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介護職員の賃金格差8.2万円、縮まらない本当の理由と2026年以降の現実

政府が10年以上手を打ち続けて、それでも格差が残る構造的な話

セオドアアカデミー独自まとめ

朝の申し送りが終わった後の話

夜勤明けのベテランスタッフが、ふと言った。「隣のドラッグストア、また求人出てるんですよね。時給1,350円で、夜勤なしで、記録なし。うちの基本給に換算したら……」。そこで話は途切れた。

言葉にしなくてもわかる。皆がわかっている。だから誰も続きを口にしない。

令和7年に厚生労働省が公表した最新データは、その沈黙に数字を与えた。介護職員の賞与込み給与は31.4万円、全産業平均(役職者抜き)は39.6万円、差額は8.2万円。前年の差額が8.3万円だったから、縮まったといえば縮まった。だが0.1万円である。月に換算すれば1,000円にも届かない。

政府はこの間、手をこまねいていたわけではない。2024年には処遇改善加算を一本化し加算率を引き上げた。令和6年2月から5月にかけては処遇改善支援補助金を投入し、2025年には介護職員1人あたりおよそ5.4万円の一時金を支給した。十数年にわたる積み重ねを振り返れば、平成21年の処遇改善交付金から始まり、特定処遇改善加算の創設、ベースアップ等支援加算の組み込みまで、賃上げの旗は繰り返し立てられてきた。

それでも、格差は縮まらない。

なぜなのか。そしてこれからどうなるのか。


「上がった」のに「追いついていない」という逆説

まず数字の構造を正確に押さえる必要がある。

令和7年の介護職員の給与は、前年比で1.1万円増えた。これは事実だ。

問題は、同じ期間に全産業平均も1.0万円上がっていることにある。介護側が上がり、他産業側も同じ角度で上がっている。グラフにすれば、2本の折れ線がほぼ平行に動き続けている絵になる。厚生労働省の公表資料でも、令和6年から令和7年にかけて両者がほぼ同じ傾きで推移していることが確認できる。

追いつこうとしている側が追いつかれている。そういう構図だ。

しかも比較対象は「全産業平均(役職者抜き)」という条件で、できる限り介護職と横並びになるよう設定してある。管理職の厚い報酬が引き上げている数字でもない。それでも8.2万円の差が残る。見せ方の問題で解消できるものではない。

懸念は数字の裏付けを持っている。


「公定価格」という壁の本質

なぜ他産業と同じスピードで動けないのか。ここに、この問題の根があある。

居酒屋は客単価を上げられる。製造業は値上げを取引先と交渉できる。人手不足であれば「時給を上げて求人する」という選択肢がある。しかし介護サービスの価格は、国が定める介護報酬の枠内に収まっている。事業者の判断で1円も上げられない。収入の天井が外から決まっている産業で、内側から賃金を引き上げることには物理的な限界がある。

社会保障審議会介護保険部会の令和7年12月意見書は、この現実を静かに数字で示した。第9期介護保険事業計画に基づく推計では、2040年度までに約57万人の新たな介護職員の確保が必要とされている。一方、2023年度には介護職員数が初めて減少に転じ、2024年度は横ばいで推移した。介護関係職種の有効求人倍率は、令和7年10月時点で4.07倍に達している。全職業平均と比較してもはるかに高い。

需要が増え続ける中で、供給が細る。この状況下で、賃金競争力の弱さが直撃している。


「加算」が基本給になれない理由

処遇改善加算は、一定の要件を満たした事業所が申請することで配分される仕組みだ。この設計自体に、解きにくい構造問題が埋め込まれている。

加算で増えた原資は、多くの場合「手当」や「一時金」として支給される。基本給そのものが上がるわけではない。これが何を意味するか。

賞与は基本給を基礎に計算されることが多い。退職金も同様だ。住宅ローンの審査では、毎月の定期的な収入が問われる。「先月、処遇改善手当が5万円出た」という事実は、金融機関にとって加点材料にはなりにくい。基本給が上がらないまま手当だけが積まれる構造は、生涯を通じた経済基盤の設計において、じわじわと不利を積み上げていく。

求職者の目線でも同じことが言える。転職先を検討するとき、目に入るのは「月給〇〇万円〜」という数字だ。各種加算込みの想定支給額が表に出てきても、「これは条件によって変わる」という注釈がつく。説明が難しい賃金は、採用の場面で弱い。

NCCUが「基本給の引き上げ」を特に強調するのは、現場が本当に必要としているものが何かを知っているからだ。

今回概要まとめ図

セオドアアカデミー独自まとめ

春闘との「時差」がもたらす構造的な遅れ

もう一つの要因は、賃金改定のタイムラグにある。

民間企業では毎年春闘が行われる。経営環境や人件費市場の変化に対して、年単位でダイナミックに対応できる。インフレが進めば翌春には反映させる動きができる。しかし介護報酬の定期改定は、原則として3年に1度だ。物価が急騰しても、隣の業界が大幅ベアを実施しても、次の改定まで待つ場面が生まれる。

