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1945年3月になってまだ「四年目の神機」という大逆転呼号した政府の冊子は、めまいがするような神がかりの内容

 こちら、内閣情報局が1945(昭和20)年3月10日に発行した「週報号外 四年目の神機」です。B6判48ページの冊子でざら紙に墨一色、裁断も乱れていて閉じ金具もないのが、戦況を正直に伝えます。政策の内容を指導層向けに解説してきた週報の特別版で、何が4年目かというと、太平洋戦争開戦から始めて、1944年末から4年目の戦いに入っているという意味です。

 さて、1945年は前年の東南海地震に続く三河地震で幕を開け、1月18日の最高戦争指導会議では、本土決戦即応体制の強化など「今後採るべき戦争指導大綱」を決定、大本営が「帝国陸海軍作戦大綱」を20日に決めて本格的に本土決戦準備に入ります。2月16日には硫黄島の戦いが始まり、この冊子の発行日は、ちょうど東京大空襲が行われた日に当たります。

 そんな時期に出された冊子です。この流れを見れば、本土決戦に向けて決意を固めさせる意図があったとみられます。実際、厭戦的な言論の検挙も増加していました。そんなわけですから、内容は推して知るべしですが、ともかくさわりをご覧に入れます。戦争は終わらせるのがいかにやっかいか、が感じられれば幸いです。

巻頭言と目次

 一、宿命的なる日米決戦。「神魔両軍の関ケ原」…。利害得失など超越したやらねばならない戦であると。

 そして「神明の加護」が頼り。

 三、戦局の因って来る所以。今の戦争が不利なのは、米国が20年来準備してきたからと。飛行機の生産が少ないのも米国の謀略のせいとか。

 神国の精神を忘れて謀略に負けたからというけど、「神国の精神」とやらはそんなに脆弱なんですねとしか。

 そんな中に、1932(昭和7)年5月のチャップリン来日もねじ込んでいます。そしてチャップリンの来訪目的は映画を通じたユダヤの謀略と来ています。出たよ、陰謀論。これを政府が正式な資料で説くのだからなあ。あれ、今のどこかと似ているか。

 そしてジャズや個人主義なども全部ユダヤの陰謀に落とし込み。だから、大和魂や皇国精神とやらは、その程度で弛緩する脆弱なものなんですかと、小一時間問い詰めたい。

 四、講和なき戦い。平和思想は敵国の謀略に乗せられる利敵行為と断じます。そして、勝つよりほかにないと断じ、本土決戦への意識を高めます。

 六、四年目の神機。そう、なんで押しまくられて戦力もがた落ちなのに、何が「神機」なのか。これを説くのに、七年戦争(1756年〜1763年)を引いてきます。おいおい、200年前の話かよ。

 四年目は戦局の前途が見えず政府を恨み軍を責める方向に動きやすいので、敵の謀略に乗せられる、よって、ここを乗り切れるかどうかが勝利の分かれ目と。そして5年目には、異常な頑張りで挽回できるとします。

 結局、国民の「戦う意思の強弱」で紙一重の勝敗が決すると。努力しても報われないから、押しまくられているのに、なぜ逆転になるか理解不能。

 八、決戦の変貌。戦争は決戦の連続、という認識は正しい。でも、その最後のところでくじけた方が負け、というのは、明らかに間違っています。勝つまでじゃんけんではないのです。それは、決戦の連続によって、彼我の戦力や能力に大きな差が広がってくれば、たとえある段階で勝ったとしても、その後も優勢な敵による決戦の強要が続き、押しまくられている側の敗北は必至であるからです。

 そして結論は「ただ頑張る」。涙も出ません。

 九、神武必勝。「大日本は神国なり」で説き始め、「神州不滅、神武必勝」の信念を強調。そのうえで「必勝の策、我に存す」。おお、まともな話が出てくるか。と思いきや、つまり、敵は補給線が伸びているが、こちらは補給が途絶される心配はないという絶対有利にあるとします。でも、既に空襲で交通網はぼろぼろ、そして生産するにも資源がない。ボーキサイトも石油もない。肥料もない。つまり、補給線ではなく、補給するものがないという状態なんですが。そのうえで空襲ですからね。

ある意味、補給線は戦局に影響がないというのは正しい。モノがないから

 そして、補給問題だけではなく、戦闘においては差し違えでやればいいと。でも、一人一殺どころか、十人一殺もいけるかどうかというのが彼我の能力差でした。

 十、莞爾邁進。将棋を例にして、遊び駒があるほうが負けとか比喩をして、家制度の特徴を生かして支えあい乗り切れとします。でもね、将棋に例えれば、最初から駒落ちで、さらに無謀に突っ込んでいった駒が次々と相手に取られて追い詰められている状況なんですよね。既に遊び駒どころか、駒が無いというのが実情ですわ。そして、最後もまた、「神の国」で「天定運命を固く信じて」天皇のために働けば、最後の勝利が得られると。

 この「四年目の神機」は、国会図書館に登録すれば、全文を読むことができます。興味のある方はご覧いただければと思います。

 逆に、この空っぽの文章は、当時の大日本帝国がもはや限界にきていることを示す歴史文書となっているように思えます。そして天皇制カルト国家というものであった事も。神がかりというのは宗教的盲信にほかなりません。

 そうした物事の裏を見るくせが、ただ政府に盲従して肉屋を支持する豚となることを防ぐ道だと思います。この文を読み、くだらない、と思える理性が一般的であり続けてほしいと思います。

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