見出し画像

人生は、時間という器に、注意という中身を注ぎ続けること

人生とは何でしょうか。

年齢でしょうか。
経験でしょうか。
お金でしょうか。

私は最近、
人生は、
時間という器に、
注意という中身を注ぎ続けること

ではないかと思っています。

私たちは時間についてはよく考えます。
「忙しい」
「時間がない」
「もっと自由な時間がほしい」
そんな言葉を日常的に使います。
しかし、注意について考える機会はそれほど多くありません。

けれど、人生を形作っているのは時間だけではありません。
同じ1時間でも、
家族と笑いながら過ごした1時間と、
なんとなくスマホを眺めて終わった1時間では、
体験としての濃さは大きく違います。
時間は同じでも、注意の向け先が違うからです。

時間は人生の器です。
その器に何を入れるかを決めるのが、注意です。

つまり、
人生の質は、何に注意を向けたかによって決まるのです。

たとえば、1日の時間配分を考えてみます。
睡眠7時間。
食事1時間。
仕事10時間。
スマホ2時間。

すると、起きている17時間のうち、
約6割を仕事に、
約1割をスマホに、
注意を向けていることになります。

仕事は単なる収入源ではありません。
人生の大部分を占める活動です。
だから仕事が充実しているかどうかは、人生そのものの充実度に大きく影響します。

また、スマホを1日2時間使うと、
1年間で約730時間になります。
日数にすると約30日。
つまり、
私たちは毎年1か月分の注意をスマホに注いでいる
とも言えるのです。

もちろん、スマホが悪いとは言い切れません。
学びもあります。
交流もあります。
楽しみもあります。
大切なのは、
「どれだけ使ったか」ではなく、
その注意は、自分が本当に向けたいものだったのか
ということです。

人生を変えるために、必ずしも大きな決断は必要ありません。
転職をする。
引っ越しをする。
環境を変える。
それらも大切ですが、
もっと小さく、今すぐできることがあります。

それは、
自分の注意の向け先を見直すことです。

人生は時間という器でできています。
しかし、その器の中に何が入るかは、自分で選ぶことができます。

人生を振り返ったとき、
私たちは時間を思い出すのではありません。

何に心を向け、
何に夢中になり、
誰を大切にしたかを思い出します。

だから人生とは、
時間という器に、注意という中身を注ぎ続ける営みなのだと思います。


いいなと思ったら応援しよう!