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【ホムンクルス】なぜ今読むべき傑作なのか?トレパネーションが暴く人間のトラウマ

いつものご挨拶

普段は、漫画を描いておりますが、漫画を描いていると言う事は漫画を読むことも大好きでして・・・漫画や小説、映画などの感想や考察などもnoteとは別のブログで書いていました。
チョッと趣向を変えて、そのブログの記事を加筆修正したものをご紹介します。


早過ぎた傑作

鬼才「山本英夫」先生が「殺し屋1」のあとに連載した作品「ホムンクルス」。
連載当初には、本当に色んな所で考察記事を見かけました。
当時はまだ連載中であったため、その考察自体がどこまで真に迫っているかは分からないままでした。
時は流れ、この名作も無事完結。

ところが、完結以降現在に至るまで、物語全てを読んだ上での考察と言うものが何故かほとんど存在していません。

それは余りにも勿体ない。

この作品自体の持つ強烈な警告を含んだテーマは、連載当初こそ警告でしたが、今となっては事実となってしまっています。

正に早過ぎた傑作。

だからこそ、今、この時代に「ホムンクルス」と言う物語と真摯に向き合い、読み解くべきではないでしょうか。

そんな高尚な気持ちで書いた訳では全くないのですが、結果的にそう感じざるを得ない何かが、この作品にはあると信じています。

今回の記事は、2024年7月14日から数日間にかけて私のブログ「超コツコツ日記」で更新した【マンガを大考察シリーズ「ホムンクルス」】に加筆修正したものになります。

思いっきりネタバレしております。
漫画「ホムンクルス」を未読の方は、ご注意ください。

ここから先は、ブログの文章の転載なので口語文っぽくなっています。



マンガの考察をしてみたい

少し前の記事で、「漫画の考察をやってみたい」と書いた。

で、その後、何の作品で考察を書こうかなぁ~漫画をペラペラ読みながら考えてた。

最初に浮かんできたのは、「進撃の巨人」と「ハンターハンター」だったんだけど、この辺りの漫画については、考察と言うよりは伏線回収についての解説にしかならないよな。と。

同じ理由で、「ヒストリエ」もなしか。

そもそも完結してない漫画の場合、後からの付け足し要素が増えるだろうしね。

あと、めっちゃ長い漫画もしんどいよな。

そんな事を考えてて、ちょうどいいと思ったのは「亜人」だった。

これなら丁度いい位の巻数で完結してるし、伏線がどうのこうのと言う面倒くさい事にとらわれずに、「そもそも、生と死について」みたいなテンションでツラツラ書けるかなと思った。

ある程度読み直した。

流石に面白い。

特に「佐藤」のキャラは、ホントここ数年の敵役では断トツで良いキャラクターだよ。

実写版で綾野剛が演じる佐藤の「ながいく~ん」も大好き

ただ、読み終わって思った。

ほぼ考察の余地がない。

きっと作者が完璧主義者なんだろう。

物語が完全な形で終わっている。

それは途轍もなく凄い事なんだけど、考察も解説も必要ない。

読めばわかりますよね。って話。

「亜人とは?」とか「IBMの存在とは?」みたいな話なんて、ぶっちゃけてしまえば「漫画内の設定です」で終わってしまう。

そりゃあそれを、なぜこの設定を作ったかと言う制作の裏話にまで広げれば書けるんだろうけど、今回やりたいのはそう言う事じゃない。

みたいなことを考えたら、たまたま「亜人」の横に並べていた「ホムンクルス」が目に入った。

ホントたまたま横にあった

コレ良いんじゃね?

読み直してみたら、凄く絶妙。

長さもちょうどいいし、完結してるし、ちゃんと読者に妄想の余地をたっぷり残してくれているし。

これこそ考察に丁度いい漫画じゃありませんか。

と言う事で、「ホムンクルス」を考察していこうと思った次第でございます。

ゴメン・・・前置きが長くなった・・・

「ホムンクルス」と言う漫画

まずチョッとだけ、「ホムンクルス」と言う漫画の説明を・・・

『ホムンクルス』は、山本英夫による日本の漫画作品。2003年より『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載。2008年28号以降休載していたが、2009年34号より連載再開、2011年12月号をもって完結。

新宿西口の一流ホテルとホームレスが溢れる公園の狭間で車上生活を送るホームレス・名越進は、医学生・伊藤学に出会い、報酬70万円を条件に第六感が芽生えるというトレパネーションという頭蓋骨に穴を開ける手術を受けることになった。その手術以降、名越は右目を瞑って左目で人間を見ると、異様な形に見えるようになった。伊藤によると「他人の深層心理が、現実のようにイメージ化されて見えているのではないか」と言い、彼はその世界をホムンクルスと名付けた。そして、名越は様々な心の闇を抱える人達と交流していく。

