教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝|下巻・第八章 ボーリューのラ・ピュセル/ジェヴォーダンの羊飼い
【アナトール・フランス『ジャンヌ・ダルクの生涯』完訳プロジェクト】1908年発行の名著を、膨大な独自注釈とともに現代日本語で蘇らせる個人翻訳プロジェクトです。継続的な活動維持と出版支援のため、一部を有料公開としています。
▼総合目次・リンク集:なぜ、21世紀に『ジャンヌ伝』を完訳するのか
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【この章のポイント】
- パリ大学と異端審問官は身柄引き渡しを要求
- フランス陣営の祈りとジャンヌへの非難
- 聖痕を持つ羊飼いの少年がジャンヌの後継者に
8.1 ジャンヌ捕縛の知らせ(1)パリ大学と審問官の反応
ジャンヌがブルゴーニュ軍の手に落ちたという知らせは、5月25日の朝にパリに届いた。[429]
翌日26日、パリ大学はブルゴーニュ公フィリップに召喚状を送り、フランス大審問官の副審問官(Vicaire-général de l'Inquisiteur)に捕虜を引き渡すよう要求した。
⚠️副審問官(Vicaire-général de l'Inquisiteur):パリ大学の総代理(代理総長)だが、異端審問の文脈では「大審問官の任務を代行・補佐」する立場を意味する。
同時に、副審問官自身も手紙で、「異端の疑いがある数々の罪で告発されている若い女を自分の前に連れてくるように」とこの手強い公爵に命じた。[430]
「……偉大なる君主よ、私たちは心からの愛情をもってあなたに懇願します」と彼は語りかける。
「そして、あなたの
高貴な家臣たちにも懇願します。
彼らとあなたによって、
ジャンヌが確実に、速やかに
私たちのもとに送られますように。
あなたが信仰の真の守護者、
神の栄光の擁護者として、
そうしてくれることを願っています……」[431]
フランス大審問官(ジャン・グラヴラン)の副審問官を務めるマルタン・ビロレー修道士[432]は、神学の修士であり、説教者修道会に所属していた。この修道会の会員は、聖なる職務の主要な機能を担っていた。
ローマ教皇インノケンティウス三世の時代(12世紀末〜13世紀初頭)、異端審問がカタリ派とアルビジョワ派を根絶していた頃、ドミニコ会(Dominicani)の修道士たちは、修道院や礼拝堂の絵画の中で「白地に黒い斑点のある大きな猟犬(神の犬:Domini canes)」として描かれ、異端のオオカミの喉に噛みついていた。[433]
15世紀のフランスでは、ドミニコ会は常に「主(神)の犬」であり、司教たちと協力して異端者を追い詰めた。
ただし、大審問官と副審問官は、自らの判断で司法手続き(裁判)を始めたり、訴訟を起こすことはできなかった。司教たちは、教会に対する罪を裁く権利を保持していた。
信仰に関する裁判、すなわち「異端審問」は裁判官2人によって行われた。ひとりは司教自身または司教の代理人が務め、もうひとりは異端審問官または代理人(司祭)が務めた。異端審問の形式が遵守された。[434]
*
乙女(ジャンヌ・ラ・ピュセル)を異端審問にかけるように促したのは司教だけではなかった。「国王の娘」あるいは「学問の母」と呼ばれ、フランスとキリスト教世界の輝く太陽「パリ大学」も、だ。
パリ大学は、パリ市内および近郊で発生した異端やその他の教義問題について、独自の管轄権を主張した。「パリ大学の助言」はあらゆる方面から求められ、十字架が立てられた場所であれば全世界どこでも権威があった。
この一年間、パリ大学の教師や博士たちは、豊かな人数と、健全な学識を備えていたが、「乙女(ラ・ピュセル)を異端審問に引き渡すことは、教会の福祉に役立ち、信仰の利益にも資する」と強く主張してきた。
なぜなら、彼らは、「乙女は神から遣わされたのではなく、悪魔の策略によって欺かれ、誘惑されたのだ。神の力ではなく悪魔の力によって行動し、魔術にふけり、偶像崇拝をしている」という根深い疑念を抱いていたからである。[435]
