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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝|下巻・第十四章 再審/二度目の判決/ラ・ピュセルの死

【アナトール・フランス『ジャンヌ・ダルクの生涯』完訳プロジェクト】1908年発行の名著を、膨大な独自注釈とともに現代日本語で蘇らせる個人翻訳プロジェクトです。継続的な活動維持と出版支援のため、一部を有料公開としています。

▼総合目次・リンク集:なぜ、21世紀に『ジャンヌ伝』を完訳するのか

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⚠️字数が多い(14,000字)ため、訳者の裁量で小見出しをつけています。

14.1 再び男装した理由(1)異端審問官とイングランド兵

 次の日曜日(判決から3日後)、すなわち三位一体の祝日に、ジャンヌが再び男装したという噂が立った。その知らせはルーアンの城から、大聖堂の陰に聖職者たちが住む狭い路地へと急速に広まった。ただちに公証人と補佐官(陪審員)たちは野原を見下ろす塔へと急いだ。

 城の外庭には数百人の兵士がいて、彼らは脅迫と罵声を浴びせながら一行を迎え入れた。[910]

 この連中は、裁判官たちが古き良きイングランドに名誉を、フランスに不名誉をもたらすために裁判を進めてきたことをまだ理解していなかった。

 これまで頑なに自身の信条を曲げなかったアルマニャック派の乙女(ラ・ピュセル)が、ついにみずからの欺瞞を告白させられたということが何を意味するのか、彼らはわかっていなかった。

 ジャンヌの有罪判決、すなわち「シャルル・ド・ヴァロワは異端者に導かれて戴冠した」ことが公然の事実となり世界中に知れ渡ることが、イングランドにとってどれほど大きな利益となるか、彼らには見えていなかったのだ。

 いや、この野獣のような連中が理解できたのは、自分たちの心に恐怖を植え付けた虜囚の少女を焼き殺すことだけだった。彼らは博士や教授たちを「裏切り者、偽りの助言者、アルマニャック派」と呼んだ。[911]

 城の庭に、プティ・コーの大執事(Archidiacre)で国王の顧問官を務める法令学士のアンドレ・マルグリー[912]がおり、何が起こったのかを尋ねていた。

⚠️大執事・総代官(英:Archdeacon/仏:Archidiacre):司教に次ぐ高い管理職。

 彼はこの裁判において非常に勤勉で、ジャンヌを狡猾な小娘だとみなしていた。[913] この日は、今しがた起こったことについて、専門家として判断を下すことを望んだ。

「ジャンヌが男装しているのを見たというだけでは不十分だ。彼女が再び男装した動機は何だったのかを知る必要がある」

 アンドレ・マルグリーは雄弁な演説家で、コンスタンツ公会議における輝かしい指導者の一人だった。

⚠️コンスタンツ公会議:1414〜1418年にかけて神聖ローマ帝国のコンスタンツで開催されたカトリック教会の公会議。3人いた対立教皇を1人に集約させ、教会大分裂を終わらせた。

 しかし、兵士のひとりが彼に向かって斧を振り上げ、「裏切り者! アルマニャック派!」と叫ぶと、マルグリーはそれ以上何も言えずに、そこから急いで立ち去り、ひどく具合を悪くして寝込んでしまった。[914]

 翌日、25日の月曜日、副審問官が数人の博士と教授とともに城へやって来た。
 書記官のギヨーム・マンションが呼び出された。彼はひどく臆病者だったので、ウォリック伯の兵士の一人に護衛されなければ、あえて来ようとはしなかった。[915]

 彼らは、ジャンヌが男の衣服、つまり胴着《ジャーキン》(袖なしの革ベスト)と短いチュニックを身につけて、断髪した頭をフードで覆っているのを見つけた。彼女の顔は涙に濡れ、ひどい苦しみで歪んでいた。[916]

14.2 再び男装した理由(2)ジャンヌ自身の証言

 ジャンヌは「いつ、なぜこの服を身につけたのか?」と尋ねられた。

「たった今、男の服を着て、女の服を脱ぎ捨てたばかりです」

「なぜそれを着ているのか? 誰がそうさせたのか?」

「自分の意志で、誰にも強制されることなくこれを着ました。女の服よりも男の服を着る方がずっと楽です」

「あなたは男の服を着ないと約束し、誓ったではないか」

「男の服を着ないと誓いを立てるつもりは決してありませんでした」

「なぜそれ(男装)に戻ったのか?」

「男たちに囲まれているなら、女の服を着るよりも男の服を着た方がふさわしいからです。……私がそれ(男装)に戻ったのは、ミサに行き、聖体拝領を受け、鎖から解放されるという約束が守られなかったからです」

「あなたは撤回を誓約し、この服を捨てて二度と着ないと約束しなかったか?」

「鎖に縛られているよりは死んだ方がましです。ですが、もしミサに行くことを許され、鎖から解放されて、(教会の)恩寵の牢獄に入れられ、私と共にいる女性を与えられるなら、私は善良な心で教会の命令に従います」

