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​「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」

みんな大嫌い、恐怖のイヤイヤ期。
先日6歳になった次男は、その終焉を迎えつつある。

これがどれほど喜ぶべきことか、イヤイヤ期の子育てを体験していない人には、なかなか想像がつかないだろう。

イヤイヤ期とは、平たくいえば、子どもが何でも自分のルールでやりたがり、手順をひとつでも間違うと、TPO関係なくスクリームしてひたすら路面に転がり続ける、そんな時期である。一度、地面に伏してしまうと、芯が抜けた土囊のように持ち上げるのもひと苦労だ。  

「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」   

南斗鳳凰拳の伝承者サウザーはこのイヤイヤ期のインスピレーションを伝承していたに違いない。どれほどの人にこんな北斗の拳ネタが通じるのか心配だが、どうか分かったフリをして。   

あの煩雑極まる体験は、言葉で理解するものではない。僕自身、親としてその身に体感して、初めて内実が分かった。  

まず、街中で絶叫して倒れ込んでいる子どもに対し、基本的に為す術はない。下手なおためごかしは、驚くほど通用しない。仮に、即座に沈静化しようとするなら、こちら(親)が分かりやすく何かを譲歩せざるを得ないのだ。

譲歩して失うものが、教育理念なのかお金なのか、徒労なのかは様々だが、誰も好き好んで我が子を地面に這いつくばらせたくはない。  

そんな葛藤の中で親たちは、安易に妥協せず我慢を教えるため、数秒後に発せられる公の場での絶叫ないし横転(便宜上『イヤイヤスクリーム』という)とこれに起因する周囲の不寛容な視線を、不承不承、引き受けていることがある。   

相手が大人であれば、怒りと正義感に身を委ねて北斗神拳を叩き込んで麻袋に放り込めばいいのだが、子どもにそうはいかない。
親の教養、冷静さ、判断力…できるだけ穏当にこの事態を解決する総合的なチカラが試されるのだ。しかし、非常にストレスがかかるので、正直、投げ出したくなる瞬間もある。  

加えて、この年頃の子どもはとにかく迂闊(うかつ)な生き物である。

放っておけば、至るところに頭を打つし、人にぶつかったり、道路に飛び出したり。言葉を選ばずに言えば、彼らは全力で死にに行く。
親の心配の全てを塵芥に帰すような圧倒的な向こう見ず。トラップ床の囲繞地に置かれた宝箱を見るや否や、何のためらいもなくその毒床を踏みしめて突き進んでしまう…愚かな勇者なのだ。

HPが1になるその前に、ちゃんとトラマナ唱えようぜ、ちゃんと赤信号は止まろうぜ、ちゃんと約束は守ろうぜ、ちゃんと人に迷惑をかけたら謝ろうぜ…そんなのが教育だ。親はときにイヤイヤスクリームの発生を確信しつつも、子どもの行動を的確に制御し、教育的指導を行わなければならないのである。これが、マジで辛いときがある。 皆さまも、街中でイヤイヤスクリームに出会ってもどうか笑顔で見逃してほしい。  

サウザーがケンシロウとの戦いの果てに  

「もう一度ぬくもりを…」  

と涙を流して、愛が何かを思い出したように、彼らのイヤイヤ期もいつかは終わり、親の愛に耽る……なんてことにはならない。

はい、息子をもつお母様方へ、ここから非情なお知らせです。    

「母さん、たくさん迷惑かけたね。今までありがとう」  

結婚式で手紙を読むような娘と違い、息子はこんな言葉ようよう言いません。思ってはいても、見栄っ張りで臆病なので、言えない。  

いつか、息子がこんな言葉を発するとしても、数十年は待たなければならない。親の愛が「無償」とは、まさにこういうことです。

思えば、僕が母に対し、先のような感謝をストレートに言葉にしたのは、母が亡くなる数日前。しかも、母はすでに呼吸が荒く、意識も混濁した状態でした。その声が母に届いたかも確かではない。
自分のことながら遅すぎると思うが、息子というのは、それくらいに愚かな生き物なのです。

もし、あなたが息子からそれを聞けたときは、ひとりの夜にこれまでの苦労を走馬灯のように思い浮かべ、その日々の輝きを噛み締めて、後生大事に記憶のハコにしまってください。

生涯に一度きりかもしれませんからね。

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