俺はどうでもいいんだ0612
くだらない、しょーもないって陰口であり悪口であるわけだけど、全然悪い言葉じゃないな。これのここは合わないってことをここでは言えないというだけで
まあそれが定番の意味の型でばかり運用されすぎて、本来の意味じゃない、邪悪な使われ方はもちろんしてるわけだけど
我関せずというか、そこはしかしガチンコで、誤読されない可能性のある場で、まっすぐ迷いなく言い切って会話をはじめるべきよなと思いました。
木村、健太郎とのドライブはこちらがあっけなくなるほどサクッとしていて好きである。
これが僕の嫌いでもある「男」の、良い距離感なのかね。
この世の26歳の中で一番速く、おもしろいことを書けるのは俺だからな。
めちゃくちゃどうでもいい。俺はほんとになにもいらないんだ。生活レベルで嬉しいことがあるからそれは、というならそれはセンスがなく、まあ気にしないというか書いていればそのうちわかる。
どうでもいいというのが、もっといいことというか、そんな、絶望、ぢゃないよべつに。
>>くだらない、しょーもないって
「間違ってる」もそうか
ミスってるになるとだから意地悪に振り切ったり、それ以前の変な使われ方になっているわけで、
だからこういう屈託?をガツガツ言う。言える場、じゃない。どこでも言っていいわけではないし言っていい。それで、ついでだが、言える場、「陰口専門」みたいなことをやると変だ。
「家に帰るなりこれを書いて、これも本に収録されます(という気が向いたのでの報告です」
「全然普通に名前(固有名詞)使われてるのいいね
知らない人が読んだら誰だよってなるの」
「これマジでツイートするつもりで書いたから忘れてた、本に載せるつもりのときはカタカナに固定してるけどここはまんまでいいかもね
こんな感じで日々爆速で迷いながら書いてます、また良い報告ができると思いますのでおなしゃす!」「パーティはガンガン連れてってね!」
>>くだらない、しょーもない
>>「間違ってる」もそうか
これは、良い言葉、悪い言葉を識別する、「言葉」レベルで、パッと考えるように識別する、そうしたら意外とこうだというのが意外で面白かったから書いた。そういう意図。
これによって僕がやってることを肯定したいんじゃない。その道の最中にはなく、道端に転がっているものが気になって仕方がなく、そういうものはまた現れる(頭にだったり道にだったり)、ということだ。
僕はこんな書き方をしているが、まったくスピってなどおらず、強いていえば、モリテツヤさんの「スピらずにスピる」的に言ってみれば、(前にそれを考えたことがあった、)違わずに気違う。だと思った。たがわずに、ちがわずに、でもどちらでも面白いと思う。言葉レベルで。
いろんな気分が織り混ざっているし、それが書き方に表れている、シームレスな転換の(ある)文章というのがひとつのやりたいことだったが、それって、読んでるときに、と考えると僕のやりたいこととはまったく違う。かなり事務的な話になる。僕は創作的に工夫がしたくてそう「シームレス」だといったのだから、シームレスであるべきは書き方だ。
ツイートとnoteと今であればたまたまiPhoneのメモと、頭の中で思い、書き起こす前のこととあえて消え入らせたこと、そして僕に書かせたこと、書かせるのではいやだから、書くのを待ったものたち。僕はだからすごくしっくりきているのだ。僕はなにもない。僕にはなにも。僕は、アクトだけなんだ。書くこと(でさえ?)僕は僕にやらせているのだから。
僕は、どうしたらのたれじなないのだろう、いや、実家があたたかく迎え入れてくれるのでのたれじなない、ただそうなった時に、彼は文章を書いてはいけないのか。あるいは言い方を変えれば、文章を書いてはいけないわけはなく書くべきであることは自明であるとして、なにを書き残すのか、の圧倒的な参考資料を作りたい。黙ってこれがある。これがあるので、なにが起こるのか、同じようなというか僕が何度でも生き直すようなことをたとえば想像するとして、みたいなこと。「同じような人」のことはわからない。
「AIに相談しても、話した=離したことに、十分にはならないと感じる。」
「話す=離すことの重要性と共に、書くことによる肯定もある。」
(20250612、千葉雅也さんのツイート)やべえ。
えーとまず、話した=離したのところに、直前に僕が書いたこと(「考えたのだということにした」こと、考えた「考え」だと固定したこと)とのシンパシーを感じて、まあもっと端的に、言葉遊びをしていて、僕は言葉遊びというかそもそもその言葉レベルの識別、「これはこうでこれはこう、そうか…」というのが楽しいわけで、という話をし、そのあとに単に「言葉遊び」にみえる箇所に反応し、あっと思ったあとに読んでみて、読めるか?読め、読めた…いやまて、そうか…(このそうか、でなにを思ったかは覚えてない)、それでこっち(note)とかにきて、なんかでTwitterに帰ったら二つめのツイートをしていて、やべえ!とツーテンポ遅れて気がついた、1分前だったが、消される恐れもある、やばい!
