教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝|上巻・第二章 声
【アナトール・フランス『ジャンヌ・ダルクの生涯』完訳プロジェクト】
1908年発行の名著を、膨大な独自注釈とともに現代日本語で蘇らせる個人翻訳プロジェクトです。継続的な活動維持と出版支援のため、一部を有料公開としています。
▼総合目次・リンク集:なぜ、21世紀に『ジャンヌ伝』を完訳するのか
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【この章のポイント】
- ジャンヌの「声」の正体と聖女たちの導き
- 聖職者による「予言」の影響と政治的背景
- ドンレミ村での孤立と最初の一歩
2.1 天使と聖女たち
さて、ジャンヌが13歳くらいの頃、ある夏の日の正午のことだった。父親の庭にいると、大きな恐怖を呼び起こすような声を聞いた。
その声は右側、教会がある方から聞こえ、同時に同じ方向に光が現れた。
その声は次のように告げた。
「私は、おまえが善良で聖なる人生を送るのを助けるために、神のもとから来た。[254] ジャネット、良い子でいなさい。そうすれば神はおまえを助けてくださるだろう」
空腹は幻覚症状を促す。ジャンヌは断食を習慣にしていたが、飢えで衰弱するほどではなかった。
その日の朝、彼女は食事を断っていたのだろうか。もしそうなら、最後に食事をしたのはいつだったのか? それはわからない。[255]
また別の日、その声は再び語りかけ、繰り返した。
「ジャネット、良い子でいなさい」
その子は、その声がどこから来るのか分からなかった。
しかし三度目に、耳を傾けているうちに、それが天使の声であることを知り、さらにその天使が聖ミカエル(ミシェル)だと認識した。
ジャンヌは彼をよく知っていたので、間違えるはずがなかった。
聖ミカエルはバル公爵領の守護聖人だった。[256]
ジャンヌは時々、教会や礼拝堂の柱に、兜に王冠を戴き、鎖を編んだ甲冑を身につけ、盾を携え、槍で悪魔を突き刺している美しい騎士の姿をした聖ミカエルを見ることがあった。[257]
ある時は、魂を量るための天秤を携えた姿で描かれていた。なぜなら、彼は天上の司祭にして楽園の守護者であり[258]、天軍の指揮官であると同時に、審判の天使でもあったからである。[259]
聖ミカエルは、高地を愛していた。[260]
そのため、ロレーヌ地方ではトゥールの町の北にあるソンバール山に、聖ミカエルに捧げる礼拝堂が建てられていた。
はるか遠い昔、聖ミカエルはアヴランシュの司教の前に現れ、「盗賊に隠された雄牛を見出すであろう場所、すなわちモン・トンブ(墓の山)に教会を建てるように」と命じた。その建物の敷地は、その雄牛が踏み歩いた全範囲を含むとされた。
⚠️モン・トンブ(Mont. Tombe):モン・サン=ミシェルの土台となっている岩山。直訳すると墓の山。先住民のケルト人が信仰する聖地だったといわれる。
モン・サン=ミシェル(聖ミカエル)・オ・ペリル・ド・ラ・メール修道院は、このお告げに従って建立された。[261]
ジャンヌがこれらの幻視を見ていた頃、モン・サン=ミシェルの守備隊は陸と海から要塞を攻撃していたイングランド軍を撃退した。
フランスの人々はこの勝利を、大天使の全能なる計らいによるものだと考えた。[262]
格別の信心をもって聖ミカエルを崇拝していたフランス人たちを、彼がひいきにしないことがあり得ようか?
