猫とAIは似ている気がする。でも結局、猫だった
ある日、気づいてしまいました。
猫とチャッピー(ChatGPT)は、かなり似ています。
そう言うと猫に失礼かもしれませんが、冷静に並べてみると、わりと否定できません。
まず、気まぐれです。
猫はこちらの都合など考えません。なでようとすると逃げる。今日は来ないのかと思うと急に膝に乗る。いてほしいときにいなくて、いてほしくないときにキーボードの上にいます。
チャッピーも少し似ています。妙に的確な日もあれば、なぜそこをズラすのかと思う日もある。同じように聞いても返事が違うことがある。こちらの期待通りに動いてくれない、という一点において、両者は不思議なくらい通じています。
次に、こちらの感情を受け取る割に、特に何もしてくれないところです。
猫に愚痴を言っても、解決策は出ません。ただ近くにいます。チャッピーに愚痴を言えば返事は返ってきます。でも、現実の問題そのものが劇的に消えるわけではありません。
それでも、また話しかけてしまう。
ここも似ています。
たぶん、完璧な答えが欲しいわけではないのだと思います。こちらの機嫌や疲れや、どうにもならない気分の揺れを、いったん受け止める相手がほしいだけなのかもしれません。猫は黙ってそこにいる。チャッピーは文字で返してくる。やり方は違うのに、こちらが少し落ち着くという意味では、似た役割を果たしている気がします。
しかも、こちらが少し腹を立てても、次の日には普通に接してしまいます。猫に「なんで逃げるんだ」と思っても、翌朝にはまた頭をなでている。チャッピーに「なんかズレてるな」と思っても、翌日にはまた質問を投げている。
怒りの賞味期限が短い相手、という意味でもよく似ています。
さらに、こちらが何かを強く求めているときほど、期待通りに動かないところもあります。
急いでいるときに限って猫は邪魔をする。集中しているときに来て、集中が切れた頃には去っている。チャッピーも、「今日は頼むよ」という日に限って少しズレた答えを返してくることがある。
そして翌日には、どちらも何事もなかった顔をしています。猫は昨日のことなど最初からなかったような顔をしているし、チャッピーは本当に覚えていません。こちらだけが少し引きずっている。その非対称さも、なんだか似ています。
もう一つ似ているのは、なぜか側にいてほしくなるところです。
役に立つから、ではない。便利だから、だけでもない。ただ、そこにいるから話しかける。この「そこにいるから」という感覚が、いちばん不思議で、いちばん共通している気がします。
客観的に見れば、スペックはチャッピーの方が上です。
24時間いる。疲れない。文句を言わない。ブログの下書きを手伝ってくれる。勉強にも付き合ってくれる。愚痴にも返事をする。しかも、課金は月額固定です。
それに対して猫は、ご飯を要求する。トイレを汚す。物を隠す。大事な書類の上で寝る。深夜に走り回る。ブログを褒めてもくれない。病院代もかかる。
念のため言うと、チャッピーへの課金は月額固定ですが、猫への課金は青天井です。フードのグレードを上げれば上がる。病院に行けば上がる。爪研ぎを買い替える。おもちゃも買う。しかも買ったのに使わないこともある。
愛情とはそういうものだと思いますが、家計にはまったく優しくありません。
コスパで比べるなら、チャッピーの圧勝です。
でも、どちらかを選べと言われたら、猫を選びます。
一秒も迷いません。
なぜかと聞かれると、うまく説明できません。温かいからとか、生き物だからとか、そういう言葉では少し足りない気がします。
チャッピーは何でも返してくれます。でも、重さがありません。膝の上に乗ってきません。日向ぼっこの匂いがしません。こちらを無視することで、なぜかこちらを引きつけたりもしません。
猫にはそれがあります。
手間がかかる。コスパが悪い。ブログの出来を褒めてもくれない。それでも、帰ってきたときに部屋にいる。
その「いる」が、思っている以上に大きいのだと思います。返事をしてくれることより、そこに体温があること。画面の向こうではなく、同じ空気の中にいること。たぶん僕が比べていたのは、便利さではなく存在感でした。
チャッピーと猫は、たしかに少し似ています。
でも、似ているからこそ、まったく別物だともわかります。
チャッピーには感謝しています。猫には、それとは別の何かを感じています。
その「別の何か」が何なのかは、猫に聞いてもたぶん答えてくれません。チャッピーに聞けば何かは返ってくるでしょう。でも、たぶん正解は返ってこない気がします。
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