書き写した。「書くことによる肯定」ね。「話すことは離すこと」ね。ヤバい。僕の言ったこととのシンパシーなんかどうでもよくなった。だから言葉遊びを単に言葉遊びとして遊ぶ(遊べる能力、たまたま備わった趣向)は重要(書く才能)なのだと思った。
なるほど、しかし話すことは自分から、自分の「哲学」から突き離すこと、である、まあ「言葉を」。というのは直近で思うところに近い。なるほど、それで、「書くことによって肯定する」ことときた。それやん、もう。それはもうそういうこととしてインプットすればいい、ミゴトやー、うまいこというなあ。そんで、いやさっきまさにそれをだから受けたから(「考えたのだということにした」こと、考えた「考え」だと固定したこと)なんて書いて(表現して)みたけど、俺はこれが肯定、だと思う。考えがあったことにする。まあ、本当はないのに。でもあるから、と二転三転したあとに(書き残すというか、書く、強いて、叩き台というか、)書くことを選ぶようにして書く人は少ない。時間がかかるからだ。単純だ。書くこと自体に要請されるような形で書ける人でないと、まず、そんな暇ないので無理だ。僕は書くことと遊んでいるといってもいい、いやそれはどうでもいい。本当か知らんし
健太郎
「ハスリングしてけ!」
俺
Google検索。ハスリング、
AIによる要約
違法な薬物の売買、ヒ(そんなわけない)ェっ、
「(違法な手段で)お金を稼ぐ」「(ストリートで)積極的に活動する」「(活動的に)頑張る」といった意味で使われる言葉
積極的に活動するね。今コピペしてみたら、活動的に頑張る、しかもこの、(活動的に)がかっこでくくられてるところも、偶然だろうけど僕の言葉の使い方とにてて(俗にいう「僕らしい感じで」)あい、気にいるが、忘れるタイプの言葉だ。言葉として胸に留めて、飾っておくのではない。ここで「消える」もなにもなく、なかったわけじゃないが、そういうものだとして、喜ばれて終わる言葉。
こうやって書いていると、ずっとこのことを書きたいのだが話が進まないのだが、僕は今一番神経質に書いている期間なのかな、と思って、ならばいこういこう、気持ち悪いカッコとか差し込んで、読んだら(まだ)別に全然気持ち悪くないし、気持ち悪くしようとするのなんてあり得ないわけだけど、
で、だとして、いやそうでないとして、が怖いようで、別にまあ悩み続けられることでもないというか、つまりコレがいっときの神経質じゃなかったらどうしよう、ずっとこう書けてしまったら、これを洗練させて洗練させた作家になるのだったらどうしよう、無理だろう、とか考えているのだが、わからない。全体的にわからないので、やはりこの作品を完成させたほうが、なにかと比べるわけじゃないがいい。
23:09

これはめっちゃ気づきだな。
気づきが好きなのだ。気づきを探すために生きるのではない、好きってそういうこっちゃない?
(それは知らんけど気づいたら嬉しい。そのときは気づくのが好きだなんて思わない。内容?概要?外面?ソトヅラか、とかなんて、いつ思うのだろう?僕は気づきに対していったいなにをいつ思うのだろう?と、気づきではないのだが、これはたぶん僕の好きな気づきではないなんと呼ぼうか「書くこと」で、こねくり、じゃないな、思考じゃなくはないけど、まあいやよくない、
だから俺めっちゃアクターというかアクターじゃないけどアクトはするんで、色々読んでください。どっちかってーと役割は与えられないほうが好きで、だから、こういう会みたいなんよりも、俺が輝くかどうかは別として、まさに健太郎がなんか去り際にいってたパーティーなんかに行きたい気分。パーティーにいてみて、やっぱりさすがに最後まで喋らないとかはないのか、そんな検証は肝っ玉がないのでできないというか、不思議とそれ以前にそうはならない、そうしたくはないと願った結果が先にきているのか、いや、偶然なのか、偶然、人が人を思い遣って、俺はこいつに話しかけたろうとか、話しかけてみよう!とか思ってくれたり、でも俺が受け手として良い反応をしようとしているのはめちゃ確かで、絶対にいい反応はするしクソ喋るし、だから運ゲーを仕掛けられて嬉しい、ではなんで、自分から仕掛けるという運ゲーにはかけてみないのか、賭けないのかといつと、どうなんだろう、(それこそ今はそういう時期?)がんばる、がんばらない、がんばらないならなにも話しかけない、友達は作りにいくのではなく、ただいて、いて、喋る、あとは運だったり、それで楽しければよかったね、そのあとはちょっとの勇気だね、楽しかったのなら、楽しかったかい?ということだね、
気難しく、話しかけづらく、そう見えるので、僕は僕の外面を想像して、明らかにそう、昔からずっとなにか怖いみたいな感じ、それを今は強めちゃってんじゃないかというかこんなん書いちゃったりして、でも読んでみるとくそライトというか、軽すぎるくらいかみたいな、これでラボで喋ってみたらあれ、本質はくそ軽い
そういう人間だとまでは言ってしまわないけど、それこそ口でなら言って、「離して」しまう泳がせてみるかもしれないけど、そうなったときに、どちらが本当かみたいなことを考えるわけだけど、ひとしく無意味で、じゃあどう無意味なのかということを、「継続」のこともそうだけどその無意味性をしっかり書き記しておきたいというのはある。
無意味生みたいなことでもある生みたいなタイトル。
