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10万人に数人の稀少疾患「シミター症候群」と診断された話|症状・検査・治療の実体験【前編】

今日はちょっと重めのテーマ、私のからだの話を書き綴ります。


同じ病名の方や、不安な誰かの検索に届きますように🍀


前編の今回は、診断に至るまでを書き綴ります。


私はシミター症候群(Scimitar syndrome)という先天性心疾患を持っています。

シミター症候群は、右肺の肺静脈が左心房ではなく下大静脈へ迷入・還流する先天異常。胸部X線で異常静脈が三日月刀(シミター)の弧を描き、柄と刃がt字に見える“シミターサイン”に由来します。  

公益財団法人 日本心臓財団「心臓病用語集|
シミター症候群
https://www.jhf.or.jp/check/term/word_s/cimitar/



聞き慣れない方が多いと思いますが、稀な先天性の疾患で、ざっくり10万人に1〜3人くらいと言われています。


簡単に言うと、肺静脈の還流先が異常である病気です。

🏥病気発覚までの流れ

👧生後〜幼稚園時代

私は小さな産院で産まれました。

体重で産まれた直後の検査では特に何も引っかかることもなく、健常児そのもの。

しかし、幼稚園に入ってから体調を崩すことが多くなる。


肺炎を悪化させたこともあり、1ヶ月間ほとんど登園できない月もあった💦

ただ、このときにシミター症候群が発覚することはありませんでした。


🏫小学校時代


小学校低学年のときは元気いっぱい。
よく友人と鬼ごっこをしていたくらい👹

自分の中で、あれ?と思い始めたのは小学3年生か4年生くらいのことだった。

友人と鬼ごっこをしたり、体育の授業で走ると、なぜかキツく感じる。


でも、周りの友人は少しゼーゼーしていても、すぐ回復している。

それなのに、私だけはゼーゼーする状況が続いている。


ただ、当時、私はインターネットと触れる機会がほぼなかったので、息切れと言う言葉も知らず、「自分は体力がないのかも!?」と勝手に思っていた。


当時泳げなかったこともあり、「体力がつきそう!」ということで、この頃から水泳教室に通い始めた。


水泳教室は思っていたよりもまったり泳ぐような教室で、練習もハードではなかったので、運動後の「ゼーゼー」は一時的に気にならず…。

🔍中学校時代

中学1年生のときに、学校の健康診断で心電図を測った。

心電図を測ってから数日経った頃、「念のため病院で再度検査を受けてほしい。」と学校側から伝えられて、動揺。


後日、総合病院で再検査を受けると『不完全右脚ブロック』との診断を受けました。

不完全右脚ブロックは、右心室への電気伝導の一部が遅れる心電図所見です。病名そのものではなく、異常のない方にも見られることがありますが、症状や他の異常所見がある場合は医師に相談してください。経過観察となることも多いです。  

公益財団法人 日本心臓財団「心臓病用語集|
不完全右脚ブロック」および
同財団Q&A「不完全右脚ブロックについて」


不完全右脚ブロックについては、「あまり気にしなくていい」と医師から言われたので、私も親も勝手にほっとしていました。


その後も、体育の長距離走の授業がキツいから苦手と、相変わらず自覚症状はあった。


ただ、私が水泳教室を辞めた時期でもあったので、「また体力が落ちたのかも」と思い込んでいた。

🩻高校時代、ようやく…

高校生のときに、また健康診断で引っかかることになる。

肺のレントゲン…胸部CTを撮影した際に、「肺に影がある。」との理由で、再び総合病院へ。


また再検査を受けるのか、と思いつつも不安が募る募る…。


当時はスマホを持ち始めた頃だったので、「肺」「影」「病名」といった検索ワードで色々と調べてしまい、余計に落ち込んでいた。

長い待ち時間のあと、医師から『シミター症候群』であることを告げられる。


私も、親も聞いたことのない病名に動揺。


ちょっとショックだったが、「ゼーゼー」という息切れの原因がわかり、どこか、ほっとした気持ちもあった。

😞高校時代、診断された後…

とりあえず、高校生なりにスマホで色々と調べ、検索魔状態😱


しかし、当時は今から約10年くらい前。
珍しい疾患であるからか、あまりWebに情報も載っていなかった。


その中でも一つ覚えているのが、シミター症候群に関するブログの内容。

「シミター症候群の乳児が、産後すぐに亡くなってしまった」という内容で、ショックを受けた。


「あれ、もしかしたら自分も死ぬのかな?」と。
このとき、初めて死を意識したかも。


でも、逆に今まで気づかずに生きてこれたからラッキーかも!?✨とも思えたり。

この頃はちょっと情緒が不安定だったのを覚えている。
やっぱり繊細だな、私…。


症状のことを医師に相談すると、診断を受けてからは、体育の授業に対してドクターストップがかかった。

体育は、ぽつんと見学していた記憶しかない😢

♻️続きは後編で

私の病気が判明するのは、結局高校生になってからでした。

産まれた病院が小さな産院だったこと、珍しい疾患であることから、医師も気づけなかったのだろうということだった。

思っていたよりも長くなってしまったので、続きは後編で書き綴ります。


後編は、治療フェーズの話になりますので、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。

こんな人もいるんだな、くらいに思ってもらえれば…!!



シミター症候群の同志の方、もしいらっしゃったらお気軽にコメントください📝
お読みいただきありがとうございました🌟

後編はこちら↓

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