オタク心理師が読む『アニメ療法』|読書感想文
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大学で助教をしている、しがないと申します。
臨床心理学が専門です。臨床心理士 / 公認心理師の資格を取得し、心理職としても働いています。
noteでは、大学の授業で使っていたスライドを元に、記事を書いていたのですが、こういった仕事はすっかりChatGPTに取られてしまったので、志半ばで中断にしています … 笑
しばらくnoteを更新できていなかったのですが、面白い本を読んだので、読書感想文として、紹介していきたいなと思います。
それが、こちら!
(なお、本記事のリンクはアフィリエイトではないので、思う存分にクリックしてください笑)
作者のパントー・フランチェスコ先生はイタリア出身です。
アニメが好きすぎて、来日し、日本で精神科医をされています。フレンチェスコ先生の溢れ出るアニメへの想いと、熱意が感じられる本です。
クラナドやエヴァが好きな精神科医なんて、日本にもそうそういらっしゃらないですよ。それだけで信頼に値します笑
僕も、フランチェスコ先生と同じく、「クールジャパン」とされるもの全般が好きです。アニメも、漫画、ゲームもこよなく愛してます。
そんな僕が、オタク心理師を代表して、読書感想文を書かせていただきたいと思います。
良い読書感想文は、読んだ本の内容を、自分が感じたこと・体験してきた・学んできたことと結びつけて、新たな付加価値を創造するものだと思っています(そして、これは今のところChatGPTにはできない)。
それを記すことは、作者への最大の敬意だと思っています。
ぜひ最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
1. 簡単に内容の紹介
アニメ療法で主張されていることは、下記の図にまとめられています。

「アニメを、精神的な問題や困難に対する治療(支援)に効果的に用いることができるのではないか」というのが、この本のテーマです。
この本では、アニメを鑑賞することの治療的な効果を、大きくはナラティブセラピーの文脈から捉えています。
ナラティブセラピーは、精神的困難を抱えた人の主観を重視します。連続する出来事の捉え方を、その人の「物語(ナラティブ)」と表現し、それまでとは異なる「物語」を一緒に作っていく支援方法になります。
このとき、新しい物語のことを、「オルタナティブ・ストーリー」といいます。フランチェスコ先生は、アニメの治療効果を、このオルタナティブ・ストーリーの構築を助けるものとして位置付けています。
つまり、アニメのストーリーやキャラクターを観て、自分の物語(ナラティブ)が変わっていくということです。
そして、それは「没入体験」により導かれます。
すでに「映画療法」という手法も提案されていますが、その考え方は「アニメ」にも当てはまります。一方で、本書では、アニメの方が、現実との類似性が乏しいため、没入しやすいとしています。
その結果、感情移入が深まり、新しい物語の構築に繋がりやすいというのが、本書の主張です。
つまり、生身の人間に自分を投影するより、アニメのイラストのような「不完全なもの」の方が投影しやすいということです。
生身の人間だと、第三者的な視点が強くなりますが、アニメだと想像の余地があるため、「もし自分だったら」というのが発生しやすいということかと思います。
小さい頃、夜寝る前に、自分がアニメの主人公になった妄想を展開していた人も多いのではないでしょうか( … 僕だけ?)
その上で、フランチェスコ先生は、「どのような条件が揃うと、アニメが治療的になるか」を6つに整理しています。あまり紹介しすぎると、引用の範囲を超えてしまうので、「続きは本書で!」ということにします。
2. 読書感想文:ぼくの考えたこと
本書を読んで、まず思ったのは、「アニメの意義を綺麗に言語化していくれている!!」ということです。読んでとってもスッキリしました。
アニメは「一部のディープな人たちが楽しむもの」とされることが多いです。非現実世界への引きこもりを助長するものとして批判されることもあります。
もちろんそういう側面もゼロではありません。しかし、この本で説明されているように、アニメは人生が変わってしまうような力を持つものでもあるのです。
新しい自分の物語を作っていく、きっかけになるものなんです。
このことを、フランチェスコ先生のような、グローバルに活躍する精神科医の先生が言っているのです。
そして、日本の大学で働く、しがない心理師も言っているのです。
(ちなみにぼくは、学部から東京大学に入学し、博士課程を卒業しているので、東大生が言っているということでもあるのです…!)
「アニメはいいぞ」
アニメを好きである自分に、より自信を持つことができました。
そして、アニメに対する偏見を超えて、アニメの魅力が多くの人に伝わってほしいなと思います。
そうしたアニメの本質的な効果を踏まえた上で、アニメの治療的(支援的)意義について、僕が考えたことは3つあります。
アニメは「コスパ」が最高
アニメは「入り口」に最適
アニメ ×「心理支援」で最強
順番に説明していきたいと思います。
2-1. アニメは 「コスパ」が最高
ここでいうコスパとは、金額のことではなくて、「かけるエネルギーに対して、得られるものが大きい」ということを指して使っています。
本書では、ゲームや漫画などの創作物を似ているものとしながら、創作形態による違いには、明確に言及していませんでした。僕は、他のジャンルと比較することで、よりアニメの魅力がはっきりすると思っています。
アニメの魅力は、以下の4象限を使うと綺麗に整理できます。

