なぜ、これからの経営者には「事業機会×得意分野」を見つける力が必要なのか
なぜ、多くの人は「やりたいこと」を探しているのに、なかなか事業にたどり着けないのでしょうか。
それは、起業や新規事業の出発点を「好きなこと」だけに置いてしまうからかもしれません。好きなことは大切です。情熱がなければ、長く続けることはできません。困難な局面で踏ん張ることもできません。
しかし、好きなことだけでは事業にはなりません。
事業とは、自分の内側にある衝動と、社会の外側にある機会が出会ったときに生まれるものです。
事業機会 × 得意分野
この交差点にこそ、その人にしかできない仕事があり、その組織にしか生み出せない価値があり、社会を少しだけ前に進めるイノベーションの種があるのだと思います。
「好きなこと」だけでは、なぜ足りないのか
現代は、誰もが「自分らしく働きたい」と願う時代です。
会社に言われたことをこなすだけではなく、自分の感性や強みを活かして、意味のある仕事をしたい。できれば、世の中の役にも立ちたい。
その感覚は、とても自然なものです。
「自分らしさ」を探す旅は、しばしば内側を見つめる旅になってしまいます。
自分は何が好きなのか。
何をしていると楽しいのか。
どんな人生を送りたいのか。
事業をつくるにはもう一つの問いが必要です。
いま、社会のどこに不調和があるのか。
誰が困っているのか。どんな仕組みが古くなっているのか。
どんな価値が、まだ市場に正しく評価されていないのか。
どんな技術変化によって、これまで不可能だったことが可能になりつつあるのか。
内側の「好き」に加えて、外側の「機会」を見る。
この両方が重なったとき、初めて仕事は個人の自己表現を超えて、社会に対する提案になります。
得意分野とは「楽にできること」ではない
ここでいう得意分野とは、単に「人より少し上手にできること」ではありません。
それは、自分の経験、情熱、違和感、失敗、身体感覚、知的好奇心が積み重なった場所にあります。
Naval Ravikantは、富を築くうえで「特殊知識」の重要性を語っています。特殊知識とは、学校で誰かに簡単に教えられるものではなく、その人の好奇心や経験によって自然に積み上がっていく知のことです。
これは、経営者や起業家にとって非常に重要な視点です。
自分にとっては当たり前すぎて、価値に見えていないもの。
けれど、他の人から見ると、なかなか真似できないもの。
そこに、その人の得意分野があります。
たとえば、人の話を聞いて構造化するのが自然にできる人がいます。
場の空気を読み、複数の利害を調整するのが得意な人がいます。
数字の変化からビジネスの兆しを見つける人もいます。
土地や建物や街の雰囲気から、そこに生まれる未来のカルチャーを感じ取れる人もいます。
得意分野とは、履歴書に書けるスキルだけではありません。
その人が世界をどう見ているか。
何に反応し、何に違和感を持ち、何を面白がれるか。
そこまで含めたものが、これからの時代の「得意分野」なのだと思います。
事業機会とは、社会の「ほころび」である
一方で、事業機会とは何でしょうか。
まだうまく接続されていないもの。
価値はあるのに、価格がついていないもの。
多くの人が我慢しているのに、誰も本気で直していないもの。
テクノロジーが進化したことで、ようやく解けるようになった課題。
そこに事業機会があります。
たとえば、空気や森には本質的な価値があります。しかし、従来の市場では、その価値が十分に価格へ反映されてきませんでした。なぜなら、市場価値はしばしば、
独占 × 希少性 × 人気
によって決まってきたからです。
けれども、AIやIoT、データ、センサー、ブロックチェーンのような技術が進化すると、これまで見えなかった価値を可視化できる可能性が出てきます。
自然の価値。
健康の価値。
孤独を減らすコミュニティの価値。
人の成熟を支える場の価値。
文化やアートが人間にもたらす価値。
これらは、すぐに短期利益へ変換できるものではないかもしれません。しかし、長い時間軸で見れば、社会にとって極めて重要な資本です。
事業機会とは、単に「儲かりそうな市場」を探すことではありません。
まだ価値として扱われていないものに光を当て、仕組みに変えることです。
パタゴニア、スノーピーク、セムコに共通するもの
長く残るブランドや組織には、単なる商品力を超えた「成熟のプロセス」があリます。
パタゴニアは、アウトドア用品の会社である前に、自然との関係性を問い続ける会社です。
スノーピークは、キャンプ用品の会社である前に、人間が自然の中で感性を取り戻すための場をつくってきた会社です。
ブラジルのセムコ社は、管理を強めるのではなく、人間の自律性を信じることで組織を変えてきました。
これらの会社に共通しているのは、単に「売れるもの」をつくったのではないということです。
