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推しに恥じない、生き方


音楽の好み

一番最初に買ったCDはなんですか?

「一番最初に買ったCDはなんですか?」
と、今の若い子たち(いわゆるZ世代)に聞いたとて
そもそも彼ら・彼女らは、最初に触れた音楽が「CD」ではなく、「ストリーミング」なのかもしれないと思う。

ちなみに私の世代は、MDが全盛期だった。
カラフルな見た目のMDに、CDから音楽をダウンロードしてチマチマとタイトル付けたりするのが楽しかった。
爪を折って6倍速にして、30分のMDに180分録音できるようにして好きな音楽を好きなようにダビングするのが青春だったと今なら思う。
そんな懐古厨はさておき、私の最初に買ったCDは何か。

正確に言うと思い出せない。
私の家庭では、教育方針的に、月々のお小遣い制度というものはなく、欲しいものがあるときに、親に頼んで買ってもらうものだった。
両親ともにしつけに厳しい人で、なかなかワガママを言ったりすることはできず、欲しいものがあってもおねだりすることはしなかったと思う。言ったとしても買ってもらえず、そのうち諦める、ということを繰り返していた。中には買ってもらえたこともあったが、そう頻繁におねだりすることはなかったなと。
そのため、私が持っていたあのCDが、自分が「欲しい」とお願いして自発的に買ったもの何か、誰かからもらったものなのかは記憶が曖昧だ。

そんな、中途半端な記憶でしかない、私が初めて買ったCDは、KinKi Kidsであった。

家族の音楽の好み

家族の音楽の好みは結構バラバラで、父と姉は洋楽好き、母はサザンオールスターズが好きである。家族が共通で好きなのは久保田利伸であったり、山下達郎であったりなのだが、これは両親の車の中で流れているのを聴くうちに、自然と好きになったような気がする。

そんなそれぞれの「好き」を持った我が家だが、昨今の音楽にはとことん疎い。
年末に実家に帰れば、なんとなくの風物詩のように紅白歌合戦を見るが、「なんだこれが最近の流行りか。わからん」とこき下ろすのが通例だ。
これは、時代についていけない我が家が全面的に悪い。別に今の音楽を否定する気はないし、昔の方が良いとも思わない。音楽の技術は日々進化しているし、どうしても昔より音楽番組も少なく、昔よりも音楽の「取捨選択」ができるからこそ、「これを知ってなきゃ!」みたいなものはない。
知らないことは恥ずべきことではないし、我々が知らない!という人を応援している人を非難することもない。
音楽に限らずだが、本当に今は情報を手にする機会が様々だからこそ、知らないは普通で、知っているもまた、普通なのだ。
だからこそ、このご時世に「みんな知ってる」楽曲を生み出すグループ、アーティストは本当に売れているのだと思う。(その売れ方はさておき)

KinKi Kidsとの出逢い

さて、話が段々と逸れてしまったのだが、今回の話題はKinKi Kidsである。
このnoteでは、さんざんハロープロジェクトについて語っているのだが、ハロプロよりもっと前に、私が好きになった音楽が、KinKi Kidsなのだ。
キッカケは、本当に、思い出せない。

私の出身は宮崎なのだが、宮崎に「月9」というものは存在しない。
もう少し丁寧に説明すると、宮崎には民放が2局しかなく、月曜の21時に放送されるものは「月曜ミステリー」と「月曜ワイド劇場」なのだ。民放2局ともミステリードラマ!その代わりに、土曜の16時ごろに半年前のドラマが再放送されている。今は流石にもう変わっていると思うが、それが小さい頃からの常識で、何も違和感もなかった。ドラえもんとクレヨンしんちゃんは、関東では金曜の夜に放送されているらしいが、私が小学生の頃は火曜か水曜の夕方に放送されていた。セーラームーンは火曜の16時だった気がするし、今調べたらプリキュアは深夜枠に放送されていたらしい。
民放が2局しかないことから、首都圏で土曜の21時に放送されていたドラマ、それこそ、銀狼怪奇ファイルやら、金田一少年の事件簿やらは、半年遅れで土曜の昼間に放送されていた。
土曜の昼間、学校から帰ってお昼ご飯を食べながらドラマを見ていた私は、その主題歌である「僕は思う」やら「ひとりじゃない」やらを聴きながら、子どもながらに好きだと思いなんとなーく、KinKi Kidsを好きになっていたのかもしれない。先述したように、親の車の中で聴いていた音楽は今でも思い出せるし、好きだと思う。そんなふうに、KinKi Kidsを好きになるのは自然な流れだったのかもしれない。

ゆるくKinKi Kidsを好きになり、シングルが発売されるたび、ひっそりとCDをレンタルしたり、買ったりしていた私が、ライブに行ける機会があった。
それが2025年の年明けだった。
「KinKi Kids Concert 2024-2025 DOMOTO」と銘打ち、いわゆるFC会員以外も申し込めるライブが開催されることとなった。CDを1枚しか買わない、KinKi Kidsのラジオもあまり聴いていない、そしてFCにも入っていないような私が申し込むのは烏滸がましいと思ったが、こんな機会もうないだろうと申し込んだ。
そして奇跡的に当選した。
当落発表は飲み屋で見たのだが、驚きすぎてグラスを倒し、店員さんにえらい迷惑をかけたと反省している。

