私的映画録…「ミュンヘン」2005年 [映画感想文]
あちこちでいろいろな文章を書いたり、本を出したり、セミナーで話したり、Web関連を中心としたPRのディレクションをしたり、音楽作品を出したり、アーティスト紹介サイトの運営をしたり、うさぎの動画を作ったり…なんてことをしているけれど、そのどこでも書けていない、これまでに観た映画等の感想でも書いておこうかと書き始めた第401弾。
今回は、この事件の詳細やそれを実行した側の心情などについても改めて考えさせられた作品「ミュンヘン」のお話。
先に書いておくと、原則としてネタバレとかまったく気にせず書いているので、まだ観てない方やネタバレが気になる方はお読みにならない方がいいかもと思います。
ちなみに先に言い訳しておくと、この感想もだいぶ前に書いているものをちょっとなおして載せているので、まさに今の情報とは違っていることもあるかもしれませんので、そういった点もお許しください(毎回冒頭から言い訳が多い)。
公開:2006年2月4日
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー、エリック・ロス
原作:ジョージ・ジョナス
製作:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ、バリー・メンデル、コリン・ウィルソン
出演者:エリック・バナ、ダニエル・クレイグ、マチュー・カソヴィッツ、キアラン・ハインズ、ハンス・ツィッシュラー、ジェフリー・ラッシュ、イヴァン・アタル、ギラ・アルマゴール、アイェレット・ゾラー、マイケル・ロンズデール、マチュー・アマルリック、等
製作:アンブリン・エンターテインメント、ザ・ケネディ/マーシャル・カンパニー
配給:ユニバーサル、アスミック・エース
ユダヤ対アラブの対立をベースに起こったミュンヘンオリンピックの際のイスラエル選手虐殺事件とその後の報復を描いた映画。
その報復を実行するイスラエル側のチームを主人公にしたストーリーだが、これも極めて悲しい。
こうしたスパイ的な存在は一生安寧を得ることができないものなのかも知れないとこの作品を観て改めて思った。
考えようによってはヤ●ザよりも深度の深い裏稼業だ。
これも結局国同士の争いがあることによって起こる悲しい事象。
アラブとユダヤは、その生存圏を賭けて戦っているだけにさらに凄惨だ。
それはまさに今も続いていてまさに終わりの見えない泥沼の争いになっていると思える。
しかしそれは、発端としては二枚舌(いや三枚舌か…)のイギリス、今はこれは利用するアメリカに責があると感じる。
結局は欧米列強の利害に振り回された結果起こっている既に半世紀を超える闘争。
ここまで長らく戦い続けてしまっては、それを終息させる方法などそう簡単に見つかるとも思えない。
もし表面的に終息できたとしても、底辺に残る恨みの感情は何世代にもわたって暗い影を落とすことだろう。
この世に、欧米民族がいなかったら、ひょっとしたらもっと世の中は平和なんじゃないかとすら思ってしまう。
実際はきっと、彼らがいなければいないで他の民族が彼らの穴を埋めて支配者になろうとするだけなんだろうけど(例えば中国とかね)。
いずれにしても人間がいかに浅はかで酷い生き物なのかと思わされる。
それに加え、神などというものがそもそもまったく機能していないとも思わされる。
この映画は、そうした酷い状況下にあって尚、人間としての感情を残したまま任務を遂行しようとする彼らの揺らぎがとてもよく表現されている。
義務と望みの中で揺れ動き、結果彼らが実はとても怯えいていることがよく伝わる。
だから余計に辛い。
しかしだからこそリアルだ。
観る側の自分たちも目を背けてはいけないと思う。
日本という、現地から離れた地域の、一見平和な国に生まれ育ったからと言って目を背けてはいけないと思う。
そしてこの作品を、スティーヴン・スピルバーグさんというユダヤ系の方が作っていることにも思いを馳せたい。
彼はこの作品によって自らの出自と関係の深いイスラエルをどう描きたかったのだろう。
イスラエルを肯定したかったのだろうか?
いや多分それは違う。
そう思えたのはラスト近くで映るニューヨークの風景に世界貿易センタービルが映っていること。
このビルはあのテロがなければ今もそこにそびえ立っていたであろう象徴的な建物だ。
ここに、イスラエルがどうこうではなく、テロ行為そのものに対するスピルバーグさんの考えを感じることができたと思えた。
そして主人公・アヴナー(演・エリック・バナさん)の拭いきれない不安や緊張感、苦悩が重なる。
そんな作品を観ながら、スピルバーグさんがある意味まともな人で良かったなと思ったりもした。
そういえばこの辺りのスパイや暗殺者の苦しみって、韓国映画「二重スパイ」や「シュリ」でも似たようなことを感じたっけなぁ…おそらくこれに従事している間は高額な報酬をもらってのいわば「仕事」なんだろうけれど、一般の仕事と違って簡単に退職できないし一生なんらかの形で付きまとう。
場合によっては逆に途中で殺される(この作品でも多くの仲間が死んでいく)。
実行者にも復讐心が満たされたり高揚感があったり、なんらか心的なインセンティヴがあるんだろうか?
う〜ん…国の権力者のためにそんな思いをして割りが合うのだろうか?
もっと違う動機や事情があるのだろうか?
もし自分の家族や近しい者が殺されたりしたらきっと強い復讐心が湧くだろう。
日本がどこかの国と戦争して、日本人が犠牲になったら同じように思うんだろうか?…なんとなくこれは思っちゃうかもしれないなぁ。
ふと、ジョン・レノンの「Revolution 1」の歌詞の一説を思い出した。
「Don't you know that you can count me out, in?」
和訳すると「知らないの? 私は参加しないよ…するかも?」なんて感じかなぁ…。
これに対してジョンはインタヴューで「要は分からないってことだ」とか答えてた。
そう、この作品で描かれているテロ行為はすべて嫌いだと思うし、すべて無くなればいいと思っているけれど、しかし自分が当事者になるとその時自分がどういう選択をしてしまうかは分からないってこと。
同じようなこととしては、「ゴジラ」の芹沢教授(演・平田昭彦さん)がオキシジェン・デストロイヤーを使うことに追い込まれるあたりで言っていたセリフも同じだなぁ。
「人間は弱いものだよ。(中略)俺が死なない限りどんなことで再び使用する立場に追い込まれないとも限らない。」
…こんなことと結びついて、この「ミュンヘン」はより一層考えさせられる作品になっていると思えるなぁ…。
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