熊本編#10 それでも、やるしかない
ROYALcomfortとの出会いはHIGH FIVE!の初開催よりも前に遡る。
きっかけは、FANTAGROUPというユニットと共に回ったツアーだった。
そのツアーの名古屋公演にゲストアーティストとしてROYALcomfortを呼び、そこで出会った。
その時はそこまで急激に距離が縮まったわけではないけれど、何となく波長が合ったんだろう。
お互いのイベントに呼び合ったりと、着実に仲が深まっていた。
そしてそのツアーでのもうひとつの大きな出会いが、FANTAGROUPのマネージャーであるワカさんとの出会い。
仙台在住だけどFANTAGROUPのマネージャーとして色々なところに帯同していた。
「仙台行きたいです。」
「地元に来てくれるの嬉しいなぁ。」
「じゃあ何かイベント組んでみようか。」
そう言って動き出した仙台でのライブ活動。
初めはストリートライブやフリーライブで足を運ぶうちに、少しずつ仙台への思い入れが強くなっていった。
HIGH TIMES時代に、夜行バスで東京から向かった仙台。
それから時を経て、熊本から仙台に行けることが感慨深かったし、東日本大震災も東京で経験した僕達にとっては、より一層思い入れの深い場所だった。
仙台でのライブの打ち上げの席でROYALcomfortと話をしていた時だった。
「うちらやっぱり仙台でイベントやりたいな。」
「ええなぁ〜。やりましょか?」
「でも四季彼方名義だと多分弱いよ。」
「共催って形にしましょか?」
「イベント名、何にしよか?」
「最近、シブッ!って口癖になってるから…渋いって他の言葉で何でいうか調べてみるか。」
そんな調子でトントンと話は進んでいき、最終的にイベント名は「Matigas」となる。
仙台にはワカさんがいる。
会場とのやり取りもお願いできそうだった。
ROYALcomfortとの共催でもあるから、困った時は相談しつつ進める事も出来る。
そこで僕はmasa君に、Matigasに関する事を任せる事にした。
masa君がなかなか仕事に手をつけないことに、当時の僕はずっと苛立っていた。
「これ、やっておいてね。」
「うん、分かった。」
でも、いつまで経っても進んでいない。
僕には「やると言ったのに、なぜやらないんだ」という疑問しかなかった。
もちろん、masa君にも何か理由があるんだろうとは思っていた。
でも当時の僕には、それを想像する余裕すらなかった。
僕から見えていたのは、ただ目の前の「やっていない」という事実だけだった。
今になって思えば、masa君にも音楽とは別のところで抱えていたものがあった。
でも、あの頃の僕はそれを知らなかった。
というより、何となく気付いてはいたけれど知ろうとはしなかった。
今思えば、そんなことすら思いやれない僕が、人の気持ちを代弁するような曲なんか書けるわけがない。
当時を振り返るたびに、今も胸の奥でこげ臭い匂いがする。
本当にあの頃の僕は心が壊れてしまっていた。
東京にいた時は百瀬さんがいて村松さんがいて、音楽だけに集中しながら活動していた。
覚悟を持って熊本に来たはずだった。
自分達で色々なものを少しずつ、勉強しながら乗り越えていこうと思っていた。
でも、そんな器用に物事をこなせるような人間じゃなかった。
僕もmasa君も限界を迎えていたのだ。
少しずつ少しずつ、masa君の事が信用出来なくなってきて…
少しずつ少しずつ、masa君の事が嫌いになっていた。
きっとmasa君もそうだったんだろう。
少しずつ少しずつ、僕の事が信用出来なくなってきて…
少しずつ少しずつ、僕の事が嫌いになっていたと思う。
でも、やるしかないんだよ。
熊本に可能性を感じて、東京から移住してきたんだろう?
音楽が仕事に変わり、これしか自分には残ってないじゃないか。
ここで踏ん張らないと、人生のどこで踏ん張るんだよ?
そうやって、自分で自分を奮い立たせながら始めたMatigas。
3回目の開催をする頃には、壊れた心と関係のまま4枚目のアルバム制作に入る。
その話はまた次回。
