自分史的なクリッピング史料
このイラスト、ピース・又吉らしい。それよりも、「まさかジープで来るとは」という文言。大昔、チェロキー・ジープに乗っていた。当時はホンダでも販売していて、ザ・ジープとして深緑のジープに乗ったりして。でも直ぐに壊れてしまい、それも首都高速でいきなりボンネットから煙は出たりして直ちに買い替えてしまった。クルマがでかいから狭い駐車場に入れるのにえらく時間がかかった。
連日、暑さが増して来ている。これって夏前なのに、今年の夏は一体どうなってしまうんだろう?という不安が煽られる。沖縄も梅雨入りしたし、湿った嫌な季節が到来する。それでも何とか毎日、毎朝、我が愛犬と散歩をしたい。本当に何気ない景色や自然の音を聴きながら、心を整える訓練をしていきたい。今はペットロスのことは考えられないけど、いつ何時、この平穏
な(だと思っている)日々が崩れてしまうか誰にも分からないのに。
2024年3月18日 朝日 喪の旅 小池真理子
夫がいない 見知らぬ時の中で
最近は大学などでもグリーフケアを研究しているところもある。以前、やはり新聞で確か上智大学のグリーフケア研究が紹介されていた。パートナーだけでなく、かけがえのない存在を失うことは今後益々、身に沁みる年齢だ。
作家・小池真理子さんの『月夜の森の梟』は文庫も出たしそろそろ買って読みたいと思っている一冊。この記事はその著者である小池真理子さんへのインタビュー的な記事。37年間ともに過ごした夫の藤田宜永さんとの回顧がなされている。もう長くないと感じた時に、藤田さんに触れた感触が今もよみがえると記されている。最後の3週間は、記憶も途切れ途切れにしか残っていないような・・・という表現をされている。慌ただしい心の中がすっきりと整理などされなかったのだろう。入院を拒否して、自宅で最期をと願っていたにもかかわらず、どうしようもなくて救急車で病院に入院。そして翌朝に亡くなってしまったという後悔。病院に駆け付けた時には既に亡くなっていたという。そう、必ずしも見届けることができないということはあり得る話。自分もそうだった。父親も子どもも病院での最期は見届けることはできなかった。小池さんは「後悔は数え切れない」と言っている。これもよく分かる。自分でも今でもそうだ。特に子どもの為にできることがあったのかも知れないと30年近く経ってもそう思うから。
死別後はパニック状態だったとも告白している。1年、2年と時が経過すればそれも薄らいでいくのではないかと思っていたけど、むしろ深い闇のようなものを抱えることになったと。そもそもご主人の余命宣告を受けてからそれまでの自分の中で当たり前のように流れていた時間とうまくつながってくれない。それができればどんなに楽なのだろうかと問いかけている。
結局ご主人は自身の半身(かたわれ)なのであり、元には戻れないということなのだろう。こうしたことからは到底、これまでの自分の時間とシームレスにつなぐことはできないんじゃないか?と思わせる。
最近では、号泣することはなくなったけど、思い出せばその悲しみはより深いところに沈殿しているようで、到底その底までたどり着くことはできないとも語っていて、周囲からは回復したと思われていたとしても、無理してそれを装う必要はないと考えていると。ご主人が亡くなった時には死者と生者という隔たりがあったけど、時間と共にそれが薄れ、「今ではずっと一緒にいるような気がする」とも語り、その受け入れ方には大きな変化があった様子だ。夫婦の共存関係が断たれた時、喪失感から転化するタイミングがあるというような単純な話ではなく、兎に角も悲しみの本質はより深いところにあると感じているそうだ。更に時間が経過すればそれも変化するかもしれないと。
二人で暮らした軽井沢で生き抜こうという覚悟が表明され、二人でなら克服できたと思えることを、今後一人で耐えなければならない。最後には、自然を謳歌しながらも、循環していく命の大切さをひしひしと感じている様子。
自分も最近、都内よりは十分に自然に囲まれてもいるので、贅沢を言わず、今あるこの住まいで自分の生を全うしたいと思う。
この記事を読みながら、他者の経験、考え方、思い等に触れることができて未だ著者の作品が未読ながら、やっぱり読んでみたいと思わせてくれる記事だった。
