ぼくと彼女は空想旅行案内人ジャン=ミッシェル・フォロン展へ行く

 ぼくと彼女は『空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン』展へ行く。東京ステーションギャラリーという美術館のいいところは、東京駅の丸の内北口改札を出てすぐのところにあるところだ。駅舎の中にあるので、猛暑日でもほとんど暑さを経由しないで入館することができる。屋外が暑ければ暑いほどJR京浜東北線の車内は涼しくなるのでね。体が冷えているうちに東京ステーションギャラリーに到着できるのだ。

 平日のお昼前。JR蒲田駅のホームで待ち合わせ。別に「東京駅改札前で待ち合わせ」とか「東京ステーションギャラリー前で待ち合わせ」とかでもいいのだが、JR京浜東北線を使って大宮方面へ向かう時、ぼくと由梨は蒲田駅前で待ち合わせすることにしている。これは、ぼくが蒲田駅周辺に在住し、由梨が桜木町駅周辺に在住しているという事情による(正確には由梨の最寄駅は横浜市営地下鉄ブルーラインの駅だが)。

 ……なんかこう書くと、由梨をぼくに合わせている感じがして申し訳ない気もするが、ぼくが目的地の反対方向に向かったところでただの二度手間にしかならないからな。あと、ぼくは京浜東北線に乗っての帰り道、蒲田駅で降りずに桜木町駅まで由梨をお見送り(?)することがあります。そういう時はだいたい「桜木町まで来ないでいい。途中で降りて帰れ」的なことを言われて、ぼくとしてはちょっと傷付くんですけど。

 ……えーと、話を戻しますね。その日、ぼくらは蒲田駅のホームで待ち合わせ、京浜東北線に乗り、冷房の威力を肌身に感じながら東京駅へ。丸の内北口改札を出て、右側にある東京ステーションギャラリーへ。チケットを買って、『空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン』展の出品リストと小さな館内案内図を受け取る。

 1階はただの玄関なので、エレベーターに乗って3階の展示室入口へ向かう必要がある。エレベーターが降りてくるのを待っている時、女性の職員さんから「何か落とされましたよ」と声をかけられた。足元を見ると、先ほど受け取った館内案内図だ。由梨と職員さんから軽蔑の眼差しを浴びつつ、ぼくは「あっ、すいません」と言って紙を拾う。由梨から「かばんの中にしまっておきなよ」と言われたが、言われなくても最初からそのつもりである。いままさにぼくはかばんの中にこの紙をしまうつもりだったのだ!

 エレベーターに乗って3階展示室へ。思ったよりひとがいっぱいいる。まずは「プロローグ 旅のはじまり」と題されたコーナーだ。入ってすぐ、絵画や小さなオブジェが展示されていた。向かって正面のスクリーンには、ジャン=ミッシェル・フォロンの絵で作った昔の短編アニメが上映されている。美しいメロディのBGMが流れていて、さっそくお洒落な雰囲気である。ちなみに、この美術展は撮影禁止だったので写真はありません。

 いつもの通り、ぼくは本日の美術展の主役について何も知らなかった。ジャン=ミッシェル・フォロンが男性なのか女性なのか、生きているのか死んでいるのか、どこの国のひとなのかなどをまったく知らなかった。ぼくらが美術展に一緒に行くとしたら、それは99%由梨の提案なのだ。でまあ、由梨は放送研究会でアニメを作っていたひとで、ヨーロッパのアニメや絵本に詳しいひとなので、必然的にこういう……なんというか、お洒落なシュールな感じの美術展にぼくらはよく行くことになる。

 行ってみて初めて分かったのだが、今回の東京ステーションギャラリー『空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン』展は、絵画を描いたりオブジェを作ったりしていたジャン=ミッシェル・フォロン(1934-2005)というひとの作品を一挙に紹介する展覧会なのであった。フォロンはベルギーで生まれて、フランスへ行って、アメリカへ渡ったひとらしい。自分の肩書を「AGENCE DE VOYAGES IMAGINAIRES(空想旅行案内人)」と名乗っていたようで、その名刺は最初の部屋に展示されてあった。

