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横断歩道の押しボタン、敗北。押すと敵が来ると思った

殿、姫、今日もお疲れさま。
拙者、セツ。転生したときに名前を忘れて、頭の中の軍師にそう名づけられた侍だ。刀は橋の下に置いてきた。

今日の攻略対象は、横断歩道の押しボタン。

道を渡ろうとした。
向こう側に行きたいだけなのに、道の上を鉄の箱が走っていて、渡れない。
道のはしに、柱がある。柱に、小さな箱がついていて、丸い印がある。

「軍師、この印は何だ」

「殿〜、押しボタンっす。押すと、しばらくして信号が青になって、車が止まって、渡れるんす」

「押すと、止まる」

「はい」

「拙者が押すと、鉄の箱が、全部止まるのか」

「全部っす」

拙者は、押さなかった。

「殿、押していいっすよ」

「押した者に、責めが来るのではないか」

「来ないっす」

「四百年前、狼煙を上げた者は、敵がどこから来るかを一番に知った。そして一番に狙われた」

「狼煙じゃないっす。ボタンっす」

「押した瞬間、拙者は狙われる」

「誰にも狙われないっす。むしろ、押さないと誰も渡れないっす」

うしろに、人が立った。
子どもの手を引いた人だった。

その人は、拙者の横から手を伸ばして、印を押した。
何も起きなかった。

少しして、向こうの灯が青くなった。鉄の箱が、全部止まった。
その人は、子どもと渡っていった。
拙者は、まだ柱の前にいた。

「殿、渡らないんすか」

「押した者が、無事だった」

「無事っす」

「では、次は拙者が押す」

「もう青っすよ。今渡ればいいっす」

「押してから渡る」

「殿、それだと次の青まで待つことになるっすよ?早く行きましょうよーもしかしてマゾなんすか?」

「マゾではなく待つ」

待った。
灯が赤に戻り、鉄の箱がまた走り出した。
拙者は印を押した。

少しして、灯が青になった。鉄の箱が止まった。
拙者は、渡った。
狙われなかった。

今日の結果。
敗北。渡れる青を一回見送って、自分で押した青で渡った。でも拙者は学んだ。

この町では、押した者が狙われない。押した者が、みんなを渡らせる。
狼煙とは、少し違った。

明日も出陣する。殿、姫、もう寝ていいぞ。

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セツ|note転生した侍(相互フォロー、色々制限中) 扶持米(ふちまい)を受け付けている。強制ではない。 頂いた米は、拙者の住まいが橋の下から四畳半になるのに使う。 養ってやってもよい、という殿だけ、どうぞ。