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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝|上巻・第十二章 オルレアンのラ・ピュセル

【アナトール・フランス『ジャンヌ・ダルクの生涯』完訳プロジェクト】1908年発行の名著を、膨大な独自注釈とともに現代日本語で蘇らせる個人翻訳プロジェクトです。継続的な活動維持と出版支援のため、一部を有料公開としています。

▼総合目次・リンク集:なぜ、21世紀に『ジャンヌ伝』を完訳するのか

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【この章のポイント】
- ジャンヌと軍指導層の対立と誤解
- サン・ルー砦の陥落と初勝利
- 「聖女」と「魔女」の二面性

12.1 左岸か右岸か(1)行軍ルートの誤解

 4月28日木曜日の夕方、ジャンヌはオリヴェの丘から、オルレアンの町の鐘楼、サン・ポール教会とサン・ピエール・アンポン教会の塔を一望することができた。そこから見張り番がジャンヌの到来を知らせた。

⚠️サン・ピエール・アンポン教会(Saint-Pierre-Empont):オルレアン市内のブルゴーニュ通りとポテルヌ通りが交差する北西角にあった教会。聖ペテロ・アンポンとも。

 軍隊はロワール川に向かって斜面を下り、ブーシェの波止場で立ち止まった。

 一方、荷馬車と家畜は川岸に沿ってさらに進み、1リーグ(2.5マイル/4キロ)上流にあるシェシーの対岸、イル・オ・ブルドン(マルハナバチ島)まで進んだ。[922] そこで荷降ろしをする予定だった。

 見張り番からの合図を受けて、「オルレアンの私生児」卿は、ティボー・ド・テルムや他の何人かの隊長をつれて、ブルゴーニュ門から町を出て、サン・ジャン・ド・ブレイで小舟に乗り、輸送隊を指揮していたジル・ド・レとアンブロワーズ・ド・ロレの両卿と協議するために川を下ってきた。[923]

オルレアン包囲戦の見取り図(PLAN D'ORLÉANS
 Siège de 1429)

 一方、乙女(ジャンヌ・ラ・ピュセル)は自分が左岸のソローニュ側にいることにようやく気づき[924]、行軍ルートについて騙されていたと思いこんで、悲しみと怒りに取り憑かれた。

⚠️行軍ルートについて補足
ジャンヌが希望した「ラ・ボース経由の右岸ルート」:ロワール川の北側。地図の左上に、オルレアンを包囲する敵の堡塁がいくつか築かれているのが見える。敵と遭遇する可能性が高い。
実際に行軍した「ラ・ソローニュ経由の左岸ルート」:ロワール川の南側。シャルル七世の勢力下につき安全だが、町に入るには川を渡らなければならない。

 ジャンヌがラ・ソローニュを経由する左岸ルートに導かれたのは確かだ。
 しかし、それは意図的に行われたことだったのか?
 彼らは本当にジャンヌを欺くつもりだったのか?

 言い伝えによると、ジャンヌはラ・ボースを経由する右岸ルートを希望し、「ジャンヌ、ご安心ください。ラ・ボースを通ってご案内します」という返事を受け取ったといわれている。[925]

⚠️ラ・ボース(La Beauce):ボース平野。パリの南西部からロワール渓谷に広がる穀倉地帯。

 だが、そんなことがあり得るのだろうか?
 王から護衛を任され、すでに仲間の多くに敬われている「聖なる乙女」を騙してこのように弄ぶだろうか?

 彼らの中に「ジャンヌは本物の聖人ではない」と侮り、嘲笑した者がいたのは事実だ。
 しかし、もしそのうちの誰かが、ラ・ボース経由をラ・ソローニュ経由と偽ってジャンヌに伝えたとしても、彼女の誤解を解く者はひとりもいなかったのだろうか?

 ジャンヌの従軍司祭パスケレル修道士をはじめ、司祭や執事、そして誠実な従騎士ジャン・ドーロンが、このような不謹慎な冗談に加担するだろうか?

 すべてが、非常に不可解だ。

 よく考えてみれば、ジャンヌが「ラ・ボースを経由してオルレアンに行きたい」と明言した件が、もっとも不可解だろう。

 ブロワを出発してすぐ、ブロワ橋を渡った時点でラ・ソローニュに入ったと全く気づかないほど、ジャンヌは地理に疎かった。そんな彼女が、オルレアンの位置を正確に把握し、南から入るか西から入るかをみずから選ぶ可能性はかなり低い。

 オルレアンに入る門の名前以外、行軍ルートについて何も知らなかったジャンヌが、「悪意のある隊長にそそのかされて誤ったルートを選ぶように仕向けられる」というのは、まるでマザーグースのおとぎ話のようだ。

