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「自動化、全部できます」と言うのをやめたら、提案が通るようになった話

「へえ、すごいですね」。自動化の提案をして、この一言で終わってしまったこと、自分は何度もあります。
すごいですね、はたいてい「で、それ、要ります?」の裏返しでした。
相手はにこにこ聞いてくれるのに、話が導入まで進まない。
作ったフローを見せて、感心はされて、でもそこで止まる。

正直、最初は理由が分かりませんでした。
ちゃんと動くものを見せてるのに、なんで刺さらないんだろう、と。今日は、その「刺さらなかった」を、自分なりにほどいた話をします。ツールの設定画面は出てきません。出てくるのは、提案がズレるときの、そのズレ方の話だけです。

「これも全部できます」と言いたくなる

自分がいちばんやりがちだった失敗は、大風呂敷を広げることでした。

相手に一つ相談されると、つい「それもできますし、ついでにこれも、あれも自動化できますよ」と足していってしまう。
良かれと思って、価値を盛ろうとするんです。
でも今思えば、あれは相手のためというより、自分が「こんなにできる」を見せたかっただけでした。

相手の反応は、だいたい鈍い。全部できます、と言われた側は、うれしいどころか、たぶん少し身構えます。
何がどう変わるのか、どこから手をつけるのか、一気に分からなくなるからです。盛れば盛るほど、相手は判断できなくなる。

振り返ると、自分が提案を外すときのパターンは、だいたい三つに集約されました。

  • 全部できます、と大風呂敷を広げる

  • 派手で"おおっ"となる技術のほうから見せたがる

  • 相手が実は困っていない所を、勝手に自動化しようとする

どれも共通しているのは、自分の都合で話していた、ということです。相手が毎日めんどくさいと思っている一つを、見ていなかった。

ズレの正体は、見ているものが違うこと

しばらくして、刺さらない提案には共通点があると気づきました。自分は"すごい仕組み"を見せたくて、相手は"今日のめんどくさい"を消したい。 見ているものが、そもそも違ったんです。

作り手側に回ると、どうしても仕組みの完成度に目がいきます。ここをこうつないで、ここで分岐して、と。
自分では、その配線の美しさが価値だと思っている。
でも相手からすると、配線がどうなっているかはどうでもよくて、明日の朝あの作業をやらなくて済むかどうか、そこだけを見ている。

このズレは、けっこう根が深いです。
作り手は「何ができるか」で語り、相手は「何が楽になるか」で聞いている。
同じ提案を、別の言葉で受け取っている。
だから、いくら機能を並べても、相手の「めんどくさい」に一度も触れていなければ、話は届かないままなんです。
以前クライアント先で「毎日の手作業をなんとかしたい」と相談されたときも、自分がまず見るべきだったのは、その「毎日の手作業」の中身だったのに、頭の中では作れる仕組みのほうを組み始めていました。

派手なほうを、見せたくなる

もう一つ、自分がハマったのが、派手な技術を見せたがることでした。

AIが文章を判断して、自動で振り分けて、通知まで飛ぶ。みたいな、動いていて"おおっ"となるやつ。作っていて楽しいし、見せ場になる。
だからつい、そういう華のある部分から見せたくなる。

でも実際に相手が毎日ため息をついているのは、もっと地味な作業のことが多いんです。
同じ内容を二つの場所に手で写すとか、決まった宛先に毎回同じものを送るとか。派手さはゼロ。
でも毎日発生していて、地味に時間と気力を削っている。派手な提案は感心されるけれど、この地味な一つを消す提案のほうが、静かに「あ、それ助かる」と言ってもらえる。感心と、助かる、は別物でした。
ここを取り違えて、困ってもいない所に華のある仕組みを持っていって、何度も空振りしました。

相手の「毎日ため息が出る1つ」を探す

じゃあ、その地味な一つをどう見つけるか。
自分がやるようになったのは、相手の一日を、一緒に分解することです。

前に、業務は4つの工程に割れる、という話を書きました(相手の作業を「きっかけ・判断・作業・記録」に割って、効く一点を探す考え方です)。
あれを、今度は相手の仕事に対して一緒にやる感じです。何かを提案する前に、まず「一日って、どんな作業で埋まってます?」と聞いて、朝から順番にたどっていく。

そのとき探しているのは、三つがそろっている作業です。

  • 毎日ある:たまにしか起きない作業は、消しても効きが薄い

  • 繰り返しである:やり方が毎回変わるものは、まだ人が持つほうがいい

  • ため息が出る:頭を使わないのに、地味に気力を削ってくる

この三つが重なる作業が、たいてい"効く一点"です。頭を使う面白い作業は、本人が手放したがらない。消して喜ばれるのは、毎日きて、頭を使わなくて、でも地味にだるい、あの作業のほうです。

面白いのは、これを一緒にやると、相手のほうが先に「あ、これ地味に嫌なんですよね」と言い出すことです。
こっちが「これができます」と持っていくんじゃなくて、相手の口から痛みが出てくる。
そこを消しにいくと、提案はもう半分通っています。
自分が話しすぎていた頃は、この時間をまるごと飛ばして、いきなり作れるものを見せていました。

大風呂敷より、小さく確実に

痛い一点が見つかったら、提案はそこ一つに絞ります。最初の失敗と真逆で、あえて盛らない。

「あれもこれもできます」の全部入りは、相手を不安にさせます。何から始まって、どこで終わって、どれくらいかかるのか、輪郭が見えないからです。
逆に「毎日やってるあの作業、これで消えます」の一点提案は、相手が判断できる。要るか要らないかを、その場で決められる。

自分の感覚だと、提案が通るかどうかは、機能の多さじゃなくて、相手が判断できる形になっているかで決まります。
小さく一つに絞るのは、手を抜いているようで、実は相手にとってはいちばん決めやすい。
そして一点が入って、ちゃんと効くと、次は向こうから「じゃあ、こっちもできます?」と聞いてくれる。
広げるのは、そのタイミングでよかったんです。
最初から広げようとして、何度も外していました。

軸を、自分の技術から相手の痛みへ

自分の提案が刺さらなかった原因は、たいてい技術の不足ではなくて、見ている先が違ったことでした。
自分が作りたいものを提案していて、相手が毎日めんどくさいと思っている一つを、見ていなかった。

これ、「こうすれば絶対に提案が通る」という法則ではないです。今も外すときは外します。
ただ、提案の前に一回だけ、軸を自分から相手に戻す「自分は何を見せたい?」ではなく「この人は毎日どこでため息をついてる?」に置き換える。
それだけで、通り方はだいぶ変わりました。

作れるものを増やすより、相手のだるい一つを見つけるほうが、たぶん先です。
技術は、その一点が見つかってから乗せれば、じゅうぶん間に合います。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
実際に作った仕組みの実装メモと、つまずきの記録を書いています。
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