一つ目の軸は、「没入感」です。これは、本書でも指摘されている内容です。「登場人物に自分を重ね合わせられる度合い」を表すものとします。
もう一つの軸は、「必要なエネルギー」です。これは、僕が勝手に定めたものです。「自分が能動的に考えることによる認知的な負荷」を表すものとします。
この2つの軸で捉えた時、アニメ・映画・ゲーム・漫画・ライトノベル(ラノベ)・小説は、下記のようにマッピングできます。
※ あくまで、僕が考える一般的な傾向としてご理解ください。

一つずつ、説明していきたいと思います。
映画は、「必要なエネルギーは少なく、没入感も少ない」となります。
映画は、基本的に座って見ているだけで大丈夫です。流れてくる映像を見て、物語を追っていくだけですので、何かを想像したり、考え込んだりすることは少ないです。「必要なエネルギーは少ない」ということです。
また、先ほどの要約でも書いたように、生身の人間だと、自分を投影することが少なくなると考えられるので、「没入感が低い」ということになります。2つを合わせて、4小限の左上に位置付けられます。

ちなみに、ぼくは大学3年生の頃、映画ジャンキーで、1日5本ぐらい見ていた時期がありました。映画も大好きなので、別に批判をしているわけではありません。
続いて、小説・ライトノベルについてです。
小説は、「必要なエネルギーが多く、没入感も高い」となります。
小説は活字を追いながら、しかも、想像力を働かせて、場面の状況を自分の頭の中に思い描かなくてはいけないので、認知的な負荷が非常に大きいものに位置付けられます。一方、心情描写が丁寧になされており、登場人物が感じたことを生々しく追体験することもできます。なので、没入感は高いということになります。
それに近いライトノベルは、小説と比較すると、イラストがあったり、口語的な表現も多いので、必要なエネルギーは低くなります。一方、3人称視点の語りが多く、心情よりも場面の描写が多くなりますので、没入感は比較して低くなります。なので、以下の位置関係になります。

ゲームは、「必要なエネルギーが比較的多く、没入感も高い」となります(ここでは、物語に関するものとして、RPGを指しています)。
小説ほどで認知的な負荷は高くありませんが、自分でキャラクターを操作して、物語を進める必要がありますので、能動的に自分の頭を働かせる必要があります。なので、映画などの受動的に観れるものよりも、必要なエネルギーは比較的多くなります。
同様に、没入感も高くなります。自分が、キャラクターの視点になって、操作していくわけですので、まさしく「登場人物に自分を重ね合わせている」のです。

最後に、アニメ・漫画についてです。
アニメは、「必要なエネルギーが少なく、没入感は比較的高い」に位置付けられます。アニメは、映画のように、流れている映像を観るだけですので、認知的な負荷を感じずに観ることができます。対して、没入感については、本の紹介でまとめたように、アニメは現実との類似性が低い分、登場人物に自分を重ね合わせやすくなります。
漫画は、アニメに似ていますが、コマから自分で情景を想像しなくてはならないことを考えると、アニメよりも、必要なエネルギーは少し多くなるでしょう。「必要なエネルギーが比較的少なく、没入感は比較的高い」と位置付けられます。

もう一度、全体像を見てみましょう。
こう見てくると、アニメの意義がはっきりしてきませんか?