出典 wikipedia

そんな漫画だ。

ありがとう。ウィキペディアさん。

もう少し詳しく知りたい人は、漫画を買って読んでください。

とにかく頭のおかしくなる漫画だと思う。

人間にとってかなり根源的な問題に切り込んだテーマ性は、ホント読む人によっては発狂するんじゃないだろうかとさえ思う。

永遠のテーマ「自由意志」

さて、本作において何を考えるか。

トレパネーションがどうなのかとか、第六感がどうなのかと言う話や、オカルトな話については、今回は置いておこうと思う。(そう言うの大好きなんだけども・・・)

実際、この物語においてその辺りの事象はあくまでも、物語のテーマを展開するための添え物でしかない。

この物語自体のテーマはどう考えても「自分と言う存在」

これしかないと、オレは思っている。

実生活において、「自分と言う存在」の意義について深く思考し、瞬間瞬間の行動を決めている人間がどれほどいると言うのか。

それは哲学の永遠のテーマの一つである「自由意志」にまで遡る問題だとさえ思う。

以前、拙作「Gの世界」を描いた時、この自由意志について言及したことがある。

当時描いた自由意志について言及したページ(「Gの世界」36話:Gーレポート(1)より)

つまり脳に意思を決定する機能はそもそも無くて、意思を決定しているものは脳以外の「何か」である事が分かっちゃった。と。

以前「サムライ8」について書いた時に取り上げた、いわゆる「サムシンググレート」(サム8の中では不動明王)こそが、意思を決定している「何か」だ。としたら・・・と言う妄想でございます。

「トレパネーション」と言う強制と矯正

恐ろしい事に、脳は自分の意志を決定していないと言う事が分かってきたらしい。

では、自分の存在とは、一体どうやって作られたものなのか

自分はこの世界に本当に存在しているのか。

そもそもこの世界は本当に存在しているのか。

この問題について、どこまでも考え続けていくと、おそらく人は発狂してしまう。

だから、その問題を考えないようにして日々を生きている。

そんな人間を、この問題に強制的に向き合わせようとする行為が、「ホムンクルス」と言う作品の中では「トレパネーション」だった。と、まぁ、そんな話ですよ。

そして、その自分自身と言う存在を具現化したものが「ホムンクルス」と言う状態。

「ホムンクルス」と向き合う事によって「自分と言う存在とは何なのか」と言う問題自体と向き合い、取り合えずであれ、その答えを得る。もしくは、答えに迫ることが出来る。

それは、ある意味で救済であると同時に、ある意味で絶望にもなりえる。

それが、この漫画の雑誌掲載上の最終回の最後の見開きにある「ここは天国か?地獄か?」と言う言葉に繋がっていくんだろう・・・と思う。

この漫画におけるヒロイン「伊藤学」も、自分と言う存在の根底にあったものと向き合う事で本来の自分を取り戻し、自分自身の存在を自分で肯定することが出来た半面、そのために絶望する事になる。

まさに「ここは天国か?地獄か?」

組長さん、女子高生、伊藤学と一人一人見ていっても良いんだけど、きりがないので、やっぱりここは「名越」にとってのホムンクルスをもう少し掘り下げて考えていきたいと思っております。

答えを書いていない作品

「ホムンクルス」と言う漫画には、分かりやすい答えは書いてない

読者に考える余地をたっぷり残してくれている漫画。

それを心地いいと思う人と、気持ち悪いと思う人の2つに絶対的に分かれると思う。

この作品の評価が賛否両論になってしまったのが、このせいなのは間違いない。

心地いいと思う人は、今で言う所の「しりあがり寿」先生みたいな漫画とかが読んでいて楽しいんだと思う。オレもそう。

方舟はホント名作

逆に気持ち悪いと思う人は、やっぱり少年漫画的な気持ちいい読後感のある漫画が読んていて楽しんだと思う。オレもそう。

大正義「ワンピース」

どちらにも共通する事は、自分で見つけるにせよ、作者さんが用意してくれるにせよ、答えを自分の中に持てると言う事

完結するまでは、その答えを持つことが出来ないから、未完の作品ってモヤモヤするんだよ。

聞いてますか。冨樫先生。萩原先生。・・・岩明先生、お疲れさまでした。

なので、ここから書く事はあくまでもオレの中の答えでしかない。

その前に、多分、誰もが分かっている事実を羅列しておこう。

確定しているだろう事柄

〇「ななみ」と「ななこ」は別人

結局、「ななみ」は「ななこ」が整形した姿だったの?それがばれない為に頑なに拒否したの?と思うかもしれないけど、ここは別人で間違いないはず。

お腹の子どもの事を知っていたから、同一人物と言う見方をする人も居るかも知れないけど、「ななみ」と「名越」は同じような経験を持つことでホムンクルスが見えていると言う事なので、「ななみ」もおそらく「さとし」の子どもを妊娠した上で、逃げられていたのだろう。と読む方が正解だと思う。

