コロンボ、国産AI共同開発プロジェクトに事件のにおいを嗅ぎ取る
それは都内の大きなホテルで開かれた。
壇上には、日本を代表する有名メーカーの社長たちが並んでいた。

背後の大型スクリーンには、青と白を基調にした未来的な映像が流れている。
仰々しくファンファーレが鳴る中、司会者がプロジェクト名の発表を盛大に行った。

拍手が起きた。
社長の一人が、少し誇らしげにマイクを取った。
「本プロジェクトは、日本の産業競争力を再び世界水準へ引き上げるための、極めて重要な取り組みです。各社の技術力を結集し、官民一体となって、世界に通用する国産AIを開発してまいります」
別の社長が続けた。
「これは単なる研究開発ではありません。日本の未来そのものへの投資です」
記者たちは一斉にメモを取った。
そして社長たちが予定のプレゼンを終えると、質疑応答の時間となった。
記者たちは興奮まじりに質問した。
社長たちは誇らしい笑顔で回答した。
記者たちの質問がまばらになった頃合いを見計らい、司会者は声をかけた。
「そろそろ、お時間ですので…」
その時だった。
会場の後方で、くたびれたコートを着た男が、おずおずと手を挙げた。
「あのう、すみません。ちょっとだけ、よろしいですかね」
司会者が戸惑った。
「ご所属は?」
「いやあ、すみません。ロサンゼルス市警の殺人課のもんです。いやね、今日は非番みたいなもんなんですがね。うちのカミさんが、最近AIってやつに凝ってましてね。せっかく日本に行くんだから、勉強してこいって言うんですよ」
会場に小さな笑いが起きた。
社長たちは余裕の表情を浮かべた。
「どうぞ」
男は、恐縮したように頭をかいた。
「いやあ、ありがとうございます。あたし、ホントはこういう難しい話は苦手でしてね。AIなんて御大層なもんより、うちの古い電卓のほうがまだ話が早いんですがね。で、まず確認なんですが、この国産AIってのは、世界に通用するものを作るんですよね?」
「もちろんです」
「素晴らしい。ところでそれは、研究成果として通用する、という意味ですか? それとも、実際に企業や社会で使われて、海外のAIとも競争できる、という意味ですか?」
壇上の空気が、少しだけ変わった。
社長の一人が答えた。
「当然、社会実装を見据えています」
「なるほど、社会実装。いい言葉ですねえ。あたしも好きです。実装って言葉は、なんだか、何かがちゃんと動いて、しかも役に立ちそうな感じがしますからね」
男はメモ帳を開いた。
「じゃあ、もうひとつ。成功の基準は何ですか?」
「基準、ですか?」
「ええ。何ができたら成功で、何ができなかったら失敗なのか。たとえば、思考モデルの性能ですか? 利用企業数ですか? 売上ですか? 海外展開ですか? それとも、論文や実証実験の数ですか?」
社長たちは互いに視線を交わした。
「それは、今後、具体的なKPIを設定して……」
「今後」
男は、ゆっくり繰り返した。
「なるほど。今後、ねえ」
会場の記者たちのペンが止まった。
男は、にこにこしながら続けた。
「いや、すみません。あたしの聞き方が悪かった。つまり、補助金はもう手元に入る。でも、成功の定義はこれから決める。そういう理解でいいですかね?」
一人の社長が、少し硬い声で言った。
「研究開発というものは、最初からすべての成果を確定できるものではありません」
「もちろんです。研究ですからね。そりゃ、やってみなきゃ分からない。あたしも事件を調べるとき、最初から犯人が分かってるわけじゃありません」
男は一拍置いた。
「でもね、事件を調べる前に、ホトケさんがあるかどうかくらいは最低限確認するんです」
会場が静かになった。
「今回の場合、最低限確認しなきゃならないホトケさんは、成果責任じゃありませんかね」
壇上の社長たちの表情から、笑みが消えた。
男は、悪びれた様子もなく話を続けた。
「半導体のときも、よく聞きました。やれ国家戦略だ、経済安全保障だ、日本の技術力を取り戻すんだ、とか威勢のいい言葉がね。いや、どれも大事です。大事なんですよ。でも、そのあとがふわっと霧のように消えちまう。ラピダスかアメダスか知りませんがね、ちゃんと事業化できるかさえキナくさい」
男は指を一本立てた。
「これ、もしもですよ。もしも失敗したとき、誰が失敗したと言うんです?」
誰も答えなかった。
「メーカーですか? 官僚ですか? 有識者会議ですか? 補助金の審査をした人ですか? それとも、社会実装に至らなかったけれど一定の成果はあったと強弁する、いつもの薄っぺらい報告書ですか?」
会場の空気が重くなる。
社長の一人が、慎重に言葉を選んだ。
「このプロジェクトは、短期的な成否だけで測るべきものではありません」
「でしょうねえ。未来への投資ですもんね」
男はうなずいた。
「ただ、あたしみたいな古い刑事から見ますとね、未来って言葉は便利すぎるんです。なんせ、現在の責任を、きれいに先送りできますから」
誰かが小さく咳払いをした。
「あと、もう一つだけ」
出た。
記者たちは、その言葉を聞いた瞬間、空気が変わったことに気づいた。
男の「もう一つ」は、たいてい本題だった。
「この国産AI、誰が使うんです?」
社長が答えた。
「国内企業、自治体、研究機関、さまざまな分野での活用を想定しています」
「想定。なるほど」
「日本語に強く、日本の商習慣や産業構造に適合したAIを――」
「それ、使う側が本当に欲しいと言ってるんですか?」