そうです。アニメは、コスパが最高なのです。かけるエネルギーに対して、得られるものが大きい。
これは、支援へのアニメの応用可能性を明確に表しています。なぜなら、精神的困難を抱えた人は「エネルギーが低下」していることが多いからです(双極性障害などの一部の精神障がいは除きます)。うつ病や適応障害がイメージしやすいかと思います。
アニメは、そういった方々の支援にも無理なく導入できて、治療効果(物語の再構築)も期待できるということです。
というより、精神的困難を抱えた人のアニメを観ている率は、平均と比べてもかなり高いと思います。これは、ぼくの経験的な感覚ですが。
ひきこもりの方の居場所支援を行なっている場所で実習をさせていただいたり、今も、学校をお休みしている子どもたちの心理支援をさせていただいています。その中で、出会った多くの人たちが、アニメが大好きな人たちでした。
支援としてアニメを導入するという前に、すでにアニメを観ているということが多いのではないかと思います。これは、「エネルギーが落ちていても、アニメは観れる」ということを示唆しているのではないかと思います。
「映画療法・読書療法がすでにあるなら、当然アニメ療法も広がるべき」というのが、本書を読んで、僕が考えたことです。
2-2. アニメは「入り口」に最適
先ほどは、アニメ自体の意義を考えました。ここでは、各アニメ作品の題材(テーマ)について、焦点を当てていきたいと思います。
「入り口に最適」とは、「アニメは、非現実から現実につなぐ物語として、最適である」ということです。
フランチェスコ先生が書いているように、アニメは、「現実の自分の物語の再構築に関わる = オルタナティブ・ストーリーの生成につながる」ことができたとき、治療的な意味を持つものとなります。
逆にいうと、アニメの空想の世界に止まったままでは、効果は発揮されないということです。
一方で、アニメが持つ空想性やファンタジー性という要素は、大事な特徴でもあります。この非現実性があるからこそ、多くの人を惹きつけし、エンターテイメントとしての魅力を持つものでもあるのです。
アニメが持つ非現実性をどのように活用していくかが、治療的な意義を考えるにあたり、非常に重要ということになります。
ここからは、また図を用いて説明していきたいと思います。

これは、nendoというデザインオフィスの代表である佐藤オオキさんが、newspicksの記事で、「イノベーションとは何か」を説明するときに使っていた図を、参考にさせていただいたものです。
アニメ作品には、現実的な題材(テーマ)を扱うものから、非現実的な題材を扱うものまであります。図の左側で示しているように、これは2つにきっちり分けられるものではなく、グラデーションになっています。
ここでいう「現実的」とは、私たちの住む世界、すなわち現実に近いということです。近いが故にシリアスだったり、侵襲性が高い、すなわち胸をえぐる可能性が高かったりします。
対して、「非現実的」な作品は、現実とは離れたテーマを扱うことから、とっつきやすいものになっています。現実世界に何か問題を抱えていたり、苦しみを抱えている人にとっては、現実のことに意識を向けなくて良いので、観やすい作品ということになります。
右側の「出口」は、観終わった後のストーリーの意味づけが、観た人の物語(ナラティブ)に対し、どうなっているかを指すものです。
ここでの「非現実」とは、アニメの空想の世界の出来事にとどまってしまっている状態を表します。
対して、「現実」とは、アニメの物語が、現実の物語の再構築につながっていることを表します。これが、『アニメ療法』における望ましい状態です。
このように、アニメの「入り口」と「出口」を、「現実ー非現実」の軸からとらえると、アニメが扱う題材(テーマ)とそれがもたらす効果は、主要な3つのパターンに整理することができます。
①「非現実」から入って「非現実」にとどまるパターン

これが、先ほどから説明している、アニメ療法的によくないパターンです。
現実から離れたテーマなので観やすいですが、アニメを観ることが現実逃避になってしまい、「どうせアニメの話だし…」と、自分の物語(ナラティブ)の変容につながらない状態を表します。
例えば、多くの「異世界転生系」のアニメ(特に、「俺TUEEE系」)は、このパターンに当てはまります。頭をからっぽにして、楽しむことができる作品が多い一方で、「自分は人生やり直せないんだよなぁ」となってしまうのです。新しい物語(ナラティブ)につながるどころか、今の否定的な物語(ナラティブ)を強めてしまうこともあります。
もちろん、僕はこういうアニメ作品も大好きです!ここでは、「アニメの治療的効果」の観点からは、「not good」というだけです。
②「現実」から入って「現実」に出ていくパターン