ななこ
ななみ

〇「ななみ」はセックスの後死亡した

名越にトレパネーションを施された後、激しいセックスをしたため(もしくは、手術段階で失敗していた?)、その後ホテルで死亡しているはず。

そうじゃないなら、あの傷口から出血する描写をわざわざ描く必要はないって。

ここで「ななこへ」と書いているけど、この女性はななみ

〇「伊藤」は「名越」に恋をしていた

途中経過はともかく、自身を救ってくれた名越に対して、伊藤は恋をしていた。

ここに恋愛要素が絡まないのであれば、伊藤が性同一性障害を持っているという設定自体が必要ないと思う。(もしくは、その設定のための色んな展開を作って丁寧に描写する必要はないと思う。)

それに、最期に伊藤が警察を呼ぶシーンがオレの中では、「ヒミズ」のラストで茶沢さんが住田の為に警察を呼ぶシーンと酷似して見えたんだよね。

「ヒミズ」は中学生の頃バイブルのように読んでいた

名越はあれから1年の間に、第2・第3のななみを見つけて、トレパネーションによって殺害している可能性もある。

もしくは、このままセルフトレパネーションを続ける事で名越自身が死んでしまう事を恐れた可能性もある。

どちらにしても、自分がきっかけで最愛の人をこれ以上苦しませたくないという気持ちで警察を呼んだという解釈に変わりはないかと。

〇名越はホムンクルスを見ていた

作中何度も伊藤が「幻覚だ」「妄想だ」「プラシーボ効果だ」と言っていたけど、実際に名越には「ホムンクルス」は見えていたはず。

そうでなければ説明のつかない描写が作中で、くどい位繰り返されている。

伊藤が「経験にあるものしか見えない」と言った後に、経験のないものがしっかりと描写される。

作者の上手い所は、経験が無かったはずなのに見えていたホムンクルスの中に、「実は名越が忘れていただけだった」事実を時々提示することで「結局どっちなんだよ」と読者に思わせているところ。

ただ、最後の最後「イタさん」のホムンクルスで、完全に経験にあるはずもないものを提示することで、「実際に見えていたこと」を説明してくれてる。・・・はず。

〇名越は整形しているエリートサラリーマン

作中で、「虚言癖がある」と散々言われているけれども、名越自体の過去については、作中に出てきた通り。

実は整形前の顔や記憶を改竄して、それすらも忘れている、

本名はサトシで、ななみのホムンクルスの顔が本当の名越の整形前の顔。

「ななみ」はやっぱり「ななこ」と言う見方はさすがに捻りすぎだと思う。

考察していく

とにかく作中にミスリードが多くて、結局どれが真実なのか分からないので、まずはここを確認しておく必要がある。

あるんだけど、この確認だけで、めっちゃ長くなってしまった・・・

まぁしょうがないか。

と言う事で、確定している事実を羅列したところで、実際に、名越のホムンクルスについて、やっとこさ考察を進めていきましょうね。

「徹底考察」と銘打ちながら、上記のような展開と出来事をなぞるだけのものが本当に多い。

ここからが「考察」なんだよ。

ここまでは「解説」ですよ。

みたいな言葉遊びは置いておくとして・・・

視点と言う重要な要素

一応、単行本13~15巻の内容を基に見ていきましょうね。

この漫画では、コマ内の表現の「視点」がコロコロ変わっている事に注意しなければいけない。

基本的には名越の視点で進んでいくんだけど、それ以外に誰の視点でもない客観的視点と、ななみの視点が点在している。

漫画を読む上での記号の一つに視点と言うものがある。

キャラクターを描写された時の視点の高さから、その視点がどのキャラクターのものなのかを感じ取り、読者は知らず知らずのうちにそのキャラクターに感情移入するようになる。と言う、漫画とかアニメでは基本的なテクニック。俗にいう「カメラワーク」と言う奴。

