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#33 【ゲスト回】 友だち100人いなくても、しあわせです!〜Karinaさん

しあわせでいるために、おそらく最も大切な要素の一つだと思える「友だち」……これまで少し腰が引けてしまってテーマにできずにいました。今回はオランダ支部トオルの友人のカリーナさんをお迎えして、「しあわせと友だち」について考えてみました。
 日本支部のミオリは和歌山出身、オランダ支部のトオルは神戸出身、カリーナさんは大阪にお住まいということで、関西人3人による陽気な対話となりました。導入部分はメンバーとゲストの3人によるトークでお届けします。再生ボタンを押して放送をお聴きいただけると光栄です✨


〜 以下の記事は、上の stand.fm 放送の続きです 〜

「友だち」と聞いて思い浮かぶ色は?


カリーナさん美織さん、「友だち」と聞いてまず真っ先に頭に思い浮かぶものはなんですか? といってもとても難しいと思うので、思い浮かぶ色を教えてくれませんか。僕の場合は濃い紺色などの寒色系の暗い色ですね。寂しくて寒々しいイメージがあります。

私にとっては、友だちというと、暖色系の暖かいイメージがあります。実際にはケンカしたりグループ内での揉め事があったりして、必ずしもハッピーなことばかりではありませんでしたが、それでも今思い出すと、やはり暖かい色ですね。カリーナさんはどうですか?

私は少し違うかもしれません。色で言うならば、マーブルカラーな感じです。とにかく色々な人がいて、でも混ざり合ってしまうのではなく元の色が残っている状態ですね。美織さんが「必ずしもハッピーなことばかりではない」というのは、具体的にどんな記憶がありますか?

私は性格的に、強く言われてしまうと言い返せずにビビってしまうタイプなので、「あの時は怖かったなぁ」と思い出すことがいくつかありますね。あとは、歳をとるにつれて、「友だちって年々減っていくものだな」と感じることも多いです。大学を卒業して会社勤めをするようになると、やはり数で見た時の人間関係の範囲が狭くなっていくので、どうしてもそうなってしまいますよね……

透さんが「友だち」という言葉を聞いて、寒色系の暗い色を連想する理由を聞きたいですね。今の透さんのイメージは、年齢に関わらず交友範囲も広いように感じていますが、どうして「友だち」が「寂しくて寒々しい」イメージなんですか?

友だちとの原体験☆


おそらく小学校3、4年生の頃、仲良くしていた友だちとよく放課後に待ち合わせをして遊びました。今と違って携帯電話はないので、「◯時に校門で」とかって待ち合わせをするんです。それが、その友だちは来ないことが多かったんです。次の日に「どうして来なかったの?」と聞いても、「行ったけど君がいなかった」とか「用事があった」とか言われてはっきりしませんでした。
 性格的に、見切りをつけて帰るということができないタイプだったので、家に帰らなければならない時間まで、来ない友だちを何時間もずっと待っていました。なので、僕にとって「友だち」という言葉は、待ち合わせ時間になっても来ない友だちを待っている時の心象風景を思い出させるんです。今でも同じことで悩む小学生がいるようで、こんな記事を見つけました。

それって多分10歳にならない頃のことですよね。それが「友だち」との原体験として意識の深いところに固定されてしまっているのかもしれません。そういう経験は、大人になってからいい友人に多く恵まれて気持ちが温かくなることを多く経験しても、塗り替えることが難しい過去なのかもしれませんね。
 少し話を戻しますが、美織さんは学校での典型的な「女の子グループ」を経験されたということですね?

そうですね、グループ内で誰と誰が仲良くしているとかどうとか、今思い返すと何をそんなに悩んでいたんだろうと思いますが、きっと思春期の中高生が通過すべき時期と人間関係だったのかもしれません。

私が通っていた学校では、いわゆる「女の子グループ」みたいなのがなかったので、今美織さんが話してくれたような経験を経ずに大人になりました。「そんな世界もあるんだ」ということは、重松清さんの『きみの友だち』(新潮文庫)という本を読んで知りましたね。

「自立していた」というような感じではなくて、単にそういうものが存在しなかったんです。他人の噂話に興味のない人が多くて、高校時代の友だちの中には長く続いている人が多いです。「他人に興味がない」というのは、私の場合は長続きの秘訣だったかもしれません。

友だちの記憶はポジティブ? それともネガティブ?