「木曜日(判決の日)以来、あなたの『声』は聞こえたか?」

「はい」

「彼らは何を告げた?」

「彼らは私に、『神は、聖カタリナと聖マルガリータを通して、私が同意してしまった裏切りに対する痛切な憐れみを持っている』と知らせました。私は命を惜しんで撤回と誓約に同意したが、命を救うことで魂を失うことになるのだ、と。
 木曜日より前に、私の『声』は、私に何をすべきか、そしてその日に私が実際に何をしたかを告げていました。処刑台の上で、私の『声』は、説教者に大胆に答えよと告げました。彼は偽りの説教者です……。彼は、私がやってないことをたくさん言いました。もし私が『神は私を遣わしていない』と言ったら、私は罪を犯して地獄に落ちるでしょう。神が私を遣わしたのは事実です。
 それ以来、私の『声』は、私が告白することで、決して犯すべきではなかった大きな悪事を犯したと告げました。私が言ったことはすべて、火刑への恐怖から発したものです」[917]

 ジャンヌは痛切な悲しみの中でそのように語った。

 ずっと後になって、書記官1人と聖職者2人によって語られた、「暴行未遂に関わった修道士たち」の話はどこだ?[918] また、ジャン・マシューが語った「ペチコートを見つけられなかったジャンヌが、看守たちの前に裸で現れないためにショース(ズボン)を身に着けた」などと、本気で信じることができるだろうか?[919]

 真実はまったく異なる。
 ジャンヌ自身が、勇敢かつ率直に告白しているではないか。

 彼女は、みずからの信条を曲げた撤回の誓約を、これまで犯した最大の罪として悔いた。死への恐怖から嘘をついた自分自身を許すことができなかった。

 サントゥアン墓地での説教の前に、彼女の「声」は「ジャンヌは(みずからの信条を)撤回するだろう」と予言していた。その声が、今またジャンヌのもとにやって来て、「彼女の裏切りに対する痛ましい哀れみ」を語った。

 彼らはジャンヌ自身の心の声であるのだから、それ(ジャンヌの内面)以外のことを言えるだろうか? ジャンヌはこれまでずっと、犠牲と禁欲を勧められるたびにいつも「声」の言うことに耳を傾けてきたのだから、彼らの言うことを聞き入れないことなどあり得ただろうか?

 ジャンヌが男装に戻ったのは、彼女の「天の評議会」に従ったからだ。ジャンヌは、天使と聖人を否定するという代償を払ってまで、自分の命をあがなうつもりはなかった。だからこそ、ジャンヌは心と魂を込めて、撤回の誓約に反発したのだ。

14.3 再び男装した理由(3)楽しいごちそう

 それでもなお、男の服を残しておいたことについて、イングランドは重大な責任がある。

 もしそれを着れば、ジャンヌは必ず死ぬのだから、彼女から取り上げておく方がより人道的だっただろう。男の服は袋に入れられていた。[920]

 看守たちは、ジャンヌに幸福な日々を思い出させる服を、彼女の目の前に置くことで、再犯を促したのではないかとさえ疑われている。彼らはジャンヌのわずかな所持品のすべてを、粗末な真鍮の指輪さえも取り上げていたが、彼女にとって死を意味するその一揃いの男の衣服だけは例外だった。

 また、教会の裁判官たちにも責任がある。ジャンヌを教会の牢獄に入れることは不可能だと予見していたなら、投獄の判決を下すべきではなかったし、執行できないとわかっていた苦行を命じるべきでもなかった。

 同様に、ボーヴェの司教と副審問官にも非難されるべき責任がある。
 なぜなら、彼らは、ジャンヌの罪深い魂のために嘆きのパンと苦難の水を処方したにもかかわらず、このパンと水を与えず、彼女を残酷な敵の手に屈辱のうちに引き渡したからである。

**

 ジャンヌが「神は、聖カタリナと聖マルガリータを通して、私が同意してしまった裏切りに対する痛切な憐れみを私に知らせた」という言葉を発したとき、ジャンヌはみずからの命を犠牲にすることを完遂した。[921]

 司教と異端審問官は、今こそ法に従って手続きを進めなければならなかった。しかし、尋問はもう少し長く続いた。

「あなたは自分の『声』が聖マルガリータと聖カタリナだと信じているのか?」

「はい、それらは神から来ています」

「王冠に関する真実を語りなさい」

「私が知る限り、裁判ですべての真実を話しました」

「処刑台の上で、撤回の誓約をした際、あなたは私たち裁判官と多くの人々の前で、そして民衆の面前で、自分の『声』は聖カタリナと聖マルガリータであると偽って自慢したことを認めたではないか」

「私はそのようにしたり、言ったりするつもりはありませんでした。私は自分が見た幻影を否定しませんでしたし、聖マルガリータと聖カタリナではないと言うつもりもありませんでした。私が言ったことはすべて火刑への恐怖からで、真実に反しないことは何も撤回しませんでした。これ以上牢獄で苦しみに耐えるよりも、死ぬことによって、一度きりの贖罪をすることを選びます。どんな撤回を強いられたとしても、私は神と信仰に反する行為は決してやってません。私は『撤回の誓約書』の意味を理解していませんでした。ですから、神の意志でない限り、何も撤回するつもりはありません。もし裁判官が望むなら、私は女の衣服に戻ります。ですが、それ以外のことは何もしません」[922]

 牢獄から出てくると、ボーヴェ司教は、多数の人を伴ったウォリック伯に出会った。

 司教は彼に「さらばだ。ごちそうを楽しんでくれたまえ(Farewell. Faites bonne chère.)」と言った。言い伝えによれば、笑いながら「終わった! 彼女を捕まえたぞ」と付け加えたという。[923]

 この言葉は間違いなくボーヴェ司教のものだが、笑っていたかどうかは定かではない。

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