現場の「やってみたい」を、リスクで止めていませんか
「こんな道具があるらしいんですけど」
現場から、そう上がってきたことはありませんか。そのとき、最初に何と返したでしょうか。
「セキュリティ(=情報が外に漏れないか)は大丈夫なの?」
正しい心配です。私も同じことを思います。ただ、その一言のあと、その話が二度と上がってこなかったのなら、この記事はその話です。
リスクを先に見るのは、上の仕事です。ただし順番があります
本やセミナーでは、「上に立つ人は、現場が見えていないリスク(=起きるかもしれない困りごと)を先に見るのが仕事」と言われます。間違ってはいません。
ただ、リスクを「先に並べる」のと「先に取り払う」のは、別の仕事です。 先に並べると、現場は止まります。先に取り払うと、現場は動きます。
順番が大事なのは、「自分でもできた」が残るか?が変わるからです
改善というと、「現場の負担を減らしてあげること」だと思われがちです。半分は本当です。もう半分は、その人に「自分でもできた」を残すことです。順番を間違えると、この後ろの半分が残りません。

一年後に残るのは仕組みではなく、「自分でもできた」という手応えです。手応えが残った現場は、上が知らないところで次を変えます。
私の看板は「現場と上司と経営が一体になれる業務改革」です。一体になるというのは、仲良くなることでも、会議で目線を合わせることでもありません。現場が「変える側」に立つことです。そして現場が変える側に立った印は、一つしかありません。現場の人が「自分でもできた」と言った日です。
私の会社で、実際にあったこと
会社員だったころ、グループの中で事務の仕事をまとめて引き受ける会社を経営していました。事務作業を多く請け負う会社なので、現場に、たくさんの改善を求めました。
メンバーは、企画の仕事をしてきた人たちでも、改善の進め方を教わってきた人たちでもありませんでした。ただ、その中から「この作業、ここが手間です」「こういう道具があるらしいです」という、ちょっとした気づきが上がってきました。
そこで、一つだけ作って見せました。表(=一覧のExcel)に並んだお客さまの情報を、社内の仕組みのお客さまごとの設定画面に、一件ずつ開いて写していく作業を、自動で動かす簡単な仕組みです(RPA=決まった手順のパソコン作業を人の代わりに動かす仕組み)。一行目を写して、次の行を写す、それだけのものでした。
すると、「別の業務でも使えませんか」「試してみたいので、この道具を使う権限をください」という声が上がりました。何人もではありません。ほんの数名、そういうメンバーがいてくれました。

見せて、聞いて、触らせて、手応えを残します。そのあとは任せて、リスクは上が先回りして潰し、見守ります。順番を守ると、上の知らないところで次が組み上がります。
山本五十六の言葉に、「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」があります。あまり知られていない続きがあって、「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」と続きます。
私がやったのは、この順番そのままでした。権限を渡し、触ってもらい、動かしてもらいました。そのあとは任せました。しばらくして気づいたら、その仕組みの発展版として、一覧に基づいて「設定が完了しました」の通知メールを自動で送っていく仕組みが、私の知らないところで組み上がっていました。 報告に上がってきたときには、もう動いていたのです。
止めたくなる理由は、いつでも作れます
ここで、一つ白状します。「権限をください」と言われたとき、止めたくなる理由は、いつでも作れます。
「セキュリティは大丈夫か」「入力ミスが増えないか」「他の部署と合わないのではないか」。どれも正しい心配です。そして、その心配を先に並べると、やらない言い訳が完成します。 現場はそれを見て、「やっぱり私なんか無理だ」に戻ります。
私がやったのは、その心配をいったん脇に置いて、まず自分で動かせる状態を作ることでした。リスクを見なかったのではありません。見るのは、私の仕事にしました。 先回りして潰しておいて、後から本人に伝えます。
止める理由を探すのが上の仕事ではありません。やってみたい人が動けるように、リスクを先に取り払っておくのが上の仕事です。私の会社では、それで改善が進みました。
一体になるには、三つが揃います

経営が言葉で決め、上司がリスクを取り払い、現場に「自分でもできた」が残ります。上に立つ人が直接手を出せるのは一つ目と二つ目で、三つ目だけは、代わりに作ってあげると残りません。
一つ目は、経営が号令の中身を説明して、反対が出ても折れないことです。これは前回までに書きました。二つ目は、上司がリスクを先回りして取り払うことです。これが今回の話です。三つ目は、現場に手応えが残ることです。
私の会社では、私が一つ目と二つ目を兼ねていました。だから進んだ、とも言えます。三つ目は、自分で触った人にしか残りません。
明日からできること
次に「こんな道具があるらしいんですけど」と上がってきたら、リスクの話をする前に、こう返してください。
「ちょっと触ってみて」
そのために要る権限は、出してください。全員に出す必要はありません。飛びついてくる人が一人いれば、その人から始めます。 「私なんか無理」と言う人は、そのままで大丈夫です。隣で誰かが動いているのを見るのが、その人にとっての最初の一歩だからです。
そのあとで、リスクを自分で先回りして潰してください。情報の扱いなら、触ってよい範囲を先に決めておきます。入力ミスなら、確かめる手順を一つ足しておきます。そして後から本人に、「実はこういう心配もあってね、ここは潰しておいた。次からは、この辺も自分で気をつけられるようになろう」と伝えてください。止める理由には、しないでください。
おわりに
私がこの仕事をしている理由を、一つだけ書きます。どんな会社にも、どんな人にも、思っているよりずっと大きな可能性があると思っているからです。
「私なんか無理」と言った人の中にも、それはあります。ただ、その人は自分でそう思い込んでいます。思い込みを外すのは、説明ではなく、自分でもできた、という一回の手応えです。
改善は、人が楽になるためだけにやるものではありません。人が変われるためにやるものです。現場と上司と経営が一体になるのは、その手応えが現場に残った日です。
管理職から現場まで、本当に使える「泥臭いDX」を支援しています。
同じような状況の話を、また書いていきます。