「ホムンクルス」の場合、名越の視点の高さとななみの視点の高さで描かれるキャラクターの見え方や表現自体が変わってくる。

作者の優しさなのか、配慮なのか、表現(見え方)が変わらないキャラクターについては、そのキャラ視点の描写を一切していない。

作中においてはあくまでも、「ホムンクルス」が見えている人間だけ限定的に視点の高さが作られている

その観点から、改めて15巻の後半部分を読んでもらいたい。

名越の視点
客観的視点

ちゃんと、視点に合わせてそれぞれの登場人物の顔が変更されてる。

ところが、最終巻の最後32ページのエピローグでは、これまでとは打って変わって明らかに意図的にキャラクターの視点の高さで描かれたコマが存在しない。

全てのコマが客観的な視点での描写のみに終始している。

唯一違うのは、見開きの刑事の絵だけ。

そして、このシーンだけは名越の視点の高さで描かれていて、ちゃんと全てのキャラの顔が名越の顔になっている。(この部分はあえて掲載してないので、お手持ちの単行本で確認してくれぃ!)

伊藤の顔が名越になっていないのは、エピローグの段階で伊藤の問題は解消されていたからだと読む人も居るかも知れない。

でも、これはあくまでも名越の視点の描写じゃないからで、おそらく名越の視点で見れば女装した名越の顔が写っていたはずだと思う。

これまでは、ホムンクルスが見える人間と見えない人間がいたのに、最終巻308ページ以降は基本的に全ての人間が名越の顔になっている。

それなのに、322~323ページの俯瞰の見開きでは人の顔が名越の顔になっていない。

名越視点では基本的に全ての顔が名越になっている
この見開きページは俯瞰の構図
誰も名越の顔にはなっていない

この辺りから見ても、名越の視点になった時だけ、登場人物の顔が名越になっていると言う見方で良いと思う。

「ホムンクルス」と言う漫画を読み解く上で、このコマ毎の視点の高さを意識すると言う行為は、実に重要な意味を持つ。

なぜなら、この作品においては、普通の漫画における、セリフ、コマ割り、絵に加えて、それぞれの視点でのモノの見え方と言う要素が追加されているから。

この作品だけの要素を見落として、普通の漫画と同じ読み方をしてしまうと、コマ毎に表現が変わる事で混乱していき、結果として、難解で良く分からない漫画になってしまう。

難解な漫画ではないんだよ。

確かに、明確な答えは書いてくれていない。

でも、事実を一つずつ並べて、視点を解読していくと、驚くほど読みやすくなるのは事実だと思う。

名越のホムンクルス

長くなってきたので、そろそろ本気で本題に入ろう。

名越のホムンクルスについてだ。

ホムンクルスはその人のコンプレックスを具現化したもの?

名越にはホムンクルスが見える人と見えない人がいた。

伊藤は、それを名越自身のトラウマとリンクした時に見えているものだと説明していたけど、これ自体はミスリードの可能性が高い。

作中では、散々色んな人物について、具現化したホムンクルスからその人物の過去とか深層心理を読み解く、と言う展開が繰り返されてきた。

この事からも、少なくとも名越に見えていたホムンクルスの正体は、その人が抱えているコンプレックスに起因するものであることは分かる。

実際に、深層心理を読み解きコンプレックスを解消すると、その人のホムンクルスは見えなくなる

ただその度、名越自身にそのホムンクルスが乗り移るように具現化する。

前述の「自由意志」の話をオカルト的に解釈すると、自分以外の誰かが自分の意志を決定しているという考え方が出来る。

でも、その「自分以外の誰か」を、例えば自分の過去の経験を含めた周囲の環境だと考えれば、つまらない書き方だけれども「サムシンググレート」何かよりも現実的な気がしてくる。

名越自身の人生は、おそらく何のトラウマもなく、特に何かがあった訳でもない普通の何でもない人生だったはず。

今の社会を生きているほぼ全ての人間に当てはまる事象だと思う。

人間と言うのは、とかくヒロイックに語りたがる

そして、本当にヒロイックな人生を送ってきた人間に対して、それをコンプレックスに思う。

それこそが、名越のホムンクルスだったんじゃないだろうか。

自分が特別な人間でありたい

実は何でもなかった経験を無理やり自分のトラウマであったと改竄し、自分と言う存在がヒロイックで特別な存在だと思いたい。

「自分の事を親がブサイクと言った。それが強烈なトラウマだから整形をするしかなかった。」と言ったように本当は、何でもない出来事を大げさに自分の中で理由づけて、自分を特別なものにしようとしていた。

