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<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(10)

<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(10)

動画版 https://youtu.be/xcU7L2WluJI

~辺境の灯台をめざして~

七日目(5) 2022-11-18(金)

男木島灯台 撮影3

資料館を出た。灯台の正面付近の写真を撮り終えたあとに、門柱の間を通り抜け、敷地の外に出たのだろう。そのあとは、また砂浜に下りて、太陽の位置を確認しながら、ゆっくり撮り歩いた。

太陽は、すでに、背後の山の真上あたりにまで移動していた。西側からも東側からも、灯台には、斜光がさしていて、明かりの状態は最高だった。

ちょうど、灯台の東側あたりにまで移動して、さかんに撮っていた。と、どこからともなく歌声が聞こえた。見ると、ちびっ子たちが列をなして、山道を斜めに下りてくる。そろいのベージュの帽子をかぶっている。港から山に登って、尾根道を歩いて下りてきたんだ。あんなにちっちゃいのに、歌を歌いながら下りてくる。元気なもんだと思った。

写真を撮りながら、見るともなく見ていると、手作り広場の横の砂浜に全員勢ぞろいしている。いつの間にか、管理人の爺も、どこからか出てきて、遠足部隊に対面している。幼稚園生たちは、付き添いの若い先生に促されて、爺に挨拶をしている。爺は、表情を少し崩して、うんうん、とうなづいているだけだ。

一言二言、言葉があってもいいだろう。寡黙な、というか、無口な島の漁師が、漁をやめたあと、灯台とキャンプ場の管理人になって余生を送っている。つい最近、長年連れ添った婆さんに先立たれたのかもしれない。何人かいた子供たちは、とうの昔に、島外に去ってしまい、一人暮らしだ。爺の人生を少し想った。

<対面式>が終わって、幼稚園生たちは、こんどは先生からの注意を、お行儀よく聞いていた。お弁当を食べる際の注意だ。あまり遠くへ行かないとか、そんなようなことだ。

それが終わると、三々五々、砂浜に散らばって、昼食タイムに入った。おのおの、小さなリックサックからシートを取り出し、その上にちゃんと座って、水筒から水を飲み、おにぎりを両手で持って食べている。わぁ~わぁ~騒いだり、走り回っている子供は一人もいない。いやけに行儀がいいなと思った。

ちびっ子たちに背を向けて、写真を撮りながら、東側の砂浜から、手作り広場に上がった。そしてまた灯台の正面へ行った。こんどは、すぐそばまで近づいた。写真を撮ることが目的ではない。案内板もあったが、写真に撮っただけだ。あとで拡大してゆっくり読めばいい。

気になったのは、灯台を組み上げているベージュ色の石だ。毎月掃除をしているのか?コケもシミもついていない。とにかく、きれいでピカピカだ。これが100年以上前の建造物の表面であることが、少し不思議だった。実際に触ってみたい誘惑にかられたが、さすがに自制した。

ちなみに、<男木島灯台>は、日本に二つしかない<無塗装>の灯台のひとつだ。御影石の<墓石>に塗装する奴はいない。灯台の石も御影石の一種で、<御影石のダイヤモンド>と言われるほど、組成が固いものらしい。

灯台はもとより、二棟の<退息所>も、今も昔も高価であろう<御影石>で造営したわけで、当時の人の、この灯台にかける<心意気>がつたわってくる。まずもって、驚くばかりである。

門柱の間から、灯台の敷地を出て、また西側の砂浜に下りた。海を行き交う、色鮮やかな貨物船を衒いもなく撮った。対岸の重畳とした島影が、地理的にどのあたりなのか、ふと思ったが、全く見当もつかなかった。

島々は暗緑色の樹木に覆われている。ただ、一番手前の島だけは、なんとなく斑になっている。公害か何かで、樹木が枯れ果て、岩肌がむき出しになっているような感じだ。周囲がのどかな雰囲気なので、やや奇異に思った。

太陽は、やや西に傾き始めていた。灯台の影が、砂浜に描かれている。光輪を灯台の頭で遮りながら、砂浜の真っ黒な、太い直線を画面に取り込んで、灯台を撮った。

この演出は、以前に成功したこともある。だが、今回はダメだ。<男木島灯台>の肝である、石造りの胴体が、もろ、逆光で、黒くてよく見ないではないか。

砂浜の太い影にいたっては、自然の景観の中では、たんなる違和感でしかない。人工物と違い、自然の風景に、多少の演出を施しても、写真にはならないのだ。

目の端のほうで、こちらに近づいてくる幼稚園生がいる。だが若い女の先生が、すぐに現われて、手を引いて、みなのところへ戻って行った。注意を守らない子供がいたわけで、そうだよな、少しほっとした。

