見出し画像

♨️京都サウナ日記 #11🌫️蒸されて、割れて、香るまで。天山の湯

天山の湯のサウナ室に入ると、
まず目に飛び込んでくるのは、
明るく滑らかな木のベンチ。

ヒノキだろうか、
スプルースかもしれない。

どちらにせよ、
長年の熱と汗を吸い込んできた木材だ。

俺のような冴えないアラフィフが、
黙って座るにはちょうどいい場所。

腰を下ろすと、木がわずかに軋む。
「また来たか」
と言っているようだ。

俺は何も言わず、ただ蒸される。
木も何も語らない。
でも、沈黙の中に確かな対話がある。
木目の流れを目で追いながら、
ふと自分の人生を重ねてしまう。

まっすぐじゃない。
節もある。
割れ目もある。
でも、ちゃんと座れる。
ちゃんと支えてくれる。

木材は、熱に耐えることで香りを放つ。
割れたあとに、ようやく香る。
それは、俺にも通じる気がする。

若い頃は、
割れないように、
焦げないように、
必死で自分を守っていた。

でも今は、
少し割れてもいいと思えるようになった。

焦げ跡も、ヒビも、俺の履歴。
それでも、誰かの「ととのい」を支えられるなら、
それでいい。

サウナの熱がピークに達すると、
木の香りがふわりと立ち上る。
それは、耐えた者だけが放てる香り。

仕事の熱、
家庭の湿気、
社会の圧に蒸されてきたアラフィフ。

割れそうになったこともある。
でも、今こうして座っている。
香りはないかもしれないけど、
俺なりの味は出ているはずだ。

水風呂に飛び込んだあと、
外気浴の椅子で空を見上げる。
天山の湯の木材は、
今日も何も言わず、
誰かを受け止めている。

俺も、そんな存在でありたい。
静かに。

でも確かに、
誰かの「ととのい」を支える木のように。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集