2022年から2023年にかけての物価上昇局面を振り返ると、この「時差」の深刻さがよくわかる。電気代や食材費、採用広告費、車両維持コストが一斉に上がる中、事業者は売上単価を上げられないまま費用だけが膨らんだ。介護職員の賃上げに回せる原資が圧迫された。それでも他産業は「インフレ対応ベア」として基本給を引き上げていった。

格差は「悪意」から生まれているわけではない。制度のスピードと市場のスピードが、根本的に噛み合っていない。


事業所間格差という見えにくい問題

同じ「介護職員」でも、働く事業所によって状況は大きく異なる。

都市部の大手法人が運営する特別養護老人ホームと、中山間地域の小規模な訪問介護事業所では、経営体力に天と地ほどの差がある。稼働率、利用者数、採用コスト、移動経費、それぞれが違う。処遇改善加算の要件を満たして原資を確保しても、物価高や人件費の一般的上昇分で相殺されれば、職員に還元できるものが残らない。

加算が届いたとしても、そこから職員の手取りになるまでには、経営体力という「変換装置」が必要だ。変換装置が機能しなければ、制度の恩恵は現場に届かない。

社会保障審議会介護保険部会の意見書が「人材確保」と並んで「生産性向上」「経営改善支援」「協働化等」を列挙しているのは、この変換装置の問題を直視しているからだ。賃上げの原資を作ることと、その原資を職員の手に届けることは、別々の課題として対処を要する。


医療・障害福祉への連鎖

この問題は介護業界だけに留まらない。

介護職員が不足すると、施設は受け入れを制限する。訪問介護は新規利用者を断る。すると、病院からの退院先が見つからなくなる。急性期・回復期のベッドが空かなくなり、医療提供体制全体のサイクルが滞る。退院支援という見えにくい機能が、実は医療の流れ全体を支えている。その支えが細るとき、影響は介護の外側にも広がっていく。

障害福祉の側でも同様の緊張が生じている。居宅介護や生活介護などの障害福祉サービスは、介護職と類似した賃金構造にある。政府が介護側に手厚い補助金を投入すれば、今度は障害福祉から介護へと人材が流れるリスクがある。同じ福祉領域の中で、限られた担い手を巡る引き合いが起きる。

制度が縦割りである以上、横断的な人材の移動は常に起きる。あちらを立てればこちらが立たずという状況は、単発の補助金では解決できない構造的な問題だ。


2026年以降に何が起きるか

NCCUが「2026年以降の格差拡大を懸念する」と述べた背景には、今年の春闘トレンドがある。上部団体UAゼンセンの正社員組合員が高い賃上げ成果を得る中、介護との差がさらに開く可能性が現実的な見通しとして存在している。

短期的に何が起きるか。

若手・中堅層の流出が加速する。黒字であっても「人がいないためにサービスを提供できない」という理由での事業所閉鎖・縮小が、地方から順に進む。特に訪問介護の担い手は今後さらに細る見込みがある。すでに有効求人倍率が4.07倍を超えた現場に、追加の退出圧力がかかれば、地域の在宅ケアインフラが静かに瓦解し始める。

どんな転換が必要か。

まず、複雑な加算の体系を整理し、その財源を基本報酬に組み込む方向性が不可欠だ。事業者が職員に「基本給として〇〇円です」と説明できる構造にならなければ、採用力は改善しない。加算を増やすことで対応してきたこれまでの手法には、事務コストと不確実性という副作用がある。事業者側も申請に労力を取られる。職員側も「今年度は加算が取れたが来年度はどうなるかわからない」という状況に置かれる。

次に、報酬改定のスピードを市場に近づける仕組みの検討が求められる。消費者物価指数や全産業の平均賃金上昇率に応じた補正的な仕組みの議論は、すでに一部で始まっている。3年ごとという周期を前提とする限り、急激な経済変化への対応は構造的に遅れ続ける。

テクノロジーの役割も重要になる。見守りセンサー、AIを活用した記録の効率化、移動の最適化。業務負荷を下げることで、浮いた時間と余力を賃金に還元できるかどうか。介護DXは費用対効果の問題でもあるが、同時に「人が働き続けられる職場を作れるか」という問いでもある。社会保障審議会介護保険部会意見書でも、ICTやAI技術の活用、生産性向上による職場環境改善が明示されている。


問いを置く

「やりがいがある仕事だから」という言葉で、この産業は長い間支えられてきた。それは否定しない。現場の人たちの、仕事への誇りと責任感は本物だ。

しかし誇りは家賃を払えない。責任感は子どもの教育費を捻出しない。

8.2万円の差は、毎月の食卓の話であり、住宅ローンの審査の話であり、老後の年金額の話でもある。その差が十数年にわたる積み重ねを経てなお残り続けているとき、問うべきは「現場がもっと頑張れるか」ではない。

制度が、市場の変化に追いつける設計になっているかどうか。

その問いを、次の報酬改定の議論が始まる前に、もう一度共有しておく必要がある。

以上、セオドアアカデミーでした。おしまい!


参考文献

※ URLは執筆時点(2025年4月)のものです。今後リンク切れが発生する可能性があります。
※ 原稿は一次情報を中心に参考にて制作をしておりますが、記載ミス等誤字ありましたらご指摘ください。

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