見えない子供性被害⑥生命の安全教育を基盤としたコミュニティ育成「見えない暴力」を終わらせるために
※ この記事は、子どもへの性暴力という重い主題を扱っています。読んでいてつらくなった方は、無理に読み進めないでください。ご自身やお子さんが被害に遭われている場合、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(全国共通番号 #8891 )、警察相談専用電話(#9110)、こどもの人権110番(0120-007-110)に相談できます。この記事は法的・医学的な助言ではありません。
これまで、性被害の圧倒的な暗数、狡猾な加害者の巧妙なグルーミング、そして被害児が陥るフリーズについて見てきました。
加害者は一見普通の人、もしくは社会的な信頼のある人で、外見では分からず、自ら止まることもできません。
では、この「見えない構造」を終わらせるために、私たちに何ができるのでしょうか。
■ 1.「嫌なことは嫌と言っていい」─生命の安全教育・包括的性教育
Voicyで繰り返しお話ししてきた包括的性教育。これは単なる性知識の伝達ではなく、自分の体と心、そして権利を大切にする教育です。
文部科学省も「生命(いのち)の安全教育」として取り組んでいます。
権利の獲得
子どもたちを含む私たち全員が「自分のこころ、たましい、からだは自分だけのものである」という概念を学び、「嫌なことは嫌だ」と言ってもいい、それは自分の権利なのだと理解すること。
「無知の犯罪」を防ぐ
性被害のなかには、正しい知識がないために「これが性暴力だと気づかなかった」というケースも存在します。適切な知識は、子どもたちの身を守る武器になります。
ここで、正直に書いておきたいことがあります。
「包括的な教育を受けた子どもは将来の性的加害性が低下する」と紹介されることがありますが、そこまでは、まだ言えません。
この分野の代表的な研究者であるLetourneauらは、2017年に若年思春期を対象とした普遍的予防プログラムという発想を提案しました(Letourneau et al., 2017)。これは効果を実証した研究ではなく、アプローチを提案する論文です。
実際に効果を測った研究は、2024年のパイロット試験です(Letourneau et al., 2024)。
無作為化待機群対照のパイロット試験
6〜7年生160名、4校
結果:児童性虐待と関連法についての知識の正確さが向上、予防的な行動意図が向上
測定されたのは知識と意図であって、実際の加害ではありません
著者ら自身の記述:「標本は小さく、効果は比較的控えめだった」
つまり現時点で言えるのは、「知識と意図は動いた。実際の加害への効果は、これから確かめる段階」ということです。
それでも私は、やる価値があると思っています。 ただ「効果が証明されている」と書くのは、いまは言いすぎになります。
■ 2.「加害者」を作らない・止めるための社会システム
再発防止プログラム
日本でも、加害者の認知のゆがみを修正するための「性犯罪者処遇プログラム」や、地域の精神保健スタッフが実践可能な治療プログラムの導入が進められています。
※ 前回書いたとおり、加害の「やめられなさ」を依存症として説明する枠組みは、ICD-11の診断の枠組みとは異なります。 「病気だから仕方ない」という読み方を、私は採りません。止められないのなら、環境の側が止めるしかない。だからこそ、システムの話が必要になります。
データベースの活用─ここは、2つの制度を分けて書きます
ここは私自身、混同して書いていたので、整理し直します。
① 特定免許状失効者等に関するデータベース(教員向け/すでに稼働中)
わいせつ行為等で免許状が失効した教員を記録するデータベースです。
根拠法「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」の施行は令和4年(2022年)4月1日
データベースは令和5年(2023年)4月1日から稼働しています
つまり、もう3年動いています。
そして、ここがこのシリーズの主題そのものなのですが─このデータベースを確認しないまま採用してしまった事案が、自治体レベルで報告されています。
制度はできた。使われているかは別。 まさに「あるのに見えない・見ない構造」です。
② こども性暴力防止法(日本版DBS)/2026年12月施行
こちらはより広く、学校設置者等に対して、性犯罪歴の確認を義務づける新しい制度です。2026年12月25日施行予定。
教員だけでなく、保育所や認定こども園、学習塾など民間教育保育等事業も対象になります。
一対一の回避と透明性の確保
学校経営においては、進路指導や部活動など「一対一で接する機会」のリスクを再認識し、教員の働き方やコミュニケーションのあり方を組織的に管理・可視化することが求められます(榊原・森脇, 2024)。
■ 3. コミュニティ全体による観察と介入
加害者は見つけられないが、被害者は必ずいる。 この前提に立つことが、出発点です。
脆弱な立場の子どもへの配慮
加害者は、家庭のネットワークが薄い子や、大人に従順な子をターゲットにします。地域や学校コミュニティが、そうした子どもに常に温かい目を向け、孤独にさせないことが、最大の抑止力になります。
※ 前回も書きましたが、狙われた子どもの側に理由はありません。 素直さも、障害も、加害の理由ではない。加害者が「利用した」条件であって、子どもの落ち度ではありません。
データによる早期検知