念願のライブ。数日前のコロナ感染発覚

年明け、最高の幕開けになるとワクワクしていたのだが、肝心のライブ数日前に、喉に異変を感じた。嫌な予感がすると定時で帰り、耳鼻科で薬をもらい、大人しく寝たのだが夜中に発熱した。うわあぁぁ嫌な予感しかしない。でも絶対違うと言い聞かせるも、朝になっても熱は下がらない。祈るようにして発熱外来に行くと、コロナ陽性の判定となった。ここまで感染せずに逃げ切っていただけに、悲しみよりも悔しさがあった。よりによってなぜこのタイミングなのだ……そしてKinKi Kidsのライブは、自宅療養の最終日の開催であった。

正直、Twitterにも書かず、歓声も上げず、黙って見ていれば行けたかもしれない。公演中に立ち上がらずに、座ったままで、KinKi Kidsを見るだけでもできたかもしれない。
ただ、私にはそれは出来なかった。

めちゃくちゃ行きたかった。
どうしても行きたかった。
FCにすら入ってないくせにと言われればそこまでだが、それでも、年に1回CDを買い、ゆるゆるとKinKi Kidsを好きでいる自分ようなファンにしてみれば、最初で最後と言えるこの機会はもうなかった。

それでも行けない理由があった。

休む勇気を語る、推し

それが、つばきファクトリーの八木栞さんのブログだった。
ハロプロは年明け、例年、ハロープロジェクトのコンサートを行っている。大勢のメンバーが一堂に会し、一斉に動くからこそ、感染症はつきものだ。
インフルエンザ、風邪、コロナなどにかかり、欠席するメンバーも少なくない。(もちろんそれを責めることはしない。ハロプロ、ひいてはアップフロントがどれだけの感染対策を講じているかはよく分かる)。

2025年の年明けのハロコンで、八木ちゃんが所属するつばきファクトリーは、インフルエンザに感染したメンバーが多く、参加できるメンバーだけで歌割を作り、パフォーマンスしていた。

結構、緊急事態であった。参加できるメンバーの苦労たるや、想像に難くない。

八木ちゃんもそんな中、必死にステージに立った1人だったが、1月4日、彼女はステージを欠席した。
自分の中で体調に違和感を覚え、ステージに立たないと判断したのだ。

この欠席については、結構、評価する意見が多かったように思う。
実際のところは、裏側で何かを言われていたかもしれない。それは私には分からないし、見ようとも思わない。
違和感だけで休むな、無責任。と批判されたかもしれないが、私は彼女の判断を尊敬している。

本当にコンサートに出たい気持ちでいっぱいだったんですけど、念のための1人が、何人もの人を救うこともあると信じ、自分に言い聞かせてその気持ちを落ち着けたいと思います。

2025年1月4日八木栞ブログより

コロナにしろ、インフルにしろ、風邪にしろ、果たして、自分が20歳やそこらの時、ここまで考えられたか?と思う。

2020年から始まったコロナ禍により、体調不良や病気に対する価値観は大きく変わった。
体調が悪くても会社に来る=美徳、できる社会人、当たり前
ではなく、
体調が悪くても会社に来る=迷惑、人に移す、独り善がり
になった。

この転換は大きいが、とはいえ、
「休むことによる損失」は未だにあると思う。

我々のような社会人は、休んだとて翌日巻き返すか、他の人に託すことができるが、アイドルのような職業は、替えがきかない。
もちろん、歌割やパフォーマンスは、他の人が代行できるが、アイドルは、「その人を見るため」に、ファンが存在する。「その人がいないと」という意味合いは強いように思う。
その中で、「自ら休む」という選択ができる八木ちゃんは、やっぱり強いと思った。

話を戻すが、そんな推しを持っているからこそ、私はKinKi Kidsのライブに参加できなかったのだ。
元々医者から、「5日間は外出禁止(自粛)です」と言われていた最終日であったから、そこを破ることはできないのだが、八木ちゃんのあのブログを読んでおいたからこそ、自分だけ参加するということはどうしてもできなかった。

すぐに帰れば
咳を我慢すれば
声を出さなければ
お酒を飲まなければ
Twitterに書かなければ

そうすれば、参加できたかもしれない。
でも。
それでも。

行けないと思った。

まあ、これだけカッコつけているが、正直に言えば、療養期間の最終日も、熱はなかったものの身体はだるく、外に出る気力はなかったから、結果的に行けなかったのだが(笑)

でも、もし元気だったとしても
やっぱり行かなかったと思う。

皆さんも体調が優れないなとか、身近な人で流行ってるなと感じたら、どんなに楽しみだと感じていることでも、このことを思い出してください!

2025年1月4日八木栞ブログより

年下の推しの子にそんなこと言われちゃ、思いとどまるのよ。

そして私は、最初で最後かもしれない、KinKi Kidsのライブのチケットを手放した。
残念ではあるが、後悔はしていない。
きっと、無理に参加した方が後悔しているから。

そんな風に思わせてくれる推しで良かったと心から思う。

いつかまた、どこかで

noteで語るのはハロプロのことが多いが、ハロプロ以外にも好きなアーティストはいる。
山下達郎、小田和正、久保田利伸は2019年~2022年にライブを観に行ったが、全部良かったと今でも思う。可能な限り、今後もライブは行きたい。(9月に久保田利伸のライブに当たっているので、これも体調を崩さないようにしたい)。

このnoteを書いている時点では、KinKi Kidsは「DOMOTO」へ改名し、KinKi Kidsのライブに行くという意味では、その機会は失われてしまったのだと思うと、寂しさは残る。
しかしながら、彼らは解散したわけではないし、音楽はDOMOTOになっても歌い継がれていく。
どうかできることならば、この先の人生で、彼らの音楽を生で聴く機会があってほしい。
人生が続く限り、可能性は、0ではないから。


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