確かに、中高時代を過ごした環境がその後の人生の人間関係に与える影響は大きいと思います。少し話が変わりますが、僕が今好きでやっていることは、音楽でも小説を書くことでも言語教育でも、そのほとんどは30年以上興味を持ち続けているものです。この「あきらめの悪さ」はきっと、友だちが待ち合わせに来てくれなかったあの時の経験と関係があるような気がします。
 「10年や20年想いが叶わなくても、そんなことじゃあきらめないよ」っていう強さを得たのかもしれません。友だちの記憶は「寂しい色」のイメージですが、かといってネガティブな記憶になっているわけではありません。

あるものを考える時に、ポジティブかネガティブか、と二分法で考えるだけが考え方ではないですね。ポジティブとネガティブがプラスからマイナスへの数直線とすれば、そこから垂直に伸びる方向への価値観というのもあるのかもしれません。

昨年末に透さんと会ってカツサンドを一緒に食べた日に、『翻訳できない 世界のことば』(エラ・フランシス・サンダース著、前田まゆみ訳、創元社、2016)という本を頂きましたよね。その中にポルトガル語の「サウダージ」という言葉が紹介されています。

「心の中になんとなくずっと持ち続けている、存在しないものへの渇望や、または、愛し失った人やものへの郷愁」という定義が添えられていますが、ポジティブにもネガティブにも分類できない、でもどこか少し心が締め付けられる感じのする感情って、透さんが話してくれた友だちの記憶に近い感情かもしれませんね。

世界にある「翻訳できないことば」筆頭の、ポルトガル語「サウダージ」

本当の友だちって?


友だちの原体験といえば、自分の原体験以外に、父との原体験も大きいかもしれません。カリーナさん美織さん、海外へ出かけたり、就職して引越したりする時に、両親にどんな言葉をかけられたか、覚えていますか? 美織さんは今年の6月に上京なさってきたばかりで、記事にも書いてらっしゃいましたね。

確かに、「楽しんでくればいいよ」とか「辛くなったらいつでも帰ってくればいいからね」って言われた記憶はありますね。でもなんというか普通な感じで、明日引っ越すから何か特別な話をしたという感じではありませんでしたよ。カリーナさんはどうですか? イギリスに留学なさっていたことがありますよね。

普通にあいさつしただけっていう記憶しかないですね。透さんが何を話そうとしているか、少し分かりますよ。透さんのお父様というと、私たちからすると祖父母世代になるので、友だちの位置付けもかなり違っていたんではないですか?

そうなんです。僕は高校を卒業して大学に進学する時に神戸から関東へ引っ越しました。引越し前夜に父に言われた言葉をはっきり覚えていて、その内容がきっと僕の「友だち」に対するもう一つの原体験なんだと思います。なんと言われたと思いますか?「友だちは何もしてくれないから、信用するな。信用できるのはお金だから、お金を稼げるようになれ」でした。今では「友だちは何より大切」という感覚が普通ですが、父の時代はそうではなかったのかもしれません。

その世代だと、友だちというと、「騙された」とか、「借金の保証人になってしまい、借金を肩代わりするはめにになってしまった」とか、そういうことも多かったのかもしれませんね。私も祖父母と一緒に暮らしているので、その時代のことを少しですが聞いたことがあります。
 本来は、騙してくるような人を「友だち」と思うことが違うのだと思いますが、なんというか、友だちに期待し過ぎてしまうからいけないのかもしれません。最初に話した、「他人に興味がない」状態で付き合っているのって、実は双方にとって優しい関係なのかもしれません。

実際は、父は何より友だちが欲しかったのだと思います。僕も、そんな父の言葉と自分の小学生時代の思い出から、「何より友だちを大切にしたい」と思うようになり、そんな気持ちのおかげでお二人とも知り合うことができました。むしろ、友だちに関わる「寂しい色」の記憶には感謝しています。

どんな人と友だちになりたい?


ところで、カリーナさん透さんは、どんな人と友だちになりたいですか? あるいは、友だちになれる人の条件って何ですか? 私は対話の最初に、「友だちは年々減っていくもの」と話しました。人生って、高校から興味のある大学の学部へ、その後自分が価値を感じる仕事へと、興味関心を共有する人に囲まれる度合いが高くなってくるのだと思います。だからといって、誰とも仲良くなれるわけではないですよね。波動が合う合わないみたいなのがあります。それってどこから来るのでしょう?

