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万博あれこれ〜筑波も愛知も〜

 大阪・関西万博に行きました。

 9月19日、12時に東ゲートの入場でチケットを取りましたが、会場最寄りの夢洲駅に着いてみると、西ゲートからでも入場可能とのアナウンスあり。西まで歩いて移動して、入場したのは12時18分。なかに入るだけで苦労すると聞いていたので、なんだ余裕だなと。とても順調なスタートじゃないかと。そう思ったものです。ここまでは。

◼️まずはブルガリア館

 行きたいパビリオンはいくつかピックアップしていましたが、事前予約はゼロ。当日予約もスマホが混雑していてなかなか繋がらないし、繋がったと思ったら「今日は無理です」と言われるので諦めました。入れそうなところにふらっと入って見物する方針でいきます。

 まず向かったのは「ブルガリア館」でした。学生時代、1カ月ほどブルガリアに滞在して遺跡の発掘調査をしていたことがあります。そんな思い出もあって、ブルガリアという言葉には弱いのです。

 簡単に入れそうだなと思って並んだのですが、完全入れ替え制でなかなか列が進まない。大屋根リングの下の日陰で並べたので助かりましたが、入場までにおよそ1時間かかりました。

リングの下はこんな感じ

 ブルガリア館のなかでは、みんなでシアターを観て次の部屋に移動。今度は360度の大画面映像を観て、みんな一緒に退出という感じ。シアターの主役は、ブルガリアだけあって、乳酸菌ですね。

 うーん。

 不完全燃焼でした!

◼️並ぶことすら許されず

 この後、しばらくは万博の過酷さを体感することになります。行きたかった「チェコ館」に行くと、入場規制で並べません。

 それならばと、複数の国がひとつの建物に集まる「コモンズ館(共同館)」のAに行きましたが、こちらも入場規制。並ぶのが大変だとは聞いていましたが、並ぶことすらできません。

 ならば、ビールが飲めてバースペースがあり、回転も速いと聞いていた「スペイン館」を目指します。到着すると、行列が長すぎてどこが最後尾なのかもわからない。警備員に聞いたらはるか彼方を指差され、最低でも2時