【OSMO360】DJIの興味深いエンジニアリング
DJIをカメラメーカーとして見れば、ジンバル技術が優れた会社である。ドローンメーカーとして見れば、飛行制御アルゴリズムに強い会社である。しかし、BMS(Battery Management System)という視点から眺めると、まったく異なる企業像が浮かび上がる。そこには「エネルギーをソフトウェアで制御する会社」としてのDJIが存在している。
そのことを強く印象づけたのが、Osmo 360用「Battery Extension Rod」の存在だった。

製品名だけを聞けば、単なるバッテリー内蔵の延長グリップである。本体の稼働時間を延ばし、録画ボタンや電源ボタンを備えたアクセサリーという程度の印象しか受けない。しかし、その延長ロッドには専用のファームウェアアップデート機能が用意されていた。
ここで違和感が生まれる。
なぜ「ただの延長ロッド」にファームウェアアップデートが必要なのか。
普通のメーカーであれば、こうしたアクセサリーは一度市場へ送り出したら終わりである。ボタンを読み、電力を供給し、LEDを点灯させる程度なら、小さなマイコンで十分だ。将来にわたるソフトウェア更新を前提とした設計など、コストに見合わない。
しかしDJIは違った。
特殊なキーシーケンスによってアップデートモードへ入り(電源ボタン+録画ボタン同時5秒以上押下)、PCへ接続すると専用ツールからファームウェアを書き換えられる。しかも実際のアップデート内容は、海外ユーザーの報告を見る限り、充電に関する問題の修正だったという。
ここで思い至る。
このファームウェアは単なるボタン制御ではなく、エネルギーマネジメントそのものを担っているのではないか、と。
実際にアップデートファイルを解析すると、その印象はさらに強くなった。
ファイルサイズは約93KB。内部にはビルド情報らしき文字列やCI環境を示唆する情報が含まれており、さらに組み込み向けリアルタイムOSであるZephyr RTOS由来と思われる「Kernel panic」「Stack overflow」「Current thread」「sysworkq」といった文字列も確認できた。
これは非常に示唆的だった。
延長ロッドは単純な電子回路ではなく、RTOS上で複数の処理を同時に実行する独立した組み込みコンピュータとして設計されている可能性が高い。
ボタン入力。
本体との通信。
充放電管理。
状態監視。
LED制御。
エラー処理。
ファームウェア更新。
これらをタスクとして管理する設計は、もはや「アクセサリー」の世界ではない。
もちろん、このファームウェアだけから「これはBMS専用ファームウェアだ」と断定することはできない。むしろ正確には、Battery Extension Rod全体を制御するシステムファームウェアであり、その中にBMSや充電制御に相当する機能が含まれていると考えるほうが妥当だろう。
それでも重要なのは、DJIがエネルギーマネジメントをソフトウェアとして進化させ続ける対象にしているという事実である。
考えてみれば、これはドローンメーカーとしては当然の発想なのかもしれない。
ドローンはバッテリーが停止すれば墜落する。
セル電圧。
温度。
内部抵抗。
劣化。
SOC推定。
飛行可能時間。
これらすべてが飛行安全性と直結している。
つまりDJIは創業以来、バッテリーを単なる電源として扱ったことがない。飛行制御システムの一部として扱ってきたのである。
その文化がOsmoシリーズにも受け継がれている。
だから延長ロッドにも知能を持たせる。
だから発売後も改善し続ける。
だからファームウェア更新機能を最初から搭載する。
ここには製品設計に対する思想が現れている。
興味深いのは、アップデート機構そのものが相当な開発コストを伴うことである。
ブートローダー。
バージョン管理。
通信プロトコル。
リカバリー機構。
更新失敗時の保護(とそのカスタマー対応コスト)。
品質保証。
こうした仕組みをアクセサリーのためだけに実装する企業は決して多くない。
つまりDJIは最初から、「発売後に修正・改善すること」を前提に設計している。
ハードウェアを完成品として売るのではなく、ソフトウェアによって成長するプラットフォームとして設計しているのである。
この思想はAppleにもTeslaにも共通する。
製品は完成してから出荷されるのではない。
市場へ送り出されてから成熟していく。
DJIもまた、その思想をバッテリーという最も目立たない部品にまで徹底している。
だからこそ、DJIをカメラメーカーとしてだけ見ていると、この企業の本質は見えてこない。
ジンバル技術も映像品質も確かに優れている。
しかし、それ以上に興味深いのは、電力という見えないインフラをソフトウェアで統治している企業であるということだ。
エネルギーはもはや受動的な存在ではない。
監視され、学習され、最適化され、アップデートされる。
Battery Extension Rodという、一見すると何の変哲もない周辺機器は、その思想を最も象徴的に表している。
DJIとはドローンメーカーではない。
カメラメーカーでもない。
エネルギーとコンピューティングを統合し、それをユーザー体験へ変換するシステムエンジニアリング企業なのである。
※Appleの純正Magsafeバッテリーパックにもファームウェアが存在し、実際に過去にAppleよりアップデートが配信されていた(参考ブログ:https://www.apple-hacks.com/entry/iphone-air-magsafe-battery-firmware-update)