最新の研究では、機械学習を用いてアセスメント情報から性被害の併存を予測する試みも始まっています。専門職の経験(暗黙知)を科学的に支援することで、見逃されていた「沈黙の叫び」を拾い上げる技術が期待されています(厚生労働省, 2021)。
※ こちらも、まだ実装され効果が確かめられた段階ではありません。「期待されている」という水準です。
■ 結論:子どもたちの沈黙を、私たちの責任として引き受ける
子どもの性被害は、遠いどこかの事件ではありません。
今この瞬間も、誰にも言えずに恐怖に凍りつく子どもがいます。
私たちがすべきことは、加害者の仮面を剥ごうと躍起になることではありません。
それよりも、「ここに被害者がいるかもしれない」という切実な想像力を持ち、子どもたちが発する微かなサインを見つけようとすることです。
子どもが安心して「助けて」と言える。あるいは大人が子どもの異変に「なにかあった?」「困ったことがある?」と声をかけられる。
そんな当たり前の、しかし優しく強固な信頼関係に満ちたコミュニティを構築すること。
それが、この「見えない暴力」を根絶するための、ひとつの方法かもしれません。
■ シリーズを終えるにあたって、3段に分けて整理します
確かめられていること:特定免許状失効者等データベースは2023年4月から稼働している。こども性暴力防止法(日本版DBS)は2026年12月施行。予防教育のパイロット試験(n=160)で、知識と行動意図は向上した。
解釈の域にあること:予防教育が実際の加害を減らすかどうか。機械学習による早期検知の実用性。加害の「やめられなさ」を依存症として説明する枠組み。
私の見立て:制度はできつつある。問題は、使われるかどうか。そして「被害者はいる」という前提に、私たちが立てるかどうか。

【この記事について】 この記事は、研究の"さわり"(要点の紹介)と、私自身の見立てです。研究デザインの限界やバイアスまで含めた本格的な批判的吟味は、Voicyプレミアム放送やEBLDジャーナルクラブで行っています。ここで紹介した論文は原著にあたって確認していますが、ぜひご自身でも原典を読み、批判的に吟味してみてくださいね。
【Voicy配信中】 ドクターりん🎓🕊「エビデンスに基づく人生デザイン」 https://voicy.jp/channel/817829
【参考文献】
安藤久美子「性犯罪加害者の理解と対策」聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室. https://www.moj.go.jp/content/001362700.pdf (発行年・閲覧日を要記載)
こども家庭庁「こども性暴力防止法(学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律)」(令和8年12月25日施行予定)
厚生労働省(2021)『令和2年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業 潜在化していた性的虐待の把握および実態に関する調査 報告書』(研究代表:髙岡昂太/国立研究開発法人産業技術総合研究所)
Letourneau, E. J., Schaeffer, C. M., Bradshaw, C. P., & Feder, K. A. (2017). Preventing the onset of child sexual abuse by targeting young adolescents with universal prevention programming. Child Maltreatment, 22(2), 100–111. https://doi.org/10.1177/1077559517692439
Letourneau, E. J., Schaeffer, C. M., Bradshaw, C. P., Ruzicka, A. E., Assini-Meytin, L. C., Nair, R., & Thorne, E. (2024). Responsible behavior with younger children: Results from a pilot randomized evaluation of a school-based child sexual abuse perpetration prevention program. Child Maltreatment, 29(1), 129–141. https://doi.org/10.1177/10775595221130737
文部科学省「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等について」(特定免許状失効者等に関するデータベースは令和5年4月1日から稼働)
文部科学省「生命(いのち)の安全教育」
榊原禎宏・森脇正博(2024)「教員による『わいせつ行為等』の量的研究─教育行政と学校経営における危機管理のために─」『京都教育大学紀要』No. 145, 131–143.
World Health Organization. ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics, 6C72 Compulsive sexual behaviour disorder.
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