現実に近い題材を扱っているアニメが、現実の自分の物語(ナラティブ)の再構築につながるパターンです。
現実に近いアニメの場合、視聴者の物語につながりやすくなる一方、侵襲性が高いので、現実から回避したいと考えている人にとっては、観るのがしんどく感じるアニメになります。
いくつか例を挙げると分かりやすいかと思います。
『聲の形』
高校生が主人公のアニメです。主人公は、過去に聴覚障害の女の子にいじめを行い、その後、自分自身がいじめのターゲットにされます。高校生になってから、そうした自分の過去と向き合っていくという物語です(超ざっくり…)。
この作品、自分自身が主人公と同じ経験をしていた場合、観るのは苦しいと思います。現実に近すぎるからです。
その一方で、近いが故に、主人公が自分の過去や現実に向き合い続ける姿は、視聴者が新しい物語(ナラティブ)を見つけるのを助けてくれるのです。
『四月は君の嘘』
中学生の男の子が主人公のアニメです。ピアニストである主人公は、過去のトラウマ体験から、自分が弾くピアノの音が聞こえなくなるという問題を抱えます。そうした中、一人の女の子出会い、そのトラウマ的体験に向き合っていくことを通じて、彼の中で新しい「物語」を見つけていく話です。
こちらも先ほどの作品と同じで、自分の過去や未来と向き合うキャラクターたちが描くストーリーを観ることになりますので、現実への侵襲性は高くなります。また、虐待的な描写も含まれますので、そうした体験がある方には、観るのが苦しいものになると思います。
『宇宙よりも遠い場所』
主人公が4人いるアニメだと、ぼくは勝手に思っています。高校生たちが、それぞれが抱える事情を乗り越えて、南極を目指し、到達するアニメです(現実 …?描写自体は現実を志向しているので、現実的なアニメとして分類しました)。心情描写も丁寧になされています。世界一美しい1クールの使い方をしている作品です。
アニメの中で、一番好きと答える方が多い作品です。それだけ、多くの人の心を動かした作品なのだと思います。このアニメで扱われているテーマは、「依存」、「孤独」、「人間関係」、「喪の作業」などです。
それぞれのキャラクターの心情が自分の体験と照らし合わされるアニメになっています。
以上が、「②「現実」から入って「現実」に出ていくパターン」として、僕が考える作品です。
その他にも、『CLANNAD』はこの中に入ると思いますし、『ちはやふる』・『アオアシ』等のスポーツ作品は、すべてこのパターンに当てはまると考えています。
③「非現実」から入って「現実」に出ていくパターン