創業者や組織の得意分野があり、同時に時代の事業機会があり、その交差点に独自の世界観を築いています。
自然と人間の関係を問い直す。
働くことの意味を問い直す。
組織と自由の関係を問い直す。
暮らしと感性の関係を問い直す。
問いの深さが、ブランドの深さになります。
そして、その問いが商品やサービスや組織文化にまで実装されたとき、会社は単なる経済主体を超えて、一つの思想を持った生命体のようになっていきます。
オモロキ志本主義という考え方
ここで、私が大切にしたいのが「オモロキ志本主義」という考え方です。
オモロキとは、面白さと驚きが混ざった感覚です。
ただ楽しいだけではなく、世界の見え方が少し変わるような驚き。
思わず誰かに話したくなるような発見。
自分の身体が前に動き出してしまうような好奇心。
そして志本主義とは、資本だけではなく、志を起点に事業や組織をつくるという考え方です。
お金はもちろん大切です。利益がなければ事業は続きません。資本がなければ挑戦の余白も生まれません。
しかし、資本だけで動く組織は、長い時間軸ではどこかで痩せていきます。
人が本当に力を発揮するのは、自分の得意分野が社会の機会と結びつき、「これは自分がやる意味がある」と感じられたときです。
そのとき、仕事は単なる労働ではなくなります。
自分という存在を使って、社会の不調和を少しずつ整えていく行為になります。
私は、そこにこれからの経営の可能性があると思っています。
経営者の仕事は、交差点を見つけること
経営者の仕事は、すべてを自分でやることではありません。
むしろ、経営者の重要な仕事は、人と事業機会の交差点を見つけることです。
この人は、何に対して自然に熱量が出るのか。
どんな問いを持っているのか。
どんな経験から、他の人には見えないものが見えているのか。
その得意分野は、いま社会のどんな機会と接続できるのか。
これを見つけることができれば、組織は管理される場所ではなく、才能が発芽する土壌になります。
森のような経営とは、まさにこのような状態なのかもしれません。
一本の木だけを大きくするのではなく、土壌、光、水、菌、風、虫、季節の変化まで含めて、全体として育っていく。
人も同じです。
一人ひとりの得意分野があり、それぞれが違う根を持っています。経営者は、その根がどんな土壌で伸びるのかを観察し、事業機会という光に接続していく。
そのとき、組織は単なる人員配置の集合体ではなく、志が循環するエコシステムになります。
自分の交差点を見つけるための問い
では、個人としては何から始めればよいのでしょうか。
まずは、自分に対して次の問いを投げかけてみるのがよいと思います。
自分が何度も考えてしまう社会の違和感は何か
人からよく相談されることは何か
自分にとっては普通なのに、他人から驚かれることは何か
これまでの失敗から、他人に伝えられる知恵は何か
いまの技術変化によって、解けるようになった課題は何か
10年後、30年後にも残ってほしい価値は何か
この問いに答えていくと、少しずつ自分の得意分野が見えてきます。
そして同時に、社会の側にある事業機会も見えてきます。
大切なのは、最初から完璧な事業アイデアを探さないことです。
まずは、自分の中にある感覚と、社会にあるほころびを並べてみる。
その間に、細い線を引いてみる。
この線が増えていくほど、自分にしかできない仕事の輪郭が見えてきます。
次の時代の経営者に必要なもの
これからの経営者に必要なのは、単なる効率化能力ではありません。
AIやテクノロジーによって、多くの作業は自動化されていきます。情報収集も、文章作成も、分析も、これまでよりはるかに速くなります。
だからこそ、人間に残る役割はより本質的になります。
何を面白がるのか。
何に志を立てるのか。
どの事業機会に、自分や仲間の得意分野を接続するのか。
どんな未来なら、300年後にも残ってほしいと思えるのか。
この問いを持つ人が、これからの組織をつくっていくのだと思います。
そして、その問いは決して大げさなものではありません。
今日、自分の仕事の中にある小さな違和感を見つけること。
誰かの得意分野に気づくこと。
まだ価値として扱われていないものを、価値として見直すこと。
そこから始めればよいのだと思います。
おわりに
起業とは、突然すごいアイデアを思いつくことではありません。
自分の内側にある得意分野と、社会の外側にある事業機会を、少しずつ接続していくプロセスです。
その交差点に、志が生まれます。
その志に、仲間が集まります。
その仲間とともに、仕組みが生まれます。
そして、その仕組みが社会の不調和を少しでも整えたとき、事業は単なる金儲けを超えて、未来への贈り物になります。
次回は、この「事業機会×得意分野」という考え方を、情報革命の文脈からもう少し深く掘り下げてみたいと思います。
テクノロジーは、何のためにあるのか。
私はそれを、イノベーションと成長機会の交差する場所として捉えています。
