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船で海を渡り、私はこの住まいを選んだ。― 異国で家族と暮らすという決断

私たちは十三年前、飛行機ではなく船で韓国へ渡った。

通常であれば空路で数時間の距離だが、ある程度の荷物を運ぶ必要があり、大阪から釜山行きの船に乗った。春先の海はまだ冷たく、甲板に立つと潮風が頬を刺した。

東日本大震災から一年後のことだった。

当時、仙台に住んでいた私たちは被災した。

それが直接の理由ではない。だが、あの日を境に、人生の優先順位が静かに変わったことは確かだった。

2012年3月10日。

長女の中学校卒業式が終わるや否や、私たちは住み慣れた仙台を後にした。

港に着いたとき、整然と並ぶ韓国の高層アパート群が目に入った。

「ここに、住むのか。」


建築を仕事にしてきた私にとって、それは単なる街並みではなかった。

ひとつの“住文化”そのものだった。



最初の家

韓国に移住を決めたとき、決まった仕事があったわけではない。

特別なあてもなかった。文字通り、ゼロからの出発だった。

一人なら無謀でも構わなかったかもしれない。

だが私たちは家族五人だった。

それでも子どもたちは迷わず「行く」と言った。

その言葉に、今でも感謝している。

最初に住んだ家は、2LDKの小さな賃貸だった。

広さよりも、とにかく生活を始められることが条件だった。

周囲には半地下住宅も残っていた。映画『パラサイト 半地下の家族』で世界的に知られるようになったあの空間だ。

私たちの家は半地下ではなかったが、決して余裕のある住まいではなかった。

それでも、そこには確かに“始まり”があった。



韓国の住文化の違い

実際に住んでみて、違いははっきりと見えてきた。

まず、オンドル(床暖房)が当たり前であること。

ソウルの冬は厳しい。漢江が凍るほどの寒さだ。

だが家に入れば半袖で過ごせる。

日本では床暖房はまだ特別な設備であることが多い。

韓国ではそれが標準だ。

日本は空気を暖める。

韓国は床を暖める。

身体の下から温まる感覚は、生活の質そのものを変える。

もう一つはトイレと浴室の構成だ。

日本では分離型が主流だが、韓国では湿式一体型が一般的である。

どちらが正しいという話ではない。

住文化とは、身体感覚の積み重ねなのだと実感した。



二番目の家

一年後、私たちは3LDKの賃貸に移った。

面積は倍近くになった。

韓国の高額保証金制度(チョンセ)により、保証金を多く預ける代わりに家賃は抑えられた。

空間は広く、効率的な平面だった。

南北両側に多用途バルコニー空間があり、日本とは異なる住戸構成だった。

だが、その家は暗かった。

昼間でも十分な光が入らず、休日に遅く起きると時間の感覚が曖昧になるほどだった。

そこで気づいた。

住まいは面積ではない。

光であり、空気であり、感覚なのだと。



購入という決断

ある日、大家から連絡があった。

「家を売る。」

つまり、退去の要請だった。

韓国では珍しくない出来事だ。

契約上は住み続けることもできたが、私たちは次を探すことにした。

そのとき初めて考えた。

どうせ家賃として出ていくお金なら、家を買うという選択もあるのではないか。

土地を買って設計する時間はない。

条件は「すぐ住めること」。

いくつもの新築住宅を見て回り、今の家に出会った。

間取りは一般的だ。特別な家ではない。

だが、光の入り方と空間の抜けが違った。

家族がそこに立ったとき、空気が柔らかかった。

それで十分だった。

家具を選び、テーブルにこだわった。

私も妻もノートブックを広げて作業する生活だ。

くつろぐ家というより、広げる家。

気づけば、私たちらしい空間になっていた。



震災からの学び

震災は、家を壊したわけではない。

だが、価値観を揺さぶった。

暖房のない夜。

家族が同じ空間にいることの意味。

住まいとは、美しさではない。

「守られている」という感覚そのものだと知った。

だからこそ、最終的に私たちが選んだのは、

広さでも価格でも間取りでもなく、

ここでなら、家族を守れると思えた場所だった。

住まいを選ぶとは、

人生の優先順位を選ぶことなのだと思う。

そして今、私はあの日の港を思い出す。

あのとき見た高層アパート群の風景は、

ただの建物ではなかった。

それは、私たちがこれからどう生きるかという問いだったのだ。


あなたにとって、住まいとは何だろうか。


はじめまして。
韓国在住の建築家 Shinji です。

このnoteでは
・日韓の住文化
・建築の見方
・韓国の住宅事情
などを建築家の視点で書いています。

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