僕は、こういった作品が、『アニメ療法』においては、最適なのではないかと考えます。
現実とは遠いテーマを扱っているので、とっつきやすいながらも、観終わったときに、自然と自分のことを考えてしまうような、自分の物語(ナラティブ)が少し変わっているような作品です。
とっつきやすいため、現実に直面したくない人にも、無理なくお勧めすることができ、観終わった頃には現実世界にしっかりと呼び戻す。そういった題材やストーリー展開をもつアニメが、支援にも応用できるのではないかと思います。
こちらも例を挙げて説明していきたいと思います。
『SPY × FAMILY』
知っている方も多いと思うので、あらすじは省きます。
SPY×FAMILYは本当に大好きです(漫画1巻が出た時から好きだったんだぞ!!という古参アピールをしておきます笑)。
スパイ、殺し屋、超能力者が、擬似的な家族生活を営む物語ですので、「非現実」に入ると思います。また、架空の外国が舞台になっています。
普段アニメを観ない人にも、本作品は爆発的に広がったのを考えると、「非常にとっつきやすい作品」だったと言えます。
ストーリーもコメディテイストが強いのですが、考えさせられるテーマが随所に入れ込まれています。特に、家族の在り方について、考えさせられるアニメになっています。
この、「ただ単に面白いだけでは終わらないところ」が、素晴らしいと思っています。最近のアニメの中で、「非現実から入って、現実に戻っていく」作品の代表例だと思います。
こういった作品が多くの人に届いたのはとっても嬉しいことです。
『鬼滅の刃:無限列車編』
こちらも、有名なので、あらすじは省きます(というより、あえて有名な作品を選んでいます)。
漫画も全巻読みました。ストーリーが本当に面白いですし、全体を通じたストーリーの主張も明確です。原作の最後の終わり方も、あえて「現実」に戻ってくるような描き方をされていますよね。
ここでは、無限列車編を挙げました。東京大学の祝辞で、上野千鶴子先生がお話されていた下記の内容に通じるものを感じさせる物語となっています。
「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。」
ぼくは『鬼滅の刃:無限列車編』を、ファンタジーから入りながらも、現実の生き方について、強いメッセージを送ってくれる作品として捉えています。大ヒットしたのは、多くの人に共感と勇気を与えたからでしょう。
『銀魂』
「天人(宇宙人)が来襲して、価値観が変わってしまった町、江戸。宇宙人や高層ビル、バイクなど何でもありの世界で変わらない“魂”を持った最後のサムライがいた。男の名は坂田銀時。いい加減で無鉄砲、でもキメるところはさりげなくキメたりして…。笑えて、泣けて、心温まる、銀さんと仲間たちの生き様、得とご覧あれ!」
中学生から高校生の頃ぐらいまで、毎週楽しみに観てました。アニメを観て、初めて声を出して笑ったのが、この作品です。
基本ギャグアニメなので、頭を空っぽにして観れる面白さがあります(今から見ると、差別的に見える内容も色々と含まれるので、見る人は選ぶと思いますが)。
定期的に「真面目回」があり、そのストーリーが本当にいいんですよね。ギャグ回も、なんだかんだ最後のオチが真面目だったりもします。
そのコントラストが大変に美しい作品で、「気軽に観れるんだけど、観終わるとすごく熱い気持ちになっている」というアニメの代表作です。人生で何を大切にしないといけないかを教えてくれる作品です。
シリーズ全部観ると長くて、気軽にお勧めできる作品でもありませんが、「③非現実から入って、現実に出ていくパターン」として、一番最初に頭に思い浮かんだのが、この作品でした。
他にももっと色々紹介したい… でも、書いてるとすぐに2万字にいってしまう…
ちなみに、異世界転生系のアニメの中でも、『Re:ゼロから始める異世界生活』、『無職転生』は、この中に入ると思います。この作品も大好きです。