沈黙。
「いや、変なことを聞いてすみません。あたし、古い人間なもんでね。何かを作るときは、使う人がいて、困ってることがあって、その困りごとを解決するために作るもんだと思ってたんです」
男は、手に持っている資料を指さした。
「でも、この発表資料を見ると、最初にあるのは『国産』なんです。次に『基盤』。その次に『競争力』。だけど、『誰が、何に困っていて、なぜ既存のAIでは駄目なのか』が、どうにもこうにも薄く感じるんですがね」
社長の一人が反論した。
「海外製AIへの依存は、国家として大きなリスクです」
「ええ、それは分かります。外国の会社に全部握られるのは危ない。そこは本当にそうです」
別の社長が強い口調で答えた。
「欧米のプラットフォーマーに対抗するにはこのプロジェクトが重要です」
「ええ、それも確かにそうです。あたしもそう思いますよ」
男は、少しため息をついた。
「ただねえ、海外依存が危ないから作る、というのと、使われるものを作れる、というのは別の話じゃありませんかねえ」
会場の数人が、顔を上げた。
「国産だから使え、というなら、それは技術開発じゃなくて、ナショナリズムの技術調達です」
壇上の社長たちが固まった。
男は構わず続けた。
「しかもAIってやつは、半導体よりも成果をごまかしやすい。工場なら建ったか建ってないか、動いたか動いてないか、使われたか使われないかは、まだ見える。でもAIは違う。実証しました。検証しました。知見を得ました。エコシステムを形成しました。人材育成に寄与しました。こう言えば、だいたい何でも成果に見えちまう」
記者席の後方から、シャッター音が聞こえた。
「でも、実際には誰も使わない。世界にも出ない。保守もされない。改善も続かない。にもかかわらず、成果報告書だけは立派に残る」
男は首をかしげた。
「それはAIを作ったんですかね。それとも、補助金を消化するための物語を作ったんですかね。あたしにはどうにも、それが分からない」
会場の空気が冷えた。
司会者が割って入ろうとした。
「恐れ入りますが、質問は簡潔に――」
「すみません、これで最後です。本当に最後」
男は、申し訳なさそうに司会者に手で合図した。
「このプロジェクト、途中で『これは世界では勝てない』と分かった場合、やめる権限は誰にあるんですか?」
誰もすぐには答えなかった。
「続ける権限じゃありません。やめる権限です」
男は、ゆっくり壇上を見回した。
「補助金をもらった会社は、やめにくい。官僚は、失敗と言いにくい。有識者は、自分が関わった計画を否定しにくい。メディアは、国策プロジェクトの失敗を途中で書きにくい。そうなると、誰も止められない」
無言。
男は、手に持っている資料を指さした。
「ところで、ちょっと気になったもんで、くだらない質問をしてもいいですかね。ここにある『兆』って単位の書類なんですけどね。私みたいな古い刑事には、ゼロが多すぎて目が眩んじゃうくらいの大金です。これだけの補助金を投入して、最先端の技術ってやつを作る計画なんですよね」
会場は完全に静まり返った。
「で、お金を出した側は『将来のための投資だ』とおっしゃる。でも、お金を受け取った側も『これから成果が出ます』とおっしゃる。これ、誰も損をしていないように見えて、一番肝心な『財布の持ち主』だけが消えているように思えるんですが、気のせいですかねえ」

乾いたシャッター音が会場に響いた。
男は、資料を丁寧にたたんでポケットに入れた。
「いやあ、ホント勉強になりました。ありがとうございました。うちのカミさんにも、ちゃんと説明しておきます。日本のAI開発は、たいへん立派な計画だったって」
そう言って、男は出口へ向かった。そして、会場の扉の前で、ふと立ち止まった。
「あ、すみません」
全員が振り返った。
男は、指を一本立てながら言った。
「そうそう、思い出したんです。この事件で一番気の毒なのは、AIじゃありません。AIは言われた通りに仕事をするだけですから」
そして、壇上の社長たちを見た。
「気の毒なのは、日本の納税者です。彼らはまた、作れなかった技術ではなく、誰も失敗と呼ばなかった報告書にカネを払わされるかもしれないんですから」
男は一礼した。
「いやあ、実に見事な国産です。責任だけは、どこからも輸入していない」
扉が閉まった。
記者たちは、しばらく席を立たなかった。