聖ドニが自分の修道院(パリ郊外にある王家の霊廟)をイングランド軍に奪われるのを許したからには、みずからの修道院を厳然と守り抜いた聖ミカエルが、フランス王国の真の守護聖人になろうとする勢いだった。[263]
1419年、王太子シャルル(シャルル七世)は、完全武装して抜き身の剣を手に持ち、蛇を退治している姿の聖ミカエルを描いた紋章を作らせた。[264]
しかし、ドンレミ村の乙女(ジャンヌ)は、聖ミカエルがノルマンディーで起こした奇跡については、ほとんど知らなかった。
彼女は、その武器、その礼儀正しさ、そしてその唇から発せられた高貴な言葉によって、その天使を聖ミカエルだと認識した。[265]
ある日、彼はジャンヌにこう言った。
「聖カタリナと聖マルガリータがおまえのもとに来るだろう。彼女たちの助言に従いなさい。なぜなら、彼女たちは、おまえがなすべきすべての事柄において、おまえを導き、助言を与えるよう定められているからだ。彼女たちが言うことを信じなさい」
そして、主が定められた通りに、これらのことは実現した。[266]
この約束はジャンヌを大いに喜ばせた。なぜなら、彼女は二人の聖女を愛していたからだ。
2.2 聖マルガリータの伝説
聖マルガリータ(マルグリット)はフランス王国で非常に崇敬されており、多大なる恩恵をもたらす聖女だった。
彼女は出産する女性を助け[267]、野良仕事に従事する農民を守護した。
また、亜麻の糸紡ぎ、乳母の仲介者、羊皮紙の加工職人、羊毛の漂白職人たちの守護聖人だった。
聖遺物箱に納められた彼女の尊い遺骸は、ラバの背に乗せられて、聖職者たちによって町や村を練り歩いた。
聖遺物に触れる許可を得る見返りとして、展示者には多額の寄付[268]が降り注いだ。
ジャンヌは、教会で聖マルガリータの姿を何度も見ていた。それは等身大に描かれ、手に聖水撒きを持ち、足で竜の頭を踏みつけていた。[269]
ジャンヌは、当時語られていた聖マルガリータの来歴をよく知っていたが、それはおおよそ次のような物語だった。
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祝福されし聖マルガリータ(マルグリット)はアンティオキアで生まれた。
彼女の父テオドシウスは異教徒の司祭だった。
彼女は乳をもらうために里子に出され、密かに洗礼を受けた。
十五歳になったある日、乳母の羊の群れを見張っていたところ、総督オリブリウスがマルガリータを見かけ、その類まれな美しさに心を奪われ、激しい情熱を抱いた。そこで彼は召使いたちに次のように命じた。
「あの娘を連れて来るように。もし、彼女が自由民なら妻とし、奴隷なら召使いとしよう」
彼女が連れて来られると、オリブリウスは出身、名前、宗教を尋ねた。
彼女は、名はマルガリータで、キリスト教徒であると答えた。
するとオリブリウスは彼女に言った。「おまえのように気高く美しい娘が、どうして十字架にかけられたイエスなどを崇拝しているのか?」
マルガリータが「イエス・キリストは永遠に生きています」と答えたため、総督は怒って彼女を投獄した。
翌日、総督はマルガリータを呼び出し、目の前に連れ出されてくるとこう言った。
「哀れな娘よ、自分自身の美しさを惜しむがよい。自分のために改宗して、我らの神々を崇拝しなさい。もしおまえが無分別な世迷言に固執し続けるなら、おまえの体を八つ裂きにしてくれよう」
するとマルガリータは、「イエスは私のために死を受け入れました。私はイエスのために喜んで死にましょう」と答えた。
そこで、総督はマルガリータを拷問にかけ、木馬に吊るし、棒で叩き、鉄の爪で肉を裂くように命じた。処女の体からは、澄んだ泉から清水が湧き出るかのように血が流れ出した。
そばにいた人たちは涙を流し、総督はその血を見ないようにマントで顔を覆った。そして彼女を解放し、牢獄へ連れ戻すように命じた。
マルガリータは牢獄でスピリットから試練を課され、自分が立ち向かわねばならない敵を明らかにしてくださるようにと、主に祈った。
すると、巨大な竜が現れて、マルガリータを食らい尽くそうと突進してきたが、彼女が十字架の印を結ぶと竜は姿を消した。
次に、マルガリータを誘惑するために、悪魔は男の姿に化けて現れた。男は優しく彼女に近づき、手を握りながら言った。
「マルガリータ、おまえがしたことはもうそれで十分だ」
しかし、マルガリータは男の髪をつかんで地面に投げ飛ばし、右足を男の頭上に乗せて叫んだ。
「震えるがよい、傲慢な敵よ。おまえは今、女の足の下に伏しているのだ」
翌日、集まった群衆の前で、マルガリータは裁判官の前に引き出された。裁判官は彼女に、偶像に生贄を捧げるよう命じた。
マルガリータが拒否すると、裁判官は燃え盛る松明で彼女の体を焼かせたが、彼女は痛みを感じていないかのようだった。
この奇跡に驚いて、すべての群衆が改宗するのではないかと恐れたオリブリウスは、この祝福されし聖マルガリータの首をはねるよう命じた。
彼女は処刑人に語りかけ、「兄弟よ、斧を取って私を打ちなさい」と言った。
一撃で、彼は彼女の首を斬り落とした。
彼女の魂は、鳩の姿になって天へと飛び去った。[270]
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この物語は、歌や神秘劇の中で語られてきた。[271]
あまりにも有名な話だったので、総督の名前は、冗談めかして貶められ、嘲笑の対象となり、世間一般では自慢屋や威張り散らす人に与えられるあだ名となった。
悪党の真似をする愚か者も、オリブリウスと呼ばれた。[272]
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