パリ大学の識者たちが熟知している「神に関する知識と推論」は、この重大な疑念を裏付けていた。
彼らは必要に迫られて、または自分自身の意向で「イングランド・ブルゴーニュ派」だった。
彼らはトロワ条約(当時王太子だったシャルル七世を廃嫡し、フランス王位をイングランドに明け渡す条約)の誓約を忠実に守り、彼ら(パリ大学関係者)に深い配慮を示したイングランド摂政ベッドフォード公に忠誠を誓い、世界で最も美しい彼らの街を荒廃させたアルマニャック派を忌み嫌っていた。[436]
彼らは、王太子シャルルがユリの王国(フランス)に対する権利を失ったと考えていた。
それゆえ、彼らは、王太子シャルルの女騎士であるアルマニャック派の乙女が、忌まわしい悪魔の一団に操られていると信じる傾向があった。
大学の学者たちは人間だった。自分たちの利益になることを信じた。
彼らは司祭でもあり、どこにでも悪魔を見出したが、特に女性の中に見出した。
彼らは、ジャンヌの言動を深く吟味することなく、ただちに調査を要求するのに十分な情報を得ていた。
ジャンヌは「神の使者、神の娘」を自称し、おしゃべりで、虚栄心が強く、狡猾で、派手な身なりで現れた。そして、イングランド人に向かって「フランスから立ち去らなければ皆殺しにする」と脅迫した。
彼女は軍隊を操って同胞を殺害する無謀な人物だ。そして、扇動的だ。
反対派を支持する者は誰であろうと、「扇動的」と見なされるのではないだろうか?
つい最近、異端者かつ反逆者であるリシャール修道士[437]と共にパリの前に現れて、パリ市民を容赦なく殺すと脅迫し、聖母マリアの降誕祭の祝日に都市を攻撃するという大罪を犯した。
これらすべての言動について、ジャンヌが善良な霊(spirit)に触発されたのか、邪悪な霊に触発されたのかを調べることは重要だった。[438]
8.2 ジャンヌ捕縛の知らせ(2)ボーリューへ移送、脱走失敗と「声」の反応
ブルゴーニュ公フィリップは、教会の利益に強い愛着を持っていたにもかかわらず、パリ大学の切実な要求に応じなかった。
(ジャンヌの身柄を預かっている)リニー伯ジャン・ド・リュクサンブール卿は、コンピエーニュ包囲の前線にある自陣営でジャンヌを3〜4日ほど留め置いた後、数リーグ離れたヴェルマンドワ伯領のボーリュー城へ移送した。[439]
⚠️リーグ/リュー(英:league/仏:lieue):陸上の距離をあらわす単位。徒歩1時間で進む距離のことで、時代・地域・個人によって定義が異なるが、本書の換算基準は1リーグ(リュー)=2.5マイル=4キロ。
リュクサンブール卿は主君(ブルゴーニュ公)と同様に、常に「母なる教会の従順な息子」に見えたが、持ち前の慎重さから、イングランドとフランスの接触を待ち、それぞれが見返りに何を提示するかを見極めるよう助言された。
*
ボーリュー城で、ジャンヌは丁重かつ儀礼的に扱われた。
コンピエーニュでともに捕らわれた執事(従騎士)ジャン・ドーロンは、牢獄でジャンヌの世話をしていたが、ある日、哀れみを込めて言った。
「あなたが深く愛したあの哀れなコンピエーニュの町は、今ごろフランスの敵の手に渡り、彼ら(敵)に従わざるを得なくなるでしょう」
ジャンヌはこう答えた。
「いいえ、そんなことは起こらない。天の王が私を通して征服し、美しいシャルル王への忠誠を取り戻した場所は、敵にひとつも奪われたりしない。王はそれらを熱心に守るでしょうから」[440]
ある日、ジャンヌは板の間をすり抜けて脱走しようと試みた。
衛兵を塔に閉じ込めて、野原へ逃げようとしたが、門番に見つかって阻止された。ジャンヌは「今回は神の意志が脱出を望んでいなかった」と結論づけた。[441]
ジャンヌの気性は、絶望するにはあまりにも自尊心が強すぎた。
ジャンヌの「声」は、これまでに驚くべき出会いや騎士道的な冒険に夢中になったときと同じように、今度は「イングランド王に会わなければならない」と告げた。[442]
このようにして、ジャンヌの「夢想」は不幸が続く中でも彼女を励まし、慰めていた。
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