僕も最初は、興味関心を共有する人となら意見が違っても友だちになれる、と思っていました。でも多分そうじゃないですね。少し音楽のたとえ話になりますが、二つの音って、例えばドとミのように全く違っている時はいいんですが、ちょっとだけ音程の違うドの音が二つ鳴っていると、なんとも不愉快な「うねり音」を生じるんです。ピアノの調律師は複数弦の音を合わせる時、その「うねり具合」を聴きながら合わせてるんですよ。

祖母がピアノ教師なので、その話は少し分かります。私は友だちは片想いでOKなタイプです。向こうがどう思っているかはあまり関係なく、自分がその人を好きなら友だちでいられる感じです。今の例えだと、興味関心が違って二人の音がドとミなら、和音として響きますよね。でも、「ちょっとだけ違う二つのド」が鳴っていてうねりがあると、やっぱり気持ちよくはいられないですよね。
 私は友だちと話していて、この話をすると「〇〇だよ」って言われるかな……って思っている時に、そう言わずに思いもよらない言葉を返してくれる人が好きですね。だって、「〇〇だよ」はもうすでに自分の頭の中にある言葉なので、それ以外の「何か」を付け加えてくれる人が素敵だな、と。

こんな人とは友だちになれません! でも時代の影響も……


さっきの質問とは逆に、「こんな人とは友だちになりたくないなぁ」という条件とかってありますか? 私はネガティブなことばかりずっと言い続ける人と居るのは心地悪いなぁとちょうど昨日感じて……。埼玉の郊外へ日帰り旅行に出かけたんですけど、帰りの特急電車の中で、「ほんまに疲れた〜」「お風呂入るのも面倒やな」と、ひたすら物事を否定的に考え、口に出し続けている夫婦がいたんですよね。なんだかそんな状況を見るのが私にとっては久しぶりで、違和感がありました。

私は父に、人と付き合う時は、その人が何を好きかということに加えて、その人が何を嫌いかを覚えておくといいよと言われたことがあります。その意味で、私が無理な人は、人を見下す人ですね。これは、自分が見下されるのが嫌という意味ではなくて、特定の職業や経歴の人を、それを理由に「〇〇な人はダメ」というような発想をする人とは、友だちになれません。
 ただ、例えば最近認知度が高まっている LGBTQ+ などは、例えば80代以上の方に理解して欲しいというのは難しいかもしれませんね。時代の価値観というものがありますから。透さんはどんな人が無理ですか?

僕は、話を聞こうとしない人が無理ですね。まずは話を聞き合った上で意見が合わないのはいいとして、「黙れ!」「もういい!」とシャットアウトするタイプの人は、例えるならばツルツルのガラスの山を登るようなもので、とりつくことができません。実際は、そういうシャットアウト体質も、何か幼少期のトラウマ的な経験から来る心理的な防衛機制の一つだとは思います。そんな人も元の経験の犠牲者だと考えれば、本当はじっくり対話すれば分かり合えるかもしれません。

今話している3人は、全員が長期の海外経験がありますが、海外で辛い思いをしてどうしようもなくなった時に挫けずに立っていられるのは、やはり友だちのおかげかもしれません。自分が産まれてくるためになくてはならなかった家族や、次の世代の家族に関わる恋人やパートナーだけではやっぱり足りなくて、そのどちらでもない友だちがいるから毎日歩いていけるんだと思います。

あ、フォルケホイスコーレ流の対話では本来はあまり行わない「対話のまとめ」が出ましたね!
 今回の記事で11月が終わりとなり、来月には透さんの一時帰国やしあわせ探求庁初のリアルイベントなど、よりみなさんと関われる機会が多くなりますね! 2024年も残り一か月、走り抜けていきたいと思います。カリーナさん、素敵な時間をありがとうございました!

「 今ここで、しあわせを繋ぐ意味がある」〜 しあわせ探求庁でした✨
 また来週水曜日にお会いしましょう!
(2024年11月27日)

しあわせ探求庁|Shiawase Agency
  
日本支部:成江 美織
  (miori @しあわせの探究
オランダ支部:佐々木 透
  (ささきとおる🇳🇱50歳からの海外博士挑戦
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