 最初の部屋の次の部屋では、白い紙に黒いペンで描いたイラストがいくつか展示されていて、ぼく的にはこれがかなり好きなテイストのイラストだった。フォロン自身はこれらのイラストを「ブラックユーモアならぬホワイトユーモア」の作品と語っていたという。いいね、ホワイトユーモア。これらを見ながら、ぼくはジェイムズ・サーバーを連想した。中学生の時にぼくが敬愛していた小説家である。とぼけたユーモアを淡々と表現しているようなところが似ている感じがしたのである。でも本当のことを言うと、ぼくがサーバーを連想したのは、サーバーもこんなタッチの白黒イラストをたくさん描いていたからかもしれない。

 「人」というブロンズ像の作品もよかったな。帽子を被った1mぐらいの大きさの男性の銅像で、右足と左足が互い違いになっているやつだ。脇の解説パネルに「シュールレアリスムを思わせながらも親しみやすさを感じさせる作品である」というようなことが書いてあって、まさにそんな感じだよなと思った。シュールレアリスムっていうと意味不明なところがかっこいいみたいな印象があるけど、フォロンのシュールレアリスムはとっつきやすい。フォロンのシュールレアリスムは優しいのだ。……っていや、フォロンの作品に触れてからこの時点でまだ数分しか経ってないんですけどね。

 続いて、「第1章 あっち・こっち・どっち?」のコーナーへ。ここでは「あらゆる方へ」というブロンズに感心した。一人の男が立っていて、その前方に三叉路がある。だけど、その三叉路には「前」に行く道や「横」に行く道だけじゃなくて「リターンして戻る」向きの道もある。……ぼくが言っている意味伝わりますかね? 図形にするとこんな感じ。

「あらゆる方へ」(2004)のイメージ図

 ぼくはこの作品を見て、「前進」には「未来に向かう」パターンだけじゃなくて「過去に向かう」パターンもあるんだなと思った。「前進」というと「過去を乗り越えて未来を開く」みたいなイメージがあるけど、過去に立ち戻ることもまた立派な「前進」である。なぜなら、人間は生きている限り常に「前進」している生き物だからだ。望むと望まぬとにかかわらず、人間は時間とともに自分を更新し続けている。1秒ずつ、0.1秒ずつ、自動的に更新し続けている。過去のことを思い出したり後悔したりできるのは現に生きているからこそなわけで、たとえ本人的にはその自覚がないとしても、人間は常に自分を前向きに更新し続けているのだ。

 さて、読者のみなさまに伝わっているかどうか微妙な抽象的なお話が済んだところで、次の部屋へ向かいます。ここでは仮面とか小さめのオブジェとかが展示されていて、フォロン作品の代名詞である(らしい)「リトル・ハット・マン」についての解説パネルもあった。「リトル・ハット・マン」は文字通り帽子を被った無個性な男のキャラクターで、「何者でもないがゆえに何者にでもなれる」という立ち位置のキャラクターで、チャップリンがモチーフだったりもするらしい。とすると、さっきの部屋にあった「モダン・タイム」というブロンズ作品はやはり『モダン・タイムス』にヒントを得て作った作品だったのだろうな。

 3階を出て2階の展示室へ向かう。階段を降りている途中、ぼくが「フォロンのこと好きかも。図録買っちゃおうかな」と言ったら、由梨から「ポストカードにしたら? ここの図録は3,000円はすると思うよ。本当に欲しいなら止めないけど」と言い返されて、やっぱり図録を買うほどじゃないよなと思い直した。フォロンのこと別にそこまで好きになったわけじゃないしな。図録って買っても見返すことほぼないし。まあ、300円なら買いますけど。

