見出し画像

コペルニクス的転回を対話する… カントとぼくとの対話、そして、ぼくとAIとの対話

■コペルニクス的転回への関心

  デカルトは、「ぼくは思う、だからぼくはいる」って言ったけど、それで自分の存在を実感できたのだろうか?
 いや、その以前から、確定的なものは何も掴むこともできなくって、悩みぬいた結果が、あの言葉になったのなったのではないだろうか。思っていれば、そして考え続けていれば、いつかは自分の存在も明確なものになるのではないか… そんな思いがあの言葉を醸成したとしか、ぼくには思えてならない。
 デカルトの時代には、まだ、実体と現象の関係は、まだ不確定な時代だった。その後、ジョン・ロックが、人間の理解力を考察したが、結論は得れなかった。さらに、ライプニッツは、ロックを批判する形で、人間の想念や、信仰的な側面から結論を導き出そうとしたがこれも解決に至らなかった。
 それから時代を、経てヒュームが登場すると、経験という観点から、認識対象としての実体に関心を抱くようになった。ただし、これは、ジョン・ロックの経験主義を継承したものだった。これで実際に経験だけですべてを語ることができただろうか。その意味ではヒュームも暗礁に乗り上げた。しかしこの頃から現象への注目もされ始めたと言っていい。
 だが、なぜ人間は、実体を実際には、捉えることができないにはずなにに、周りの多くの実体と共依して生きていくことがでいるのだろうか? この問いは、デカルトの問いには、まだ答えが見つかってはいなかったという側面を考慮しなければならなかった。
 それでも、ここまでで、人間の真の認識を捉える材料は揃っていた。しかし認識の視点を、どこに置くかそれがまだ明確でなかった。これを解決することが、人間の実存在を明確にするのでないとの、期待が生まれていたのでないか。どこにも、そんな記録は残ってはいないけれど…
 その結果として登場したのが、逆転の発想ともいえる「コペルニクス的転回」だったのでは、ないのだろうか?

■哲学の文章への疑問

 「コペルニクス的転回」にぼくは関心を持った。それはいいが、そのための資料を読んでみたが、明確が答は即座に返ってこなかった。なんとなく解った気にもなったが、確信に到達はしなかった。その原因は、どの資料も難解な言葉や古めかしい言葉の羅列であることだった。

 日本には、『純粋理性批判』を読んでいくための環境が揃っているだろうか? よく知られている邦訳書から5点を選んで、詳細に読んではみたが、どれをとっても完全に理解するまでには、至らなかった。
 ぼくの理解力が、カントを読むだけの素地を持っていないと思えばそれだけだが、なにか納得できな気持ちのほうが強い。
 それは、書いている内容よりも、日本語として読みづらい個所も散見するからだ。
 まず一例を掲げる。

 すべての自然研究者たちのうちに一条の光が射し始めたのは、ガリレイが重さを一定にした球が斜面をころがり落ちるように工夫した[落下速度の実験の]ときであり、トリチェリがあらかじめ測定しておいた水銀柱の重さを大気の重さと釣合わせた[トリチェリの真空の実験の]ときであり、さらに遅れてシュタールが金属からあるもの)[燃素]を取りさって焼灰にし、焼灰にあるもの[燃素]を加えて金属にした[燃素の実験の]すべての自然研究者たちのうちに一条の光が射し始めたのは、ガリレイが重さを一定にした球が斜面をころがり落ちるように工夫した[落下速度の実験の]ときであり、トリチェリがあらかじめ測定しておいた水銀柱の重さを大気の重さと釣合わせた[トリチェリの真空の実験の]ときであり、さらに遅れてシュタールが金属からあるもの)[燃素]を取りさって焼灰にし、焼灰にあるもの[燃素]を加えて金属にした[燃素の実験の]ときのことである。

ある有名な翻訳

 ここに書かれていることが解らないわけではない。しかし、こんな羅列したような文章では、ぼくには読み辛くってならない。ここでではいろんな発見を書いているが、それが何につながるのかは、このセンテンス全体を読み終わるまでは解らない。
 最後になって、「ときのことである」がで出てきて、ようやく解る。こうした発見があった時期のことを、言いたかった。それが最後になって、ようやく解るわけだ。
 こういう文章は、業務文章としては最低の部類に入る。

 本当にカントも、こんな文章を書いたのだろうか?