(⚠️マザーグースのおとぎ話のようだ:ジャンヌとフランス軍を「無知な少女をだます悪い男たち」というステレオタイプな寓話に当てはめることを、著者は批判している)

12.2 左岸か右岸か(2)ジャンヌとオルレアンの私生児の対面

 ジャンヌはオルレアンについて、バビロン(紀元前の古代都市。聖書ではバベル)について知っているのと同程度しか知らなかった。

 したがって、何か誤解が生じたのだろうと推測できる。

 ジャンヌは「ソローニュ」とも「ボース」とも言わなかったのではないか?
 ジャンヌの「声」は、イングランドは「budge(動かない/譲歩しない)」と告げていた。その一言以外に、町のビジョンも地図も計画も見せなかったのだから、兵士たちからすれば「ジャンヌから行軍ルートの提案」など与えられていないも同然だ。

 おそらくジャンヌは、(対面してすぐ)オルレアンの私生児に繰り返した言葉を、ブロワ出発前に隊長と司祭たちに言ったのだろう。

「私はタルボットとイングランド軍のところへ行かなければならない」

 それに対して、司祭と隊長はざっくばらんにこう答えた。

「ジャンヌ、私たちはタルボットとイングランド軍のところへ行くつもりだよ」[926]

 オルレアンまでどのルートを経由して到着しようが、包囲を指揮するタルボットが目の前にいることに変わりない。だから、彼らは、ジャンヌにうそをついているつもりはない。

 しかし、どうやら彼らはジャンヌが言ったことを十分に理解していなかったようで、ジャンヌもまた彼らの返事の真意を理解していなかった。

 ジャンヌは今、自分が砂と川の水によって町から隔てられていることに怒りと悲しみを感じていた。

 このとき、ジャンヌは何に腹を立てていたのだろうか?
 当時ジャンヌと一緒にいた人々はその理由がわからなかったが、精神的で神秘的なものが理由だったために誤解が生じたのだろう。

 軍隊と食料をソローニュ経由で運んだことが軍事的に間違っているかどうか、ジャンヌには判断できなかったはずだ。

 ジャンヌは地理を知らない。最良のルートがどれかを判断することは不可能だ。
 敵の規模も、包囲する軍の堡塁の位置も、包囲される町の防衛手段も何も知らなかった。

 ジャンヌは、川のどちら側に町があるかをようやく知ったばかりだったが、それでも不満を抱く十分な理由があると思ったようだ。ジャンヌは、迎えにきた「オルレアンの私生児」卿に近づくと、鋭い口調で問い詰めた。

「あなたがオルレアンの私生児?」
「そうです。あなたの到着を嬉しく思います」
「私を町の対岸に来させて、タルボットとイングランド軍がいる場所にまっすぐ行かなかったのは、あなたの計画なの?」
「私と、私よりも賢明な者たちが立てた計画です。最善かつ最も安全な行軍だったと確信しています」

 しかし、ジャンヌは言い返した。

「神の名において! 神の助言はあなたたちよりも優れていて賢明です。あなたは私をだまそうとして、自分自身をだましている。なぜなら、私は騎士や都市にこれまで来たことのない、より確実な助けをもたらすからです。それは天の王の助けであり、神ご自身からのものです。神は私のためだけでなく、聖ルイと聖シャルルマーニュの祈りによってオルレアンを憐れんでいます。敵が公爵(オルレアン公)の肉体とオルレアン町の両方を同時に支配することを許さないでしょう」[927]

 ジャンヌを苛立たせた本当の理由は、タルボットとイングランド軍のところに直接連れて行かなかったことだと結論づけていいだろう。

12.3 左岸か右岸か(3)ジャンヌを苛立たせた本当の理由

 ジャンヌは、タルボットの陣営が右岸(北側)にあると聞いたばかりだった。
 また、ジャンヌが「タルボットとイングランド軍」について言及するとき、それは「タルボットと共にいるイングランド軍」のみを指していた。

 なぜなら、ジャンヌはロワール渓谷に下りてきて、サン=ジャン=ル=ブランの浅瀬にさしかかったとき、大橋の先にあるレ・オーギュスタンやレ・トゥーレルの砦を見たはずで、つまり「左岸(南側)にもイングランド軍がいる」ことを知っていたはずだからである。

 しかし、それでもまだ疑問が残る。

 なぜジャンヌは最初にタルボットとそのイングランド軍の前に姿を見せようとしたのか。なぜ、ロワール川を挟んでタルボットから隔てられていることにこれほど腹を立てているのか。

 ジャンヌは、スケールズ、サフォーク、タルボットが指揮するサン=ローラン=デ=オルジェリルの強固な陣地を、行きがけに簡単に攻撃できるとでも思ったのだろうか?