あれだけ散々引っ張った「ななこ」から離れた理由も、最後の最後で吐露したのは「ブスとクリスマスに一緒にいたくなかった」と言う、どうしようもなく陳腐なものだった。

自分と言う世界に中身はない。形だけしかない。

だから、中身を持つ人間を見る事に取りつかれ、そう言う人間の真実に触れることで、自分自身が経験したかのようにそのホムンクルスを自分に移してしまう。

それが、名越のホムンクルスの正体

自分とは何なのか

自分だけはその辺にいる通り一辺倒の人間とは違う。自分だけは特別な人間だと信じて疑わなかった。

それなのに、いつになっても特別な人間であると言う「何か」が起こらない

整形をしてまで特別な人間になろうとしたのに、それでも特別たらしめる「何か」は起こらない。

気が付けば、普通の人間になるしかなかった。

自分の存在とはいったい何なのか

自分と言う存在が消えてしまったとしても、それがこの世界に対して何の影響を与える事もない。

自分が存在する必要も意義も何も見出せない

存在を確かめるため、自らの手首を切る思春期の少女のように、自分の精子を貪ってさえも存在を感じられない。

もちろん、周りの誰にも見出してもらえない。

行きつく果てにあったのは、自分で自分の存在と意義を見出す事だった。

だから、自分自身とセックスをして、自分自身と会話して、自分自身しか見えない世界に没入していった。

念願だった自分と言う存在を見出してもらえると言う天国。

自分と言う存在を自分で見出すしかなかったと言う地獄。

自分で自分を肯定し、自分の存在を自分で認める事でしか、この世界で生きていく術がない。

それこそが最後の最後に名越が考えた「ここは天国か?地獄か?」と言うセリフに繋がるとしたら、実にキレイな結末だと思う。

意思の介入によって作られる空虚な存在

今、自分が持っている「もの」は自分で選んだものなのか。

今、自分が考えている「価値」は自分で判断した価値なのか。

今、自分が考えている「理想」は自分で夢見た理想なのか。

情報が溢れかえり、ほぼ全ての人間が自ら発信できるようになった現代において、その自らを肯定している「何某か」は、本当に自らで選び決めたものなのか

それは、いつかの誰かから移ってきた、自分以外のホムンクルスではなかったのか。

作者さんが読者さんに訴えたかったのか、そんな強烈な問いかけだったのかもしれない。

自分が着ている服やヘアスタイル、持っている小物、住んでいる場所、働いている仕事、食べている食事・・・その他全てのものを改めて見直したとき、自分の存在や自分の意志がそこにどれほど介入できているのかと考えると、発狂してしまう人がもしかしたら多くなっているのかも。

ネットやSNSで誰かに勧められたものを買い、メディアが取り上げられた流行に乗り、垂れ流される動画で情報を得た気になり、そこそこだと思っているその人生の中に、果たしてどれだけ「自分と言う存在」が介入しているのか

近年、特に顕著にこの現象は起こり続けている。

まとめると・・・

誰かの意志の介入によって同じように形作られた、自分と言う存在を持てない空虚な人間。

それが現代社会における多くの人間であり、その象徴として作られたのが、他人のホムンクルスが次々と自分に移っていく名越と言う存在だった

最期に言い訳を

これはあくまでも「オレは、ホムンクルスって漫画をこう読んだよ」と言う体で、好き勝手書いてきたので、これが合ってるか合ってないかみたいなお話では決してない。

と、最後にチョッとだけ言い訳をして、長々と書いてきた「ホムンクルス」と言う漫画の考察は終わりと言う事にしておこう。

漫画の考察・・・やってみて分かった。

面白いと言えば面白いんだけど、内容が長いので考察もべらぼうに長くなってしまう・・・

映画とかの方が2時間くらいの内容でがっつり深掘り出来るので、程よく気楽にできていいな。と思いましたよ。ええ。ええ。


終わりに

以上が、2024年7月に私が書いた「ホムンクルス」の考察になります。

本文中でも書いていますが、とにかくこの「ホムンクルス」と言う作品については、「考察」と書きつつ、作品の魅力を紹介していたり、出来事を羅列していたりする場合が本当に多いと感じていました。

なぜ名越には他の人のホムンクルスが移るのか。

なぜ最終的に名越の顔ばかりになってしまったのか。

そもそもホムンクルスとは何だったのか。

と言った、本来作者が考えてほしかったであろう問いかけに対する、本当の意味での考察は、私の知る限り見たことがありません。

今回の考察は、あくまでも私はこの話を読んで、こういう感想を持ったよ。と言うものでしかなく、そこには議論の余地がありまくっています。

ただ、議論出来るからこその考察なんだと。そんな事を思っていたりします。

今回も、最期までお読みいただきありがとうございました。


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