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山岡鉄次物語 父母編6-6

《ふたりして6》家族のために

☆頼正と珠恵の人生は結婚後も決して平穏無事なものではなかった。

父浪頼は普通の家賃より安く住める借家を探して来た。

『頼正、安い借家が見つかったぞ。』

頼正は大家族のなか辛い思いをしている珠恵のことを考えると、両親や妹弟と別居して親子水入らずの生活に希望を感じた。
一方、自分が苦労して来た奉公の給金で、浪頼が手に入れた屋敷を出るのは、少し理不尽に思えて残念だった。

親子3人の新居には何も無かった。
頼正と珠恵は、新生活の初めに小さなタンスをひとつ買った。
浪頼から古いちゃぶ台をひとつもらって来ていた。

仕事のない時代、頼正は家族が生きて行く為にヤミ屋やテキ屋の他に、お金になるならどんな事でもやって来た。
その日食べる為に、ある意味、違法で人に説明出来ないことをやった事もあった。

頼正の新居は長屋の一画で、大き目の部屋を2つに仕切ったものだった。既に住んでいる人の家賃節約の都合で半分にしてあったのだ。
頼正はまだ親子3人、少し狭いが、こちらも家賃は安い方が都合がいいと引っ越した。

珠恵たちの住む借家の仕切られた半分には、東京から疎開して住み続けている老夫婦がいた。
この老夫婦は東京から疎開している間に、自宅は空襲で焼け落ち、2人の息子を戦争で失っていた。
2人の息子は頼正の兄頼長と同じフィリピンのレイテ島の戦いで亡くなったことから、身近に感じて親しくなっていた。

老夫婦の親戚は、東京大空襲で焼けずに済んだ墨田区の京島で寿司屋をしているが、米不足で困っていて、運んで行けば高く買ってくれると話をしていた。

珠恵もじっとしてはいなかった。
老夫婦の紹介で、睦美を背負い少しの闇米を持って、東京を往復したことが何度かあった。
一度に多量の闇米を運べなかったので、稼ぎは旅費を考えると微々たるものだった。


新生活も時は巡り昭和25年、結婚して3年目になると頼正と珠恵に次女の幸恵が生まれた。

幸恵は、山岡鉄次の直ぐ上の姉です。

ヤミ屋は品物の自由化が進み、商売にならなくなっていた。
テキ屋商売を続けていた頼正は、塩島と一緒に蒼生市にある浅間神社の祭礼でべっこう飴の露店を出した事がある。
頼正は時々この街に住む伯父を訪ねていた。伯父は電電公社勤めで、蒼生市に転勤していたのだ。

商売の話をしていると、伯父が言った。

『蒼生市は織物で景気がいいぞ。』

頼正は伯父の言葉を成る程と聞いていた。

悩みはしたが、現状のままでは何も変わらないと思った。
頼正は家族を残し、一人蒼生市に乗り込んで行くことに決めるのだ。

蒼生市は周辺にいくつかの湖をかかえ、標高が高く夏は涼しい風光明媚な観光地に囲まれた街だ。
塩川は山地の南側に位置して冬は温暖なところだが、ひとつ峠を越えるだけで、蒼生市の冬は雪の多い厳しい寒さの街だ。

頼正は蒼生市に向けて単身バスに乗っていた。峠を越えて下ると湖が見えてくる。
不安な気持ちの頼正はバスに揺られながら、家族の生活の基礎作りの為に、色々と思案を巡らしていた。

いまだ世の中は食料品が不足気味だったので、頼正は食べ物商売がいいと思っていた。

頼正は大事な家族の為に、安定した生活を求めていた。


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