撮り歩きしながら、東側の砂浜に、また戻ってきた。ちびっ子たちは、お弁当タイムを終えて、今度は、お遊びタイムだ。若い男の先生が、小さな旗を手にして、子供たちにルールを説明している。よ~いドンして、砂浜に立っている旗を、どっちが先に取るかというゲームだ。

先生がすぐ近くまで来たので、顔をちらっと見た。大学生くらいの若者だった。ベージュ色の帽子をかぶったちびっ子たちは、うしろのほうに固まって、おしゃべりもせず、先生のほうを見ている。砂浜の端には、色とりどりのリックサックが、きれいに並んでいた。

これで何回、灯台の周りをまわったのだろう。また西側の砂浜に来た。帰りのフェリーの時間が三時だから、二時には引き上げるつもりでいた。時計を見たのだろう、あと小一時間ある。最後の一回りだ。

太陽は、いつの間にか、山の斜面から滑り落ちて、西側の海のほうへと移動していた。午後の深い斜光だ。影が長くなり、世界は、オレンジ色に、うっすら染まりはじめていた。

砂浜に立ち尽くし、灯台との別れを惜しむかのように、丁寧に写真を撮っていた。すると、上下黒い服を着た三、四十代の女性が灯台の横から現れた。髪が長い。石を拾っているようだ。

画面の中にいやおうなく入ってしまうので、しばらく、カメラから目を離して見ていた。ところが、なかなか立ち去らない。当然連れがいるものと思っていたが、いつまでたっても一人だ。女性の一人旅で、灯台を見に来たというわけか。少し興味を持った。

写真を撮りながら、少しずつ近づいて、彼女を見るともなく見ていた。まだかなり遠かったから、顔はよくわからない。だた、全身黒ずくめで、長い髪が、動くたびに揺れている。ふくよかな、スタイルのいい女性で、身のこなしが、どことなく優雅だ。砂浜を歩きながら、時には、身をかがめて石を拾う姿が、ダンスのようにも見える。なんというか、黒い曲線的な動きに、エロスを感じる。

距離はさらに縮まり、すぐ目の前に彼女がいる。一瞬、挨拶のひとつでもしようかと思った。しかし、この時は、爺になってなお、女性に魅かれる自分が、少し汚らわしく感じた。灯台巡りの一人旅を、硬派な感じで貫徹したいという気持ちも、どこかにあった。もっとも、欲望を抑圧するのは、毎度のことで、そもそもが、旅先で妙齢の女性をナンパするような度胸もないのだ。

やや複雑な心境のまま、彼女とすれ違った。ちらっと顔を見ることさえ、自分に禁じた。と、その瞬間、ふわっと香水の匂いが漂ってきた。趣味のいい香りだった。心が波だった。一言挨拶して、顔をしっかり見てもよかったのではないか。いいや、すれ違いざまに、香水の匂いがする女性は好みじゃない。別世界の人間だ。シカとして正解だ。

うしろを振り返ったのだろうか、それもしなかった。女性の色香に、心を乱されたのが少し悔しかったのだ。とはいえ、未知なる女性と接する、絶好のチャンスを逸したことを少し悔いた。挨拶くらいしても、バチはあたらないだろう。優柔不断な自分が情けなかった。

いつの間にか、ちびっ子軍団はいなくなっていた。また歌を歌いながら山道を帰っていったのだろうか。ちびっ子たちが遊んでいた東側の砂浜を歩いた。少し歩いては振り返り、シャッターを押した。振り返りながらの撮り歩きだ。

灯台は次第に小さくなっていった。そして、砂浜が右カーブしている地点まで来ると、左側の山際に隠れてしまった。

立ち止まった。画面には、山の斜面と、砂浜と海と、水平線しか見えなくなった。真っ青だった空も、いまは、午後の斜光を受けて、うすいオレンジ色のベールをかぶったようだ。

