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サダミツ・ニール・フジタについて

代表作のDave Brubeck Quartet – Time Out。(個人所有)

サダミツ・ニール・フジタ(Sadamitsu Neil Fujita)の名前を知る日本人は、おそらく本当にごくわずかだろう。でも実はアメリカのデザインやアート、音楽の歴史に名を刻む偉大なアートディレクターであり、近代主義の画家であり、グラフィックデザイナーだ。世界で最も売れたジャズアルバムの一つ、デイヴ・ブルーベック『Time Out』のこの抽象的な絵画とジャケットのデザインを手がけた人物である。

こちらは映画GOD FATHERのサントラレコード。この印象的な操り人形のロゴを手掛けた。実際は本の装丁をされた。(個人所有)
こちらはカポーティの「冷血」のサントラレコード。こちらも当時は本の装丁をされた。(個人所有)

さらにアメリカ映画史に燦然と輝く『ゴッドファーザー』のあの象徴的なロゴを生み出したのも、他ならぬニール・フジタなのである。そしてアメリカを代表する作家トルーマン・カポーティのベストセラー「冷血」の装丁も手掛けているのだ。

COLUMBIA RECORDSのWalking Eye

さらに、実はこれもあまり知られていない事が、米コロンビア・レコードのメインロゴ「Walking Eye」の原型を作ったのもフジタである。「デザイナーへの道」に記載があった。

唯一日本語訳の出ている本人の著作。1972年発売。(個人所有)
「デザイナーへの道」に掲載されている自作のロゴ紹介。右上が1954年に作られたコロンビア・レコードの Walking Eyeの原型のロゴ。ここからリファインされたロゴが現在でも使われている。
これがTIME OUTのラベルの6-eye。左上のインナースリーブのWalking Eyeはすでにアレンジされている。

1954年にデザインされたこのロゴは、ウィリアム・ゴールデンがCBSのためにデザインしたロゴにインスピレーションを得て作られたそうだ。何度かのリファインを経て、今も米コロンビアレーベルの顔として世界中で使われている。僕自身、長年レコード屋をやり、Walking Eyeが並んだ2-eyeや6-eyeなどのラベルを見たり、フジタが手掛けたジャケットアートは毎日のように目にしていたものであった。しかし、調べるまではそれらがいずれもフジタによるものだとは夢にも思わなかったのである。


“戦争と差別”を越えて

ニール・フジタの経歴を辿ると、必ずぶつかるキーワードが「戦争」と「差別」だ。彼はハワイ生まれで、ロサンゼルスのシュイナード美術学校(現カリフォルニア芸術大学)で学ぶ最中に真珠湾攻撃が起こる。その直後、ただ日系人であるという理由だけで、ハートマウンテン強制収容所に差別的に抑留された。その後「収容所に残るか、軍に志願するか」の選択を迫られ、彼は米軍の第442連隊戦闘団へ入隊し、ヨーロッパ戦線に配属された。復員後は再びシュイナードに復学しアートの道を諦めなかった。
その後、フィラデルフィアの広告代理店に在籍中に大手広告賞を取得、コロンビア・レコードのデザイナーだったウイリアム・ゴールデンの目に留まり、コロンビア・レコードのアート・ディレクターとして招かれる。しかし、その時にかけられた言葉が象徴的だ。「ニール、もしこれをやれば、長年私たちと協力してきた2つのスタジオから仕事と収入を奪うことになる。だから、多くの問題に直面することになる。まず、あなたは日本人だから、ニップやジャップなど、あらゆる悪口を言われるだろう。それでもできるのか?」“Neil, if do this, you’ll be taking work and income away  from the two studios that have been working with us for many years, so you’re going to meet up with a lot of crap.  First of all, you’re Japanese and you’re going to be called all sorts of names, from Nip to Jap and everything else.  Do you still want to do it?” "」と念を押されたという。当時のアメリカではまだ日本人に対する差別意識は根深かった。1961年の映画『ティファニーで朝食を』の中でさえも“ユニオシ”役が、まさにステレオタイプの日本人としてコミカルに描かれていた時代である。そんな中でニール・フジタは前向きにデザインと向き合い、数々の名作を世に送り出すことになる。(「ティファニーで朝食を」もトルーマン・カポーティ作)

モダンジャズ期のブルーノートとコロンビア、ジャケットのデザイナーは同窓生だった


ここでまた興味深い事実がある。ブルーノート・レコードのデザイナー、リード・マイルズと、ニール・フジタは、同時期にシュイナード美術学校に通っていたとされている。同窓生だった可能性が高いのだ。卒業後、それぞれがブルーノートとコロンビアという異なるレーベルで才能を発揮し、同じ学校の出身者同士がレコードジャケットの分野で競い合ったのも非常に興味深い点だ。

記憶と記録の風化

これほどの業績がありながら、日本ではニール・フジタの名は次第に忘れられている。アメリカンカルチャーを象徴する数々のデザインを手がけた人物が、日本人をルーツに持つという事実には、調べるほどに驚かされる。彼の作品からは自由な発想と新しさが感じられるが、こうしたグラフィックデザイナーの存在は長らく日本で語られることがなく、今では忘れ去られていたと言っていい。だからこそ、レコード屋としてその足跡をあらためて掘り起こし、書き記しておきたい。

レコードジャケットは、時代ごとのトップクリエイターたちが手掛けている。最先端のデザインが表現されてきた場でもある。ニール・フジタも、まさにその流れの中で活躍したデザイナーの一人だと思う。

今後は、彼が実際に手掛けたジャケットやロゴなどの代表作を具体的に紹介したい。埋もれてしまったデザインの歴史を、もう一度見直すきっかけとなれば幸いである。


【参考文献】

S. Neil Fujita - Wikipedia


「グラフィックデザイナーへの道」S.ニール・フジタ 著ほか. 誠文堂新光社, 1972, 10.11501/12428007.https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I12428007


S. Neil Fujita: An Illustrative Life

Neil Fujita obituary

Reid Miles - Wikipedia

Waxing Chromatic:  An Interview with S. Neil Fujita November 2, 2010.



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