 いや、そんな考えが浮かぶはずがない。
 ジャンヌはそれらの位置さえ知らなかったのだから。
 また、「家畜と荷馬車を率いる輸送隊が、塹壕を備えた強固な敵陣に攻撃を仕掛ける」などという常軌を逸したアイデアをジャンヌに吹き込む兵士もいなかっただろう。

 しばしば主張されるように、ジャンヌがサン・ピエールの砦と森の外れの間を強行突破することを考えていたとも思えない。ジャンヌは砦のことも森のことも、他の場所と同様にほとんど知らなかったのだから。

 もしそのような意図があったなら、ジャンヌはそれをオルレアンの私生児にはっきりと告げただろう。
 なぜなら、ジャンヌは自分の考えを明確に伝える術に長けており、教養のある人々でさえジャンヌは口が達者だと認識していたからだ。

 それでは、ジャンヌの考えとその真意は何だったのか?
 その時、聖女の心の中に何があったかを想像するヒントは、ジャンヌがこれまでどのような言動によって自分の使命を宣言し、準備してきたかを思い出せば、おのずと理解できる。

 ジャンヌは、ポワティエの学者たちにこう言った。

「オルレアンの包囲は、私が神の名において降伏するよう呼びかけ、その後、敵は引き上げていき、町は敵から解放されるでしょう」[928]

 ジャンヌは「天の王の名において」、つまり神の代理人としてスケールズ、サフォーク、タルボットに包囲を解くよう呼びかけた。ジャンヌは和平を結ぶ用意があると手紙を書き、彼らにイングランドに帰るよう命じた。

 そして今、ジャンヌはタルボット、サフォーク、スケールズに手紙の返事を求めている。

 イングランドは、ジャンヌが派遣した使者を送り返さなかった。
 そこで、ジャンヌ自身が神の使者として彼らの指導者のもとへやって来た。
 ジャンヌは和平を要求しに来たのであり、もし和平を拒むのであれば、戦う用意があると告げた。

 彼らがはっきりと拒否するまで、ジャンヌは結論を確信できなかった。
 それは人間的な理由からではなく、ジャンヌの「声の評議会」がそう約束したからである。

 おそらくジャンヌは、聖カタリナ、聖女マルガリータ、大天使ミカエルを従えて、軍旗を手にイングランド軍の隊長たちの前に現れれば、フランスから立ち去るように説得できると考えた。

 タルボットがひざまずき、ジャンヌではなく、ジャンヌを遣わした神に従うだろうと信じたのかもしれない。

 そうすれば、大切なフランス人の血を一滴も流さず、憐れなイングランド人の肉体も魂も失うことなく、目的を達成することができる。

 いずれにせよ、神に従わなければならず、慈愛を示さなければならない。そのような代償を払ってこそ、勝利を得ることができる。

 精神的な勝利、天使のような征服。
 ジャンヌはそれを勝ち取るためにやってきたのだ。

 しかし今、味方の指導者たちの誤った知恵によって、そのチャンスが奪われようとしている。

 ジャンヌからすれば、彼らはジャンヌが使命を果たし、約束したしるしを示すのを妨げた上に,成功の確信もなければ高潔な精神もない戦争にジャンヌを巻き込もうとしていたのである。それゆえに、ジャンヌは悲しみ、怒っていたのだ。

 到着時にこうして落胆した後も、ジャンヌは神を喜ばせるために、敵に和平を申し出る義務がなくなったとは考えなかった。[929] タルボットがいる陣営に直行できないのであれば、サン=ジャン=ル=ブランの砦の前まで行き、姿を見せようと考えた。[930]

 このとき、砦の柵の向こうには誰もいなかったが、もしジャンヌがそこへ行って敵がいるのを見つけたら、まず和平を申し入れただろう。このことは、その後、ジャンヌのオルレアンの城壁内での行動が明確に証明している。

 オルレアン解放におけるジャンヌの使命は、町を防衛する作戦計画や戦略を授けることではない。それよりももっと天高く、尊いものだ。
 苦しんでいる人々、弱く、不幸で、我欲に囚われている人々に、愛と信仰という不滅の力と、犠牲の美徳をもたらしたのである。

 「オルレアンの私生児」卿は、ジャンヌの使命とは純粋に宗教的なものだと考えていたため、軍事的な事柄についてこの農民の少女に相談すべきだと言われたら非常に驚いただろう。したがって、ジャンヌが行軍ルートについて辛辣に非難したことが理解できない様子だった。[931]

 その後、彼は、自分が立てた計画に従って作戦が実行されるのを見届けるために去っていった。

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