影が深く、長く、地上の事物にかかっている。風もなく、波音も聞こえない。暑くも寒くもない。静かだった。

一区切りついたので、二時少し前だったが、もう引き上げることにした。いま歩いてきた砂浜を戻った。前を向いて、撮り歩きしながら、ゆっくり灯台に近づいていった。砂浜は無人だった。ふと、ふくよかな黒い女性の香水の匂いがした。帰ったのだろう。ほっとしたような、残念だったような、甘酸っぱい気持ちになった。

砂浜からあがって、手作り広場の横を通り抜け、灯台の正面に出た。敷地内をもう一度見まわした。念のために、トイレにも寄った。コンクリの床は砂だらけだった。ちびっ子たちも使ったのだろうか?おそらくそうだろう。お行儀がよかったからな。若い先生たちが、砂浜の陰で立小便をさせたとも思えない。

門柱の間を通り抜けて敷地の外にでた。白い軽トラが、いつの間にか塀の前に止まっている。通り過ぎる際、ちらっと運転席を見ると、爺が乗っていた。

そのまま少し歩いて、山道に差し掛かったところで、振り返った。爺は、もろに日が差し込んでいる助手席のほうに座っていた。居眠りしているようだ。

車を資料館の裏から移動したのは、勤務時間が終わったら、すぐに帰れるようしたのかな?それとも、車の中で昼寝をするためなのかな?ま、どっちでもいいけど、静かに目をつぶっている顔が、微笑んでいるようにも見えた。

愛想がないだけで、悪い奴じゃない。小さな船で、愛妻と漁に出た幸せな日々を思い出しているのだろう。記念にと、白い軽トラ<こみ>で、灯台の敷地の全景を撮った。

撮ることで、この光景を頭の中に焼き付けた。なんというか、一仕事終えたような、充実した気分だった。もう来ることもないだろう。さらばじゃ!<男木島灯台>。

七日目(6) 2022-11-18(金)

帰船

玉藻防波堤灯台 撮影3

清々しい気分で、山道を登った。疲れは全然感じなかった。小学生が作ったであろう、灯台への道しるべを、ちらっと見ながら、日当たりのいい高台の道を歩いた。小鳥の鳴き声が聞こえた。樹木の間からは、海も見えた。瀬戸内海の風景だ。すこし汗ばんでいた。

そのあとは、あっという間に下り坂にさしかかり、最後の、日陰の急な坂道まで来た。来るときも思ったのだが、坂の途中に、食堂の看板を掲げた民家があった。こんなところに、わざわざ食事に来る客がいるのだろうか、とあらためて思った。

もっとも、海沿いの開けた道に下りたった時、山の斜面に、新築っぽい大きな建物があり、そこにも、同じ名前の看板が掲げられていた。午前中にも通った場所だから、見過ごしたのだろう。入口が、うす暗くて狭いだけで、ちゃんとした食堂だったのだ。

広々した道を、フェリー乗り場のほうへ歩いて行った。海沿いの低い防潮堤で、釣りをしている人がいる。気まぐれで、海に近づいた。展望はいいが、これといったものはない。

二時半頃だったと思う。出航は三時だ。少し時間があるので、どこかで一休みしよう。ビジターハウスなのかもしれないと思い、白い凝ったデザインの建物の中に入った。美術館のような雰囲気だ。近代的なインテリアの狭い休憩室には、爺婆たちがベンチに何人も腰かけていた。フェリーを待っているのだろうか?息がつまるようだ。すぐに出た。

フェリーの係船岸壁には、朝来た時に見た、下のほうが赤い中型フェリー船が、そのままの位置に停泊していた。三時出航の、赤いボーターの入った、高松行のフェリーは、影も形もない。

さてと、辺りを見回した。係船岸壁の左端のほうが、広々していて、人の姿もない。海際まで行くと、<もやい綱>を繋ぐ、大きな、さびた鉄の杭(係留柱)が岸壁に刺さっていた。こりゃあ~、腰かけるのに、ちょうどいい。

早速、リックを下ろし、靴を脱ぎ、靴下も脱いだ。さらには、少し汗をかいたので、上半身裸になって、Tシャツをリックの上に広げた。係留柱の上に腰かけ、おそらくは、フェリー船が入って来るであろう海のほうを眺めた。

サングラスをかけてはいるが、太陽がまぶしかった。黄色い日輪の、白色の太陽だ。だが、暑くはなかった。むしろ日差しが心地よかった。それに、静かなのがいい。風もなく、海面も穏やかだった。

