余分なものが、静かに剥がれていった “わたしに還る旅” 〜屋久島〜
屋久島の森へ入ると、
何かを足すのではなく、
“余分なものが、静かに剥がれていく”
役割も、思い込みも、「こうあるべき」とかも…。
気がつくと、
樹齢何千年もの杉を前に、
ただ佇んでいる“わたし”だけが残っている。
本州から屋久島に、
家族で移住した友人の風貌が、
わずか一年で、別人のように生き生きと変化し、
伸び伸びと自分らしい仕事で活躍を見せていることが
私をこの島へ向かわせる大きなきっかけとなった
人生を運命をも変え得る屋久島…
彼は言う
「この島は来たいと思っても来れない人もいる。
導かれているかどうかと、そのタイミングなんだ」と。

365日中366日雨が降ると言われるこの島では
毎日、文字通り「水に流す」ということが繰り返される
そう、土地もそこに滞在する人も
いるだけで浄化されていくのだ…
都会からの移住者も観光客も
削ぎ落としたい何かを持った人々が
もしかしたら導かれるように訪れるのかもしれない

島の懐奥深くに入って、
深い森の手付かずの自然に
抱かれれば抱かれるほど
この島の底知れぬ魅力を感じる

もののけの森へ続く白谷雲水峡の森には、
あいにく案内板などはない
ネットも繋がらない

森と対話しながら、ひたすら道なき森を行く
赤いリボンをうっかり見逃すと
妖精たちの森でぽつんと迷子になってしまう
否応なしに野生の勘が冴えてくる
目から脳から体から…
何かが剥がれ落ちていくように感じる
PCで重くなった目、
思考でガチガチになった脳、
硬くなった首や肩の凝り、
そして起こりもしない心配事でいっぱいの心…
軽くなっていく…
屋久島…そこは
人間なんて自然のほんの一部で
「五感こそが自分そのもの」ということに
回帰させてくれる場所のように感じる

屋久島はこれまでに4回訪れている
屋久杉の森を一人ゆっくりと歩き
樹齢1,000年を超える杉と対峙すると
「その悩みを1,000年先から振り返ってごらん」
などと言われているような気がする
1,000年という長い歳月にわたり
この森の生長を、島の息吹を
風雨にさらされ、そこで独り見守ってきたその老木に
人智を遥かに超えた叡智を感じる
そんな時いつも理由もなく涙が溢れてくるのだ


もしかすると人は、
何かを得ることで変わるのではなく、
余分なものを手放した時に、
本来の自分に戻っていくのかもしれない。
人は本当は、
何かを足さなくていい、
頑張らなくていい、
あるがままでいい
もし今、
・考え過ぎて止まってしまう
・自分の本当の気持ちがわからなくなっている
・どこか力が入り過ぎて生きづらい
そんな感覚があるとしたら、
一度、静かに「削ぎ落とす時間」を持つのもひとつかもしれません。
私は、外界を旅すると共に、
対話と内観ワークを通して、
その人の中にある余分なものをゆるめながら、
その人本来の感覚に戻る時間をお届けしています。
ご縁のある方とお会いできるのを楽しみにしています♪