再掲しました。
この図のイメージが少しでも伝わったら幸いです。
「空想性等が高く、とっつきやすいながらも、最後には現実の自分の物語の再構築に関わる = オルタナティブ・ストーリーの生成につながる」アニメが、アニメ療法にピッタリなのではないかということです。
つまり、こういった作品を治療(支援)に用いることで、より安全に物語の再構築をサポートをすることができるのではないかということです。
『アニメ療法』では、アニメの作品の題材として、6つのポイントを提示していますが、僕は「非現実」→「現実」が一番大事なところだと思いました。
2-3. アニメ × 「心理支援」で最強
最後は、僕たち心理師が、この『アニメ療法』の中で、どのような仕事ができるかについてです(最後は簡潔に)。
フランチェスコ先生は、アニメの中身を一番大事なものとして位置付け、観た後のサポート、すなわち、アニメの物語を自分のナラティブに取り入れていくサポートは、AIでも代替可能という考えを示しています。
これについて、オタク心理師の代表である僕としては、「生身の人間が関わる良さもあるぞ!」ということを、どうしても言いたいです。
生身の人間が関わる良さは、僕の体験上ですが、2つあると思っています。
一つ目は、すでにアニメが好きな相談者さん限定ですが、アニメの話で盛り上がったときの、「心が通じた感覚」が、何ものにも代え難い体験だということです。
振り返ってみていただきたいのですが、皆様は、小学校・中学校・高校生の頃、友達とどんな話をしていましたか? 大体の人が、「好きなものの話」だったのではないかと思います。
(僕はあまり友達がいなかったので青春コンプレックスが… うぅっ)
好きなものを通じた心のつながりは、本当に強いものなんですよね。
さらに、心理支援が必要な方々には、「自分が良いと思ったことが、受け入れられなかった」という体験を重ねてきた方が、多くいらっしゃいます。
そうした中、自分が「いいな」と思ったアニメを、他の人にも「いいよね!」と言ってもらえることは、大きな治療的意義を持つものになるのです。一度、体験しことがある方なら分かるように、一瞬で安全基地になれる感覚があります。
ぼくは、心理師界隈では、アニメをかなり観ている方だと思いますが、相談者さんにアニメを教えてもらって、「あー、まだ観てなかったんだよな…」ということが何度もあります。
ただ、その時は、必ずそのアニメを観るようにしています。それは、その人の体験を理解するためでもありますし、「勧めたものを見てくれた!」という事実は、相談者さんにとって、かけがえのない体験になるだろうと思うからです。
なので、生身の人間が、同じアニメを共有する良さというのを、僕は強く主張したいなと思います。
二つ目です。心理師は、50分〜60分間、丁寧に相談者さんのお話をお聞きする機会をいただきますので、アニメのストーリーを、相談者さんの物語(ナラティブ)に近づけるお手伝いを十分にできるのではないかと思っています。
最近では、ChatGPTのような対話型AIの発展が目覚ましいですが、相談者さんの体験を傾聴して整理し、鑑賞したアニメの物語から、相談者さんの物語(ナラティブ)を再構成していく作業は、アートともいえるほど、高度なプロセスだと思っています。
通常の心理相談では、心理療法ごとに形の違いはあれ、この作業を何回もかけて丁寧に行なっていきます。
そして、ナラティブアプローチが、物語の「共構成」を強調しているように、2人の人間が一緒に新しいナラティブを作っていくプロセス自体が、大切だと考えています。
技術が普及してもなお、ハンドメイドの製品が愛されているのと同じで、生身の人間が行う心理支援は、特有の価値を持って、今後も残っていくのだと思います。
ごちゃごちゃと書いてきましたが、ただ単に、心理師から見て、この領域は、まだAIには奪われたくないのです!笑(個人的にAIはめっちゃ使っていますが)
ぜひフランチェスコ先生には、心理師を巻き込んで、『アニメ療法』を発展させていただきたいなと思います。
以上を踏まえて思いついたことですが、『アニメ療法』を、心理師がファシリテーターとなって、グループ療法として展開するのが良いのではないかと思いました。鑑賞するアニメは、フランチェスコ先生が目指しているように、最適化されたものを創作しても良いと思いますし、参加者の方のおすすめ作品をみんなで観てもいいですよね。その共通体験を持ち寄り、グループの中で、それぞれの物語を再構成できるような機会が持てたら、とっても素晴らしい時間になるだろうなと思います。
3. 最後に
ここまで読んでいただきありがとうございました!
最後に、まとめさせていただきます。
① アニメは「コスパ」が最高
認知的な負荷が少なく観ることができ、物語やキャラクターへの没入感が高いことがアニメの特徴。元気が出ない人に、『アニメ療法』は自然と導入できるのではないか。
② アニメは「入り口」に最適
空想性やファンタジー性の高いアニメ作品は、現実から回避したい人にとって、観やすいもの。そうした非現実性を持ちながらも、ストーリーが、現実に向き合うことを促し、現実の物語の再構成に帰着するものは、『アニメ療法』として広く普及できるのではないか。
③ アニメ ×「心理療法」で最強
心理師は、『アニメ療法』において、自己の物語を探索する上での安全基地として機能し、その治療効果を最大化することができるのではないか。
ほとんど僕の主観的なものなので、異論は大いに認めます。
ぜひ、皆様もアニメの可能性を考えてみていただけたら幸いです。
(いつかフランチェスコ先生と、居酒屋でビールと焼き鳥を飲み食いしながら、アニメの話をするのが夢です笑)
宣伝です。アニメではありませんが、ゲームというテーマから、今回の記事に通じるお話をさせていただきました。題材は、最新作のポケモンです。
自分のチャンネルではありませんが、ミヤガワ先生のチャンネルは他にも面白い企画を高頻度で開いているので、心理学に興味がある方は、ぜひチャンネル登録をお勧めします!
(ぼくのTwitterもフォローしていただけたら嬉しいなぁ…)
大学の仕事も忙しいので、あまりこういった記事は書けませんが、またゆるゆると投稿できたらいいなと思います。では!!
