新しい考えが正しくても、攻撃から始めない
コミュニケーションプランナーの松浦シゲキです。
会話の始まり方に、少し引っかかることが最近あります。新しい考え方を紹介する前に、まず従来の考え方を強めに否定するところから入る話し方です。
「それはもう古い」「時代遅れだ」「まだそんなことを言っているのか」。言っている内容自体は、間違っていないことも多いと思います。ただ、聞いている側の感覚としては、話の中身に入る前に、どこか居心地の悪さが生まれてしまう。
新しい話を聞いているはずなのに、自分が責められているような気分になる。理解しようとするより先に、身構えてしまう。これは意見の正しさとは別のところで、コミュニケーションがつまずいている状態だと思っています。
そもそも、従来の考え方には、それなりの理由があります。その時代の技術、その時代の社会、その時代の制約の中で、それが一番現実的だったから選ばれてきた。多くの場合、雑に信じられてきたわけでも、誰かが考えるのを放棄した結果でもありません。
だから、新しい考え方が出てきたときに起きているのは、「昔が間違っていた」という話ではなく、「選択肢が増えた」という変化です。ここを丁寧に扱わず、いきなり否定から入ってしまうと、話はわかりやすくなる一方で、受け手が考える余白は一気に狭くなります。
攻撃から始まる話は、共感を集めやすい。けれどその共感は、内容に対する理解というより、「同じ敵を見つけた安心感」に近いことが多い。結果として、考えは広がらず、立場だけが固まっていく。
一方で、新しい考え方は、誰かの考えを下げなくても伝えられます。「自分はこう感じた」「今だと、こっちのほうが無理がない気がする」「このやり方のほうが続けやすいと思った」。そうやって並べて置くだけでも、受け手は比較し、自分なりに選ぶことができます。
伝える側がやるべきなのは、相手を納得させることではなく、安心して考えてもらえる状態をつくることです。責められない、見下されない、置いていかれない。そう感じられる空気があって、はじめて人は話の中身に向き合える。
これは、個人の発信でも、メディアでも、組織のメッセージでも同じです。信頼は、正しさを強く主張した回数ではなく、安心して受け取られた体験の積み重ねでできていく。
新しい考えが正しいかどうかは、最後に受け手が決めればいい。伝える側が先にやるべきなのは、言葉で殴らなくても選んで貰える状態を用意することだと思います。
議論を前に進めたいなら、敵をつくるより、選択肢を増やす。そのほうが結果的に、考えは遠くまで届く。番組でコメントするときも、現場で企画を考えるときも、自分はいつもこの距離感を意識しています。
このnoteは下記を元に再整理しています。
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