しばらくは、鉄杭に腰かけて、海を眺めていた。時計を見たのだろ。三時十五分前だ。それなのに、高松行のフェリーは、現われない。Tシャツを着た。当然まだ乾いてはいない。袖を通すと、背中の辺が少しヒヤッとした。と、後ろのほうで、声が聞こえた。見ると、おばさん二人連れが、観光案内所の中をのぞいている。

案内所は閉まっていて、誰もいない。さきほど、自分もフェリーの時間を確かめようとして、ちょっとのぞいたのだ。身支度を、さっと整えて、リックを背負った。おばさんたちは、案内所の隣の、大きなタコのモニュメントの前で記念写真を撮っている。依然として声がでかい。かなり離れているにもかかわらず、会話の内容がここまで聞こえる。

すでに三時五分前だ。あれ~と思っていると、逆光の中、黒い船影がこちらへ向かってくる。岸壁の左右から、海にせり出している、フェリー乗り場を守っている防潮堤の隙間に接近中だ。

あの間を、船が通り抜けるところを写真に撮ろう。そのあと、乗り場に移動しても、乗船には間に合うだろう。なにしろ、フェリーの動きはゆっくりなのだ。

カメラを構えながら眺めていると、船は、防潮堤の狭い出入口を無事通過して、係船岸壁へと、さらにゆっくり動いている。石油の臭いがしたような気もする。どこかあか抜けない、クリーム地に赤い細目のボーダー入りの船だが、信頼してもいいような気がした。さあ帰ろう。急ぎ足でフェリー乗り場へ向かった。

係船岸壁に、フェリーが着岸する寸前だった。驚いたことに、かなりの人数の乗船客が集まっていた。自然発生的な、列のようなものもできていたので、適当なところに位置を占めた。

うしろのほうから、ベージュ色の帽子をかぶった、ちびっ子軍団が、一列に並んでこっちへやってくる。いままで、どこで何をしていたのか見当もつかないが、午後三時の帰船で、四時高松港着という日程は、誰しもが考えることなのだろう。

接岸作業が終わると、数人の客が下りてきただけだった。そのあと、なんというか、阿吽の呼吸で、乗船客たちは、係員に切符を渡して、次々と、船の中へと入っていく。もちろん、乗船案内などないが、混乱も、ざわつきもなく、我先にというほどでもない感じで、粛々と事が進んでいる。言ってみれば、自動化された日常行為で、全く齟齬がない。自分も、前の人に倣って、船の中に入り、階段を登って、船首のテラス席へ行った。

リックだけを下ろして、席を確保してから、踵を返し、狭い通路を通って船尾へ行った。船はすでに、離岸作業の最終段階に入っていた。数台の車がバックで船の中に入った後に、ゲートが揚げられ、一段とエンジン音が大きくなった。

ヂーゼルエンジンの白い排気ガスが漂ってきて、石油臭い臭いがした。岸壁には見送りの人が数人いたが、手を振って、別れを惜しむという感じではない。カメラ片手に、この光景を見下ろしていた自分にも、奇異なまなざしは向けられず、当たり前の事として受け流されている感じだった。

岸壁が遠のき、防潮堤の隙間から、船が外海に出た。<男木島>から、ゆっくり離れていく。これらの風景を逐一カメラに収めて、船首のテラス席に戻った。

意外にも、ちびっ子たちが、ずらりと席に座っていた。お行儀がいい。若い先生たちは、一人が女性、あとの二人が男性だったが、席には座らず、ちびっ子たちの席のそばにしゃがみこんでいた。見守っているという感じだ。これには、ちょっと感動した。

席からリックを持ち上げて、若い女の先生に席を譲った。二十歳前後の、まだ女子大生っぽい先生は、一、二度は遠慮したが、自分が席を立ってしまったので、恐縮した感じで礼を言い、席に腰かけた。先生の隣には、ちびっ子が座っていた。足が床につかないので、膝から下の足を交互にぶらぶらさせていた。かわいい仕草だ。

このあとは、リックを背負ったまま、甲板の手すりに寄りかかりながら、海上の風景を撮っていた。<女木島>に寄港した際には、また船尾に行って、接岸から離岸までの光景を、逐一カメラにおさめた。

用を足しに、船内の乗船席に付帯しているトイレにも行った。狭くて窮屈だったが、船のトイレに入るのは、珍しいことなので、苦にはならなかった。

テラス席に、おとなしく座っていたちびっ子たちは、はじめは歌などを歌っていたが、次第に飽きてきたのだろう、先生に連れられて、トイレに行く子供たちが増えた。自分が席を譲った、若い女の先生も、隣のちびっ子にせがまれて、船内のトイレに立った。

