『高校野球指導録|僕が現場でやってきたこと』⑧メンバーを外れた3年生を、絶対に守る!
高校野球指導者時代を振り返るシリーズ、第8弾。
前回は、最後の夏にメンバーから外れた3年生と、どう向き合ってきたのかを書きました。
最後まで挑戦する機会をつくる。
結果が出たら、それを受け止める。
そして、自分にできることを考え、最後はチームのために動く。
今回は、その続きです。
メンバー発表後、私が特に気をつけていたことがあります。
それは、
「メンバーを外れた3年生を、下級生に絶対に馬鹿にさせない」
ということです。
「自分の方が上手い」と勘違いする1年生
毎年ではありません。
ただ、たまにいます。
入学して数か月。
野球に自信がある。
試合にも使われ始める。
すると、メンバーから外れた3年生を見て、
「自分の方が上手い」
「3年生なのにメンバーに入っていない」
そんな空気を出したり、時には馬鹿にするような言動をしたりする1年生がいます。
私は、これを絶対に許しませんでした。
なぜなら、
野球の上手い・下手だけで、その選手の価値を判断してほしくなかったからです。
2年半やり通した。それだけでも価値がある
3年生は、その野球部で約2年半を過ごしています。
楽しいことだけではありません。
試合に出られない時期もある。
思うように上手くならないこともある。
怒られることもある。
辞めたくなることもあったかもしれない。
それでもグラウンドに来て、
今の自分より少しでも上手くなるために練習してきた。
そして、自分が試合に出られないときにも、チームのために動いてきた。
自分の時間を使い、
時には自分のことを後回しにして、
仲間のために動いてきた。
その時間を、我々スタッフは見ています。
最後のメンバーに入ったかどうかだけで、その2年半がなくなるわけではありません。
だから私は、
「その選手が積み重ねてきた時間を守ることも、指導者の仕事だ」
と思っていました。
評価されにくい努力を、誰かが見ていなければならない
ホームランを打てば、みんなが見ています。
試合で好投すれば、評価されます。
レギュラーになれば、結果として分かりやすい。
でも高校野球には、
外からは見えにくい努力
がたくさんあります。
毎日グラウンドに来る。
黙々と練習する。
後輩のために動く。
仲間の練習を手伝う。
チームの仕事をする。
そして、試合に出られなくても腐らずに続ける。
そういう姿は、スコアブックには残りません。
新聞にも載りません。
だからこそ、
一番近くで見てきた指導者が、その価値を分かっていなければならない。
そして、必要なときには守らなければならない。
私はそう考えていました。
では、なぜ下級生の前で上級生を叱るのか
一方で、私は下級生がいる前で上級生を指導したり、厳しく指摘したりすることもありました。
ここだけを見れば、下級生には、
「3年生なのに怒られている」
と映るかもしれません。
でも、そこには大きな違いがあります。
一緒に過ごしてきた時間です。
1年生の頃から見てきた。
何が得意なのか。
何が苦手なのか。
どんなときに逃げたくなるのか。
どんな言葉なら届くのか。
どれだけ成長してきたのか。
そうした時間を積み重ねているからこそ、3年生への指導は変わっていきます。
単に、
「上級生なんだから、ちゃんとしろ」
と怒っているわけではありません。
指導の意味を、自分で考えられる3年生に
私が目指していたのは、
指導者に怒られたから動く選手ではありませんでした。
3年生になれば、
「なぜ今、自分は指摘されたのか」
を考えてほしい。
そして、
「何を改善すればいいのか」
を自分で探ってほしい。
さらに、
言い訳ではなく、行動で示してほしい。
そういう選手に育ってほしいと思っていました。
だから、同じ言葉であっても、
1年生に伝える言葉と、
2年以上一緒にやってきた3年生に伝える言葉では、
その背景にあるものが違います。
そこには、
それまで一緒に積み重ねてきた時間があります。
そして実際、3年生になる頃には、多くの選手がこちらの意図を理解し、行動で返してくれるようになっていたと思います。
1年生に見えているのは、その先輩の「今」だけ
だから私は、新入生にも伝えたいことがありました。
君たちが今見ている3年生は、
その先輩の高校野球生活の最後の数か月にすぎない。
その先輩が1年生だった頃を、君たちは知らない。
どれだけ下手だったのかも知らない。
どれだけ怒られたのかも知らない。
どんな悔しい経験をしたのかも知らない。
どれだけ練習したのかも知らない。
チームのために何をしてきたのかも知らない。
その2年間を知らない人間が、
最後のメンバー表だけを見て、
「自分の方が上だ」
と判断してはいけない。
野球の実力だけを比べれば、1年生が3年生を上回ることは当然あります。
でも、
野球が上手いことと、その人間の価値が上であることは全く別です。
いつか、自分たちも3年生になる
そしてもう一つ。
1年生には、想像してほしい。
今は入学したばかりで、
これから自分はどこまで上手くなるのだろうと希望を持っている。
でも、全員が最後の夏にレギュラーになれるわけではありません。
全員がメンバーに入れるわけでもありません。
2年後。
今度は自分が、メンバーを外れる側になるかもしれない。
そのとき、
後輩から自分の2年半を、
「野球が上手いか、下手か」
だけで評価されたらどう思うだろう。
だからこそ、
今、目の前にいる3年生をどう見るか。
そこには、その1年生自身の人間性が表れると思っています。
先輩を敬え、という話ではない
これは、
「上級生なんだから無条件に敬え」
という話ではありません。
年齢が上だから偉いわけでもありません。
間違ったことをすれば、3年生だって指導される。
むしろ上級生だからこそ、求めるものも高くなる。
ただ、
自分が知らないところで積み重ねてきた他者の時間に対して、想像力を持ってほしい。
それだけです。
簡単に人を評価しない。
目の前の結果だけで、その人の価値を決めない。
その人がここまで何を積み重ねてきたのかを考える。
これは野球部だけの話ではないと思います。
3年生の積み重ねを守るのも、指導者の仕事
私は、3年生全員をメンバーにしてあげることはできませんでした。
全員を試合に出すこともできませんでした。
それでも、
その選手が2年半かけて積み重ねてきたものまで、無価値にはさせたくなかった。
だから、メンバーを外れた3年生を馬鹿にするような言動があれば、私は止める。
そこは曖昧にしない。
なぜなら我々スタッフは、
その3年生が1年生だった頃から、
ずっと見てきたからです。
上手くいかなかった時間も。
逃げたくなった時間も。
それでもグラウンドに来た時間も。
誰かのために動いた時間も。
全部ひっくるめて、その選手の高校野球です。
結果を評価することと、人の価値を決めることは違う。
そこを混同しないチームにしたかった。
そして、
努力してきた人間が、最後まで尊重される組織でありたい。
それもまた、私が高校野球の一コーチとしてつくりたかったチーム文化の一つでした。


