【妖綺譚】「悲母ねだり」第一話
ここ最近、御母様は毎朝、ひからびて死んだ親父の仏壇に、仏餉さんを欠かされたことがございません。
ほかほかと炊き上がった御飯は、釜からお櫃にうつされるよりも先に、薄ら汚れたきんぴかの仏具にこんもりと盛られるのであります。
以前は、仏壇のぼっからとした洞に黴の生えた仏餉さんが忘れられてあるのが常でありましたのに。
今朝も御母様は、金襴緞子の巻かれた黒檀の小棒を、紅差し指と拇指とでちょいっと可笑しな摘み方をなさいますと、とても機嫌好ろしく、實に軽やかに、此方等も華美な、緞子でこさえたちいちゃい御座布団のようなものにのっけてある鉦を、鳴らされました。
冴え冴えとしたその音は線香の烟りを顫わせます。
軈て、御母様の脊もふるふると顫えだしたものですから、僕は、
「噫、御母様、嗤ってらっしゃる」
と思いました。
うわぁん、うわぁん、うわぁん、と鉦の余韻は幾刻迄も、僕の耳の奥で鳴り続けます。
今日と云う日も、御母様の化粧の匂いは僕の詰襟に沁み入る様で、とても恐い。
僕と母と二人切りの、朝の茶の間であります。
「悲母ねだり」第二話につづく。
いいなと思ったら応援しよう!
応援してくださる、あなた様は絶佳絶美の極みなり。