した。あと、病院食が、量が少なく、物足りなかった。ま、これは、いたしかたないことだろう。
昨晩は、病院で眠れなかった分、夜の七時半から朝の七時まで、だれにも邪魔されず、ゆっくり寝た。頭も体も心も、すっきりした。
そうそう、朝方見た夢が、多少刺激的だったので、書き残しておこう。
広い部屋。色とりどりのガウンを着た女性が、七、八人いる。なぜか、男は自分一人で、場違いな感じだが、そうは感じないで、自然にふるまっている。部屋には、大きなベッドが並んでいる。ベッドの脇には、それぞれ、洋式の便器がある。排便しながら、愛想のない中年女性に、血圧を測ってもらう。
見ると、隅の方が、ほこりだらけで、汚らしい。掃除機を取りに行く。コードが散乱している。が、掃除機本体がない。年かさの女性に、自分は、掃除機を五、六台持っていて、各部屋に置いている、と嫌みっぽくしゃべりかけている。
と、子猫が、部屋のまわりをうろついているのが、壁の下の隙間から見える。女性たちが、<かわいい>と声をあげる。が、そのうち、なぜか、子猫が子猿に豹変して、部屋に乱入してくる。獰猛な親猿も入ってきて、女性たちが悲鳴をあげる。自分は、親猿に、掌を、わざとかませて、そのままふりまわす。痛くはない、猿の白い大きな歯が見える。その間、子猿たちも、自分にとびかかってくるが、いっしょに、部屋の外に放り出す。柱にぶつかって、猿どもはぐったりしている。
あきらかに、広い部屋は病室で、女性たちは看護師たちだろう。猿に掌を、わざとかませるとは、手術のことで、撃退したとは、手術がうまく行ったことの隠喩だろう。
さてと、これで、ことし一年は、<検査・入院・手術>といったことからは解放された。これから、なにをして遊ぼうぼうかな。
2026-1-17(土)朝の室温12度。
自宅瞑想、6:40-7:15、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ10分、メモ書き。
前半は、<雑念>が優勢だった。日常生活関連のことで、病気のこと、家族のこと、昨晩見たユーチューブの対談番組のこと、今日、そして、今後の予定のこと、などなど、脈絡なく、思い浮かんでいた。
80回目くらいで、それらの<雑念>に気を取られ、数を失念した。いくつまで数えたのかも忘れてしまい、正確には思い出せない。適当なところから、数え直した。
後半になると、少しぼうっとしてきた。数を数えることと<雑念>とが、まじりあっている。とはいえ、寒くもなく、端座位が大儀でもない。形容しがたいが、いわば、前瞑想状態だ。
気持ちが落ち着いている。久しぶりに、自分の場所に戻ってきたような安堵感がある。朝の<数息>が、完全に生活の一部になっていることを実感した。
200回目を数え終え、心経を、マスクをしたまま読んだ。そのあとのストレッチは、手首の傷が気になるので、腕を動かさない動作だけにした。
おそるおそる、手首のばんそうこうをはがした。5ミリくらいの、赤黒い切り傷がある。血は止まっている。分泌液も出ていない。それに、今回は、痛みもない。あと、一週間もすれば、元に戻るだろう。
傷口の血が止まり、新しい組織や皮膚ができることに、自分は、いっさい、何の努力もしていない。息をしていることも含めて、自分の力以外の力が、確実にはたらいている。当たり前すぎて、見失っていた力だ。自分の中の、自分には意識できない、この不思議な力が、<いのち>というものなのだろう。
2026-1-18(日)朝の室温、15度!
自宅瞑想、6:40-7:25、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。
いつものように、ファンヒーターをつけ、かなり着込んで、こたつに入った。数を数えはじめると、じきに、体がポカポカしてきた。ファンヒーターの表示板をちらっと見ると、室温がすでに17度になっている。立ち上がって、ファンヒーターを消した。
だが、そのうち、今度は、背中が汗ばんできた。120回目くらいで、服のボタンやらジッパーやらを外し、手を体の中に入れて、パタパタと風を送り込み、上半身の蒸れを解消した。すっきりしたので、また、数を数えはじめた。
全体的に、<雑念>も出ていたが、さほど気にならず、数を数えることに注意が向かっていた。それに、けさは、なぜか、鼻づまりも少し改善していて、気分がいい。手首の傷も、肉が盛りあがってきた感じで、確実に回復している。
あとは、朝方見た夢のことを考えていた。
山の中のキャンプ場。故F氏の山小屋で、演劇公演がある。辺鄙なところだから、観客は来ないだろうと予想していた。が、知り合いが、900名近い予約を取ってくれた。急に、気合いが入り、離れたところに、もうひとつ舞台を作ることになる。F氏と一緒に作業をしていると、<釘>の打ち方を、やんわり注意される。
場面が変わる。ケーブルカーの乗り口から、姉と車いすのお袋が現れる。二人とも、上物の着物を着ている。わざわざ、演劇公演を見に来てくれたようだ。お袋の後ろに回り、<羽織>を肩にかけてやる、優しい気持ちになっている。
帰りには、<館山>の方へ行く、というので、車で送って行くことになる。自分の車は、はるか彼方の山の中にある。車を取りに、山道を歩きだす。ハイキング客などもいる。そのうち、トンネルのような、狭い、急な坂道になる。見上げると、行き止まりで、横の穴から、牙をむいたライオンが出てくる。
わっと、飛びかかって来るが、うまく身をかわす。ライオンは、坂道を転げ落ちていく。見上げると、また、ライオンが出てくる。今度のは、もっと獰猛そうだ。いまにも飛びかかってきそうだ。と、目が覚めた。
故F氏と亡きお袋は、夢にしばしば出てくる人物だ。生前、ふたりには、依存しながらも、イライラさせられたり、腹を立てたりしていた。ありていに言えば、怒りを感じていたわけで、いまだに、脳神経に、刺激が残っているのだろう。
それと、獰猛なライオンたちは、病気や老い、死の不安の隠喩だ。さほど、怖れることなく対峙しているのは、現在の、前向きな気持ちの反映だろう。
<カテーテル手術>も無事に終わり、とりあえずは、健康不安が解消された。気持ちが軽い。<しあわせ>と呼べる精神状態に近いのだと思う。
新潟県 角田岬灯台
新潟県 間瀬港西防波堤灯台