 そこで、カントの原文に眼を通してみる。

Als Galilei seine Kugeln die schiefe Fläche mit einer von ihm selbst gewählten Schwere herabrollen oder Torricelli die Luft ein Gewicht, was er sich zum voraus dem einer ihm bekannten Wassersäule gleich gedacht hatte, tragen ließ, oder in späterer Zeit Stahl Metalle in Kalk und diesen wiederum in Metall verwandelte, indem er ihnen etwas entzog und wiedergab;* so ging allen Naturforschern ein Licht auf.
Ich folge hier nicht genau dem Faden der Geschichte der Experimentalmethode, deren erste Anfänge auch nicht wohl bekannt sind.

 前述の翻訳に似たり寄ったりだ。
 つまり、カントの文章じたいが、判りにくさをもっている、そう言っていいだろう。しかし、邦訳があえて加えた威厳は、そんなに観えなく感じる。
 だから、何度も読んでいく気にもなってくる。そうして、何度も読んでいると、ぼくなりの文章が浮んでくるから、不思議な気分になってしまう。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 そこで、ぼくの中で情念のように湧いてきたものを文章にしてみることにした。

 自然科学者のすべてに光明が差しこんだのも、多くの実験や発見に原因があった。
 ガリレイがある重さを持った球を自分で選んで斜面で転がしたとき、トリチェリが事前に重さが知られた水柱に等しい重さを大気中に示したとき、そしてさらに、後代になってシュタールが金属を抽出して補充することで、金属を石灰に変え、再び石灰を金属に変えたとき*、そうしたものが自然科学者の光明になっていった。
ここでその実験方法の歴史について正確な流れを辿って書いてはいない。なぜなら、この発端となったものが、事実としては伝わっていないからだ。

しんすけの超訳

 これが、いい訳になっているかは、断定できないが、ぼくにはこれが納得できる文章だった。それでこのまま、google AIに質問として投げてみた。
 下記が、その回答がだった。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

このテキストは、イマニュエル・カントが著書『純粋理性批判』(第2版序文)の中で述べた有名な一節ですね。

カントはここで、自然科学が「単なる経験の寄せ集め」から「確固たる学問」へと飛躍した転換点(コペルニクス的転回)について語っています。

この文章のポイント

  • 能動的なアプローチ: 科学者が自然に従属するのではなく、自ら「実験(斜面を転がる球など)」を設計し、自然に対して「問い」を突きつけるようになったことが重要だと説いています。

  • 理性による統制: 自然をあてもなく観察するのではなく、あらかじめ理性によって立てられた仮説(原理)に従って自然を観察することで、初めて真の知識が得られるようになったという主張です。

  • 登場する科学者:

    • ガリレイ: 落体の法則(力学の基礎)。

    • トリチェリ: 気圧の証明(真空の発見)。

    • シュタール: 燃焼を説明しようとした「フロギストン説」の提唱者。

カントは、これらの発見そのもの以上に、「人間が自分の理性を鏡として、自然をいかに捉えるか」という思考の枠組みが変わったこと(光明が差し込んだこと)を高く評価しています。

このカントの考え方について、さらに詳しく知りたい特定の箇所はありますか?

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 AIの最後のコメントが、印象的だった。

***************************************************************************************カントは、これらの発見そのもの以上に、「人間が自分の理性を鏡として、自然をいかに捉えるか」という思考の枠組みが変わったこと(光明が差し込んだこと)を高く評価しています。
***************************************************************************************

 AIも、人間が自身が自分の存在をどう捉えるか、それに強い関心を持っていることが窺がわれる。それは関連する多くの資料から、もっとも頻度が高い言葉を抽出していった結果にすぎない、そうでしかないだろう…
 それにしてもこの方法、確率的に頻度の高いものを抽出していき、正解に近接していくところは、量子力学にも似たところがある。
 これは、アインシュタインが、もっとも嫌った方法で、彼の下記の言葉が残っている。
 神がサイコロを、降ることはない。
 
この言葉からは、人間の実存在を叡智的な世界との関連で考察したライプニッツが思い起こされる。
 アインシュタインも、ライプニッツも、新たらしい時代のための灯りを提供したが、結局は本流からは、外れることになってしまった。

 そこからは何にたいしても、観察の地点とその方法を極める重要さを、暗黙に指摘しているようにさえも観えてしかたない。そして現代においても、この指摘が、全人類にとって普遍的なものになっているとは、断言することは、まだできないだろう。

 こうして、いまのぼくは、下記を結論として、次の思考に移っていくことを強く思うばかりだった。

 自然科学も、人文科学も、終わりがない世界の存在であること、それだけが明確になり始めめている…

いいなと思ったら応援しよう!