妻に疑われた男の深い悲しみについて
ある晩、僕が仕事から帰宅し遅れて夕飯を食べていると、妻が
「え、なんかう○ちの臭いがする!!」
と言うやいなや、真っ先に僕のご飯茶碗に盛られた白飯の匂いを嗅ぎにきて「ちがうなぁ」と首を傾げた。
その直後、ごく自然な流れを装い、僕の口の臭い(スメル)を確かめようとしたのだ。躊躇なく。
このとき、僕の抱いた深い哀しみをお分かりいただけるだろうか。
「そんなことで……ケツの穴の小さい男だよ。こういう人間からは腐臭がするって、昔から言ったもんですぜ。間違っちゃいませんよ奥さん。」
そう即断する御仁もいるだろう。しかし、是非一度、あなたの社会的立場や家庭での建前などを全て捨象して、冷静に想像してみてほしい。
ご飯中にあなたのパートナーが
「落とし物(排泄物)の匂いが部屋に充満しておる。犯人は誰ぞ!」
と声を上げながら、迷うことなくあなたの目の前のご飯の匂いを確かめにやってきたその具体的場面を。
いや、あなた方の言いたいことは分かっている。
「赤ちゃんの排泄物が炊きたてのご飯の匂いと似ている」
という噂がある。いや、現にいくらか似ている。これは後で妻から実際になされた抗弁である。
よしんばこれを是としても弁解のしようのないミスが次にある。
【設問1】この臭いの原因は何?
①もしやご飯?
②でなければ夫の口臭か(←アウト)
コナンもびっくりのとんだ名推理である。そもそも「排泄物の臭いがする」という事象に関して、真っ先に疑うべき原因は(赤ちゃんのいるご家庭であれば)赤ちゃんのおしめであるが、妻はそれすら確かめずに近づいてきた。ええ、分かってますとも。ここは被告人に有利に解釈しましょう。おそらく妻はその数分前にオムツ替えを済ませており臭いの元が赤ちゃんの排泄物である可能性はない、と踏んだのだろうと。
しかし、早々に夫の口臭を疑った。
本件の争点はこれに尽きる。
ここで仮に、僕の口臭が人をして気絶させるくらいの代物だったとしても重要なのはそこではない。いや、そうであれば個人的には重大すぎる問題なのだが、尚更、そのデリケートで気の毒な事実に関しては思い遣りをもって接してほしい。
憤慨する僕に対し、妻は
「いや、赤ちゃんの!あくまで赤ちゃんう○ちの臭いだよ!!」
と弁解したが、敢えて反論するまでもなく失当である。
僕がかつて「少年バスケ界の阿佐田哲也」と恐れられた強メンタルの持ち主だったからよいものの、人が人なら、ショックのあまりこの日から家庭で口を開くことができなくなり、手の震えからネクタイも結べなくなり食事も喉を通らず
「生きてーることが…辛いなら…いっそ小さく…死ねばいい…」
とうわ言のように直太朗を口ずさみ、ついには布団から起き上がることもできなくなった、まるで生きる屍のように……なんて結末もあり得たのではありますまいか!ありますまいかぁぁ!!
……つい取り乱してしまいました。
しかし、世の奥方様におかれましては、不摂生で不埒なあなたの夫も(あえてここは言い切らせてください)存外マジナイーヴな生き物だということを肝に銘じていただき、円満な夫婦生活の維持に努めてほしいと切に思います。
