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高市発言でも“反日デモが起きない”中国――強硬姿勢の裏で何が起きているのか

デモが消えた日中対立

高市首相の台湾関連発言をめぐり、日中関係は再び緊張状態に入った。中国政府は日本産水産物の輸入停止や渡航自粛勧告など、矢継ぎ早に対抗措置を発動している。しかし、かつてのような光景が今回は見られない。街頭を埋め尽くす反日デモの群衆だ。

2012年、尖閣諸島の国有化問題が起きたとき、中国全土100カ所以上で大規模な反日デモが吹き荒れた。日系店舗は破壊され、日本車は焼き討ちに遭い、深圳シンセンでは共産党の庁舎さえも襲撃された。あのとき政府は、むしろデモを容認していた(当時の商務省高官が不買運動容認を公言)。

それから13年。同じレベルの外交対立が起きているのに、なぜ今回は一切のデモが起きないのか。この「沈黙」こそが、現在の中国が抱える深刻な問題を雄弁に物語っている。

戦略転換ではなく、統治危機の表れ

中国の対日抗議が「大衆動員型」から「国家統制型」へ転換したのは、外交戦術の洗練化などではない。それは、政府が国内の大衆エネルギーを統制しきれなくなったという、統治上の脆弱性の表れなのだ。

現在の中国経済は深刻な危機にある。GDP成長率は鈍化を続け、2025年には4.5%を割り込むとの見方が広がっている。不動産危機は底が見えず、若年失業率は国家統計局の公表値でも18.8%に達している。実質的にはさらに高いとみられ、専門家は20%を超える可能性を指摘する。

この経済的絶望は、若者世代に深刻な不満を蓄積させている。「躺平(タンピン:寝そべり族)」や「擺爛(バイラン:腐ってしまえ)」という言葉が象徴するように、彼らはもはや努力しても報われない社会に見切りをつけている。

白紙革命という覚醒

2022年の「白紙革命」は、中国政府に決定的な教訓を刻み込んだ。当初はゼロコロナ政策への抗議だったこの運動は、やがて「習近平退陣」「共産党下台」を叫ぶ体制批判へと転化した。

この革命の意味は重い。中国市民、特に若者たちが初めて「自分たちの力で政府を動かせる」と気づいたのだ。政治的覚醒である。政府による徹底的な弾圧後も、2025年8月の四川省江油市での大規模抗議(通称「小六四」※天安門事件〈六四〉になぞらえた呼称、白紙革命後最大規模の突発デモ)など、局地的な抗議は続発している。

社会は発火しやすい「火薬庫」と化している。この状況下で大衆デモを許可すれば、それがどこへ向かうか、政府にも予測がつかない。

2012年の悪夢が繰り返される恐怖

2012年、反日デモは反政府運動へと変質した。深圳シンセンでは共産党委員会の庁舎が襲撃され、警察車両が破壊された。政府が容認したデモが、瞬く間に統制不能となったのだ。

しかし2012年と2025年では、状況がまるで違う。当時、経済はまだ成長しており、人々には未来への希望があった。怒りはナショナリズムへと誘導可能だった。

ところが今、若年層の失業は「失うものがない」世代を生み出している。経済的絶望に打ちひしがれた彼らにとって、政府公認のデモは、もはやナショナリズムのガス抜きにはならない。それは、党に真っ直ぐ向けられた体制不満の導火線となるだろう。

政府はこのリスクを恐れているのだ。

統制能力の限界――盤石な権力の陰で

習近平政権は、軍および武装警察を党中央の指揮下に完全に一元化し、制度上は鉄壁の統制体制を構築した。しかし実効的な統制能力には深刻な限界がある。

公安と武警は疲弊している。長期のゼロコロナ政策下での市民管理、白紙革命の鎮圧、頻発する地方での抗議活動への対応――治安維持組織のリソースは消耗し切っている。

さらに、治安組織は「台湾有事への備え」と「国内社会統制」という二つの重荷を同時に背負っている。中国政府が掲げる「建軍百年奮闘目標」(2027年までの台湾侵攻準備完了)に向けて対外的なリソースが集中しており、国内の大規模突発事態への対応能力は相対的に低下している。

これは典型的な「帝国的過剰伸張」の状態だ。外向きの野心が内政の統治能力を上回ってしまっている。「10万人規模のデモが国内複数箇所で同時発生したら、完全に制御する能力はない」――これが政権の自己評価なのだ。

東京での「代理戦争」――情報戦という苦肉の策

国内でデモを起こせない中国政府は、別の手段に出た。日本国内で発生した小規模デモを「情報戦」の道具として利用するのだ。

2025年11月21日、東京の首相官邸前で数百人規模の抗議集会が開かれた。主催者は日本の左翼団体で、参加者にごく一部の在日中国人が含まれていた程度だ。

ところが中国国営メディアの新華社は、これを「数百人が抗議」「日本国民が高市首相に怒っている」と大々的に報じた。狙いは明確だ。国内向けには「高市首相は日本国民からも反対されている」という印象を広め、対日外交では日本政府が国内世論で孤立しているかのように演出する。

茂木外務大臣の対応は巧妙だった。「金曜日の官邸前では常に何かしらのデモがある」と述べ、これを日本の民主主義における日常的な現象として位置づけたのだ。中国の情報戦を見事に無力化した。

この一連の出来事は、中国政府がもはや大衆を直接動員できず、国外の事象をプロパガンダ利用する間接的手法に頼らざるを得ない弱さの表れに他ならない。

強硬姿勢の裏にある脆弱性

中国が今回、大規模な反日デモを組織しないのは、日本への配慮でも国際社会への懸念でもない。その根本原因は、深刻な国内経済危機と社会不安がもたらした「統治崩壊への恐怖」である。

習近平政権は究極のジレンマに直面している。一方では、国内に鬱積した不満を外部に逸らすため、対外的に強硬姿勢を取る必要がある。しかし他方では、そのための最も効果的だったはずの手段――「大衆動員」が、今や自らの体制を内側から転覆させかねない危険な劇薬となってしまった。

今後、中国は予測不能な大衆デモではなく、渡航制限や特定経済分野への制裁といった、国家が完全にコントロール可能な手段で圧力を強めてくるだろう。

現在の中国の対日政策は、その強硬な言説とは裏腹に、本質的には「国内統治の危機」という深刻な脆弱性を反映した、防御的なものなのだ。日本はその強硬な言説に惑わされることなく、この内在する構造的脆弱性を的確に見極めた、冷静かつ戦略的なアプローチを堅持すべきである。


この分析は、中国の対日政策における表層的な強硬姿勢と、その背後にある深層的な統治危機との乖離を浮き彫りにするものである。「デモなき抗議」という逆説こそが、現代中国の真の姿を映し出している。

以上

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