 2階展示室の「第2章 なにが聴こえる?」のコーナーへ。ここではちょっと社会派な作品が展示されてあった。印象に残ったのは「ごちそう」とか「ニクソンの勝利」とか「綱渡り師」とかかなあ……(そういうタイトルの風刺画っぽいやつが展示されていたのである)。正直、この「社会派フォロン」はぼくには微妙だった。だけど、奥のスクリーンで上映されていた『メッセージ』という短編アニメはめちゃくちゃ面白かった。オープニングとエンディングがつながっているところとかも観ていて気持ちいい。

 3階の最初の部屋で展示されていたアニメも、この『メッセージ』というアニメも、手作り感があるアニメで、そういう意味では由梨がこれまで作ってきたアニメと雰囲気が似ている。このアニメを観たあと、ぼくは、さっきも感じていたけど口に出して言っていなかったことを由梨に言った。それは「アニメを作るひとってすごいね」ということである。

 アニメーターと交際して3年目の男として、ぼくはこの4分半のアニメを作るのにも相当な手間暇がかかることを知っている。由梨の引退後、久しぶりにこういう「手作り」を感じるアニメを観て思ったけど、やっぱりこれを作る気力と体力と集中力ってすごいよな。ぼくなら無理だ。

 ぼくが由梨に「アニメを作るひとってすごいね」と言ったら、由梨は「うん、すごいよね」と返してきた。話が伝わっていないようなので、ぼくは由梨を指さして「『アニメを作るひと』はすごい」と言い直す。あなたのことを言ってるんだぞって意味である。そうしたら由梨は「わたし!? わたしは別にさ……」と照れ出したので、ぼくとしてはしてやったりな気分になった。ひひひ。ぼくは案外Sっ気がある。

 さて、次は「第3章 なにを話そう?」のコーナーへ。ここではアメリカに渡ったフォロンが描いた雑誌の表紙の絵だとか、頼まれて描いたポスターの絵だとかが展示されてある。Appleのりんごマークを模したものとしか思えない「Apple Man」という作品があって、どういうこと?と思ったら、あとで由梨が調べてくれて、あれはスティーブ・ジョブズに頼まれて作った絵画だったということが判明した。フォロンがりんごマーク自体を作ったってわけではないみたいだけど、色々と外部仕事をしていたんだなあ。

 それから、「欧州は人種差別に反対する」というポスターや、アムネスティ・インターナショナルなどの社会課題系のポスターが展示されてあって、由梨はめちゃくちゃ興味深そうに見ていた(さすがSDGs専攻)。『世界人権宣言』の挿絵も展示されてあったけど、宣言をそのまま表現したものというよりは、宣言にヒントを得てフォロンが創作したイラストって感じだった。挿絵としてはちょっとズレているんじゃないかなあ……なんて思ってしまったけど、でも、それぞれが個性的な作品だったことは間違いない。

 ただ、ぼく的には、細かい紙を切り貼りして作った「波」という作品がいちばん気になったかな。中学校の美術の時間で作るようなこういうアナログな作品がぼくは結構好きだ。ぼく自身は普段はPCで番組発表会のポスターだとかを作っているが、ハサミで紙を切ってのりで貼って……みたいな作業が実は自分にはいちばん向いているのではないかと思う時がある。そういう作業をやっている時、ぼくは心が落ち着くし、充実した気持ちになる。

 さて、ぼくがくだらない自分語りを書き連ねているうちに、『空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン』もいよいよ終盤です。最後の「エピローグ つぎはどこへ行こう?」のコーナーへ向かいましょう。

 たしかこのコーナーだったと思うが、鳥をテーマにした絵画が展示されてあって、脇の解説パネルには「フォロンにとって鳥はあこがれでした」という文章が書かれてあった。実はぼくも鳥が大好きなんですよね。というか、去年スタジオジブリの『君たちはどう生きるか』を観て以来、急に鳥類のことが気になるようになってしまったのです。やっぱり鳥っていいよな。かっこいいし、かわいいし、何を考えているのか分かりそうで分からないところがエキゾチックで惹かれる。クリエイターが鳥をテーマにした作品を作りたがるのは必然だと思う。

