水たまり
今朝、玄関を出てすぐのところに、それは待ち伏せでもするように広がっていた。大きな水たまりである。
実は昨日、思い切って新しいスニーカーを買った。真っ白で、店員さんに「汚さないよう気をつけてくださいね」と釘を刺されるほどの白さだった。四十年近く数字だけを追いかけてきた人間にも、たまには衝動買いというものがある。
避ければよかったのに、避けなかった。いや正確には、避けようとして失敗した。左に避けたつもりが、なぜか右足が先に出て、気づいたときには盛大に踏み抜いていた。跳ねた、水しぶきが。まるでスローモーションのように、真新しいスニーカーへ向かって。
真っ白だったはずのスニーカーは、あっという間に泥色のまだら模様へと生まれ変わった。誰も頼んでいないリニューアルである。
しかも悪いことは重なるもので、その水たまりは思いのほか深かった。くるぶしまで浸かったのは、右足だけ。左足は無傷で右足だけずぶ濡れという、なんとも不公平な仕上がりになった。歩くたびに「ぴちゃ、ぴちゃ」と音がして、通りすがりの猫にまでじっと見られた気がする。見られていないと思うのだが、そんな気がしてしまうのだから仕方がない。
考えてみれば、ピアノのレッスンでも似たようなことがある。「ここ、ゆっくりね」と先生に言われた箇所に限って、なぜか一番速く弾いてしまう。避けようとすればするほど、逆にそこへ吸い寄せられていく。水たまりも、指のミスも、性質はきっと同じなのだろう。
結局、濡れたスニーカーのまま一日を過ごすはめになった。ようやく乾いたのは夕方になってから。玄関に戻ると、あの大きな水たまりはもうほとんど姿を消していて、代わりに小さな水たまりが一つ、ちょこんと残っているだけだった。まるで今朝の大騒ぎなど知らんぷりするみたいに、静かに、ささやかに。
――それでも、また踏んでしまうのだろう、あの小さな水たまりも、次の雨の日にも。

