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花の匂い - Mr.Children を語ります。

Mr.Childrenの「花の匂い」
この時期なのも相まって、
私なりの解釈を残していきたいと思い、綴っています。

元々、映画『私は貝になりたい』の主題歌として発表されていたので、
悲しさや寂しさを歌っているものだという先入観がありました。
ただ、当時はまだ学生で、本当の意味はわからなかったです。

今の私はこの曲で歌われていることが本当の意味でわかるようになりました。
それは自分は愛情を貰えていたということを痛感したからなのかもしれません。

これから先は歌詞に対する超個人的な解釈と感想を述べていきます。
もし、共感できる部分があれば分かち合いたいですし、
解釈が違う部分があるなら分かりあいたいです。

届けたい 届けたい 
届くはずのない声だとしても あなたに届けたい
「ありがとう」「さよなら」
言葉では言い尽くせないけど この胸に溢れてる

花の匂いに導かれて 淡い木漏れ日に手を伸ばしたら
その温もりに あなたが手を繋いでいてくれているような気がした

直接的な表現をしていないにも関わらず、
大事な人がいなくなってしまい、その悲しみの最中であることがなぜこんなに伝わるのでしょうか?

もういなくなった人とは言葉を交わすことはできず、想いを伝えることもできません。
たとえどれだけ思いを伝えていても、いなくなった後に残る気持ちは伝えきれないです。
心の中で感謝と別れを繰り返し、受け入れようとしている姿が浮かびます。

そして早速タイトルの「花の匂い」というフレーズ。
私はここで故人との一番最後の別れになる花入の儀を思い出しました。
花と共に、去っていく姿と手に残った花の匂い。
そして降り注ぐ日差しに、その人のあたたかさを投影し、
まだ現実を受け入れられない自分がそこにいます。

信じたい 信じたい
人の心にある温かな奇跡を信じたい
信じたい 信じたい
誰の命もまた誰かを輝かす為の光

“永遠のさよなら”をしても あなたの呼吸が私には聞こえてる
別の姿で 同じ微笑で あなたはきっとまた会いに来てくれる

ここから若干雰囲気が変わり。
さっきまでは身近にある別れでしたが、ここは自分とはどこか距離のある、
もう少しスケールの大きなものに対して歌っているようにも聞こえます。

同じ時代に偶然生まれたにも関わらず、
大抵の人は争いなど望まず、平和に暮らしたいと思っているにも関わらず、
人類は争うことをやめられません。

それでも、一人の人間として見たときは、
人それぞれにいろんな類のぬくもりがあるはずです。
大きな渦の中ではそれは効果を持たなくなってしまうけれど、
確かに一人一人が持っていて、自分のぬくもりで誰かをあたためてあげることができる。
そして、次は誰かのぬくもりで他の誰かをあたためてあげることができる。

そんな風に一人一人の存在が誰かの存在の助けになっているはずですし、
確かにそう信じたいですね。

このサビで歌われるのは”永遠のさよなら”。
後でこの対となるフレーズが出てきますが、
まだ別れを受け入れられず、もう二度と会えないほど遠くに行ってしまったことを受け入れきれない状態から、”永遠のさよなら”と言っているのではないかと思っています。
現実を受け止めきれず、この世に存在することのない”永遠”という言葉に頼ってしまう。

どんな悲劇に埋もれた場所にでも 幸せの種は必ず植わってる
こぼれ落ちた涙が如雨露一杯になったら その種に水を撒こう


この曲が好きな人は、このフレーズが刺さりまくっているものと思います。
私も漏れずその一人です。
これは初めて聞いた時も、今も、何度聞いても鳥肌が立ちます。

綺麗事と捉える方もいらっしゃるかと思いますが、
私は、綺麗事にしては綺麗すぎると思います。

あと、「こぼれ落ちた涙」のメロディがとてもいい…

ここで、やはり大きなテーマを歌っていたことがわかります。
自然災害や戦争、その他想像し得ない壮絶な出来事がこの世界では起こります。
自分の世界、他人の世界、時代、どの視点でも悲劇は必ず起きます。
それに対する、受け入れ方の提示がこのフレーズです。

まずは、存分に悲しもう。
強がる必要はないし、無理をする必要もない、
つらいものはつらいし、受け入れられないものは受け入れられない。
いくら涙を流したっていいから、悲しみを受け止めよう。

そうしていればきっと、その悲しみを抱えながら前に進める日が来る。
そしてその悲しみが幸せを見つけるための光にもなってくれる。
大事な人を大事にしよう、とか、感謝を伝えよう、とか、困っている人を助けよう、とか。
どんな小さな、些細なことでも、幸せを見つけることができる。
その連鎖が世界を少しあたためてくれるかもしれない。

人恋しさをメロディーにした 口笛を風が運んでいったら
遠いどこかで あなたがその目を細めて聞いている

からのこのフレーズです。
今までは手を繋いでいてくれる、会いに来てくれるという直接的な表現でしたが、
ここでは「目を細めて聞いている」のです。

今までと決定的に違うのは、
ここからは別れを受け入れることができたということだと思います。

悲しみを受け入れられたけれど、それでもやっぱり寂しいこの気持ちが、
遠くのあなたに伝わって、それがあなたにとってのぬくもりになって、
穏やかな顔でいてくれるのが目に浮かびます。

音楽家が、「人恋しさをメロディにした口笛」と表現するのもグッときます。

“本当のさよなら”をしても 温かい呼吸が私には聞こえてる
別の姿で 同じ愛眼差しで あなたはきっとまた会いに来てくれる

ここです。
本当のさよなら。

さっきは”永遠の”でしたが最後の最後は”本当の”に変わります。
一つの言葉としてみると”永遠”の方が強いのですが、
この流れで聞くと”本当の”という言葉の強さに驚きます。

遠くに行ってしまうような、もう絶対会えないと痛感してしまうような別れをまだ受け入れられていないから、
現実と距離をとるための”永遠”というワードが適切だったのだと思います。

そして、悲しみを受け入れられた分、
距離を取る必要がなくなり、”本当のさよなら”と言えるのだと思います。

ある意味、故人との距離はゼロ距離になっているんじゃないですかね。
野暮な言い方ですが、心の中にいるというか、いつでもそこにいるということがわかったのだと思います。

そうやって人は悲しみを乗り越えていくものだと、
そう歌ってくれる、寄り添ってくれる一曲です。

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