 このコーナーではフォロン本人の写真も展示してあった(3階の展示室でも展示してある)。気さくな感じの陽キャ風で、ぼくが作品を通じて勝手にイメージしていた画家の姿とはだいぶ違っていた。ゆるふわ系(?)のタッチの絵を描くひとだから、もっと掴みどころがなさそうな雰囲気のひとかと思っていたのだが。ひとは見かけによらないものだ。

 最後の展示ケースでは、フォロンが挿絵を描いたというカフカの『変身』とレイ・ブラッドベリの『火星年代記』の書籍が展示されてあった。『変身』のほうでフォロンは「虫」をイラスト化しているわけだが、やっぱりこの「虫」って具体的にイラスト化しちゃダメですね。興をそがれる。ぼくとしては、あの「虫」を一つの形に具現化しちゃうのは「もったいない」と思うのだ。そこはやっぱり読者一人ひとりの想像に委ねないと。もちろんフォロンの絵はフォロンのアイディアとして楽しめるけど、これを公式の挿絵にしちゃうのは失敗だったんじゃないかなあ……(心の声)

 展示室を出る。由梨から「『変身』読んだことある?」と聞かれたので、実はぼくは『変身』のあらすじは知っているけど本編はまだ読んでいないと正直に答えると、すでに読んだことがあるらしい由梨から「早く読んだほうがいいよ。短い小説だし」と言われた。短いなら読んでみるか。……と思っていま調べてみたら、新潮文庫版で121ページあるじゃん! 由梨は本を読むのが早いから簡単に言うけどさあ。まあ、いま読んでいる『族長の秋』を読み終わったら読んでみるか。

 休憩室の椅子に座ってちょっと休憩して、表の回廊へ出る。そうしたらこの展覧会の看板が掲げられてあって、これは写真撮影OKだったので撮った。いや、本当は別に撮るつもりなかったんですけど、由梨から「撮らなくていいの?」とけしかけられたので半強制的に撮らされた感じです。

「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」の看板

 回廊を歩き(下を覗くと東京駅の駅舎の中)、少し歩いた先にあるミュージアムショップへ。さて、気になった作品のポストカードを買うか。……と思ったら、ない! 展示作品を見ながら「この作品のポストカードを買おう」と決めていたやつがない! 一枚もない! タイプライターのポスターのポストカードもない! フォロンの代表作のはずなのに、ない!

 ……でも、どうせそんなことだろうと思っていたのだ。なぜかぼくらが行く美術展では、由梨が欲しい作品のポストカードは必ず売っているのに、ぼくが欲しい作品のポストカードは売っていないことが多い。由梨からはその度に「(ぼくの下の名前)くんの感性は希少だってことだよ」と励ましの言葉(?)をかけられるが、自分が欲しいポストカードがどの美術展でも売られていないのは結構寂しいものである。そのおかげで散財しないで済むのは助かるんだけどね。

 ぼくと彼女は『空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン』展へ行く。由梨はすべての作品に惹かれている様子だったが(当日ポストカードを3枚も買っていた)、ぼく的に好みだったのは3階の展示室の最初のほうに展示されていたやつかな。「ブラックユーモアならぬホワイトユーモア」ってやつ。爆笑するわけではないが顔がニヤけてきて心が和む系。今回フォロン展へ行って、ぼくはそういうユーモアが好きなんだなと自覚した。そういう意味では今回の訪問はいい収穫だったな。久しぶりにジェイムズ・サーバーのことを思い出したし。

 でも、展覧会を振り返ってみていちばん印象に残っているのは、「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」っていう名刺かなあ。展示室の最初の部屋に展示されてたやつ。そういうとぼけた肩書で自己紹介するの、自由な生き方って感じであこがれる。ぼくもあんな感じの名刺を作ろうかな。「どこの美術展に行っても欲しいポストカードが売っていない者 ○○○○」とかどうでしょう? ほとんどのひとは受け取ったところで意味不明でしょうけど、まあ、由梨なら鼻で笑ってくれるんじゃないかと思います。

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