村上春樹からメールが来た話

前回の記事は1996年を舞台にしたが、俺がいわゆる「インターネット」をやりはじめたのも同じ年である。当時はまだ海のものとも山のものともつかない感じで、やっている人は(俺の周りでは)ほとんどいなかった。

パソ通仲間も、「興味はあるけど、ちょっと……」と二の足を踏んでいた。今と違って定額制の通信サービスもなく、うかつにハマればプロバイダ代や電話代がとんでもないことになった時代背景もあるだろう。

(パソ通は高速巡回ソフトが整備されていたので、切り詰めようと思えば切り詰められたのである。チャットにハマる俺みたいなアホもいるが)

言うなれば「貴族の遊び」だが、そこにたまたま紛れ込んでしまった俺に、たまたま舞い降りた話。

当時、期間限定で村上春樹が読者との交流サイトを開いていた。すでに『ねじまき鳥クロニクル』を世に送り出しており評価を不動のものにした、時代の覇王。それが「村上春樹だけど、質問ある?」みたいな軽いノリで謁見の席をもうけたのならば、貴族も、貴族のはしくれですらない俺も、熱視線を送らないわけにはいかない。

と、いってもどんな質問を送っていいか、見当もつかない。しばらくは覇王と貴族のやり取りを、だんまりと眺めているだけだった。気圧されていた、というべきだろうか。

そんなある日、週刊朝日に連載していたエッセイで、

「最近は Les 5-4-3-2-1という日本のバンドにハマっている」という記述があった。これだ、と俺は糸口をつかんだ。小説でもエッセイでもほとんど日本の音楽に言及しない彼が、わざわざ取り上げるのはよほどのことである。

「どういう経緯で知ったのですか?」という質問がスラスラと沸いてきた。俺のみならず、誰もが気になるところであろう。当時は俺もネットに不慣れだったので、ちゃんと送信できてるかもわからないまま、メールを書いて送った。

そんなことも忘れかけてた頃──なんと、返事が届いたのである。数日後にはサイトにもやり取りがアップされた。

「タワレコで何枚か試聴して、これだ!と思いました」という至極普通の回答ではあったが、その時の俺の浮かれようときたら、プリントアウトして近しい人に見せびらかしまくったものである。

(大体は、何のこっちゃという反応であったが)

思えばあれが、俺にとってインターネットが「よくわからない何か」から色鮮やかな海に変貌をとげたきっかけなのかもしれない。

味をしめた俺は、それからも何通か質問を書いては送ったが、それらは一通も採用されることはなかった。こういうのは、変に助平心がにじんでるとダメなのかもしれない。最初の質問の、サラッとした加減が良かったのだろう。

これは Les 5-4-3-2-1のアルバムを買って聴いてみるきっかけにもなった。春樹が絶賛してたのは『プレポップ宣言』だが、個人的には悪くもないけどハマるほどでもない……という感想である。それより、「遅れてきた渋谷系」みたいなこれのどこに春樹がハマる要素があったのか、そちらの方が気になった。

代表曲が何かもわからないので、とりあえずパッと目についたこの曲をあげておく。ちなみにボーカルの松野アリミは、元々ribbonにいた人である。春樹は『らんま1/2』も乙女塾も知らないだろうが、世界は思わぬところでつながっていますね。

いいなと思ったら応援しよう!