そのちょっと後で、爺が、どこからともなく現れて、空いた席に腰を下ろした。帰ってきた先生の席がなくなったわけで、ちょっとうろうろしている。爺は、そんなことには頓着せず、涼しい顔をしている。けっきょく、ちびっ子だけが座って、先生は、そばにしゃがむことになった。じじい、どけよ!そこは先生が座ってた席だぞ、と頭の中で声がした。

<女木島>をあとにして、逆光の中、船は高松港へと向かっていた。陽が、だいぶ落ちていて、遠くにみえる高松市の市街地が、浅黄色に染まっていた。そして、いくらもしないうちに、長い防潮堤の先端にある、玉藻防波堤灯台が見えてきた。

船は、灯台へ向かって進み、かなり接近してから、さっと右にかわして、防潮堤沿いに港へと向かっていった。むろん、千載一遇の機会だ。撮りに撮りまくった。

<せとしるべ>は、午後の遅い、オレンジ色の斜光を受けて、少し眩しそうだった。海上からしか、見ることのできない表情で、撮れてよかったと思った。

高松港に着いたのは、四時頃だった。陽はかなり傾いていたものの、まだ明るかった。下船して、そのまま、岸壁沿いに、サンポートの駐車場へと向かった。予定では、このあと<大阪王将>で食事をして、<道の駅 源平の里むれ>で車中泊だ。

と、右手の海の中に、赤と白の防波堤灯台が見えた。<たそがれた>玉藻防波堤灯台も小さく見えた。疲労感は全くなかった。あと30分もすれば暗くなる。最後にもう一度、ベストポイントの岸壁のベンチから、深紅に輝く<赤灯台>を撮って、それから引き上げても問題ないだろう。

融通の利かない爺でも、時には、臨機応変に行動することもできるのだ。急遽、玉藻防波堤灯台の夜間撮影を決定した。

駐車場についた。車のバックドアーをあけて、リックを下ろし、かわりに、望遠カメラの入っているカメラバッグを背負った。たしか、三脚は、バッグに括り付けないで、手に持ったのだと思う。車を駐車した位置が、レストランのすぐ横の海際だから、岸壁のベンチまでは、ほんの数十メートルだ。わざわざ、バッグに括り付けるまでもない。

岸壁のベンチに腰かけ、三脚に望遠カメラを装着したころには、すでに<ゴールデンタイム>が始まっていた。だが、灯台の背景の空の色が、なんだかさえない。水平線近くは、やや茜色で、上にいくほど青くなっているのだが、色合いがすっきりしない。暗くて沈んでいる。東側の空には、おそらく、薄い雲がかかっているのだろう。昨日の晩も、まったく同じような色合いだったのを思い出した。

それにくらべて、西の空は、濃いオレンジ色の、みごとな夕焼けだった。ベンチから立ち上がって、西の空に向けて、何度かシャッターを切った。とはいえ、画面左側には市街地の高い建物があり、右側からは山影が大きくせり出している。陰になる部分とはいえ、構図的に単調すぎる。

そのまま、三脚を放置して、反対側の海際へ行った。手前に海を取りこんで、山影に沈む夕日を撮った。だが、この構図もありきたりで、平板すぎる。

撮影しながらも、ベンチのそばに残してきた望遠カメラ付きの三脚が気になって、チラチラ見ていた。所有者が、そばで写真を撮っている。まさか、かっぱらって行く奴もいないだろう。だが、そこは小心者だ、<人を見たら泥棒と思え>、自分もふくめて、人間は信用していない。少し心配だった。

そのあと、いくらもたたないうちに、夕日は、山影の下に落ちてしまった。あたりが一段と暗くなった。岸壁のベンチに戻った。望遠カメラ付きの三脚は、むろん、無事だった。おそらく、この時<せとしるべ>は、点灯し始めていたのだろう。暗く沈んだ海の中で、斑に、赤く光っていたのだろう。

とはいえ、この光景は何度か見ている。心は動かなかった。が、それでも、アングルをきっちり決めて、そのうちには、深紅に輝き始めた灯台を、今晩も、これでもかというほど撮った。

<せとしるべ>とは、今夜でお別れだ。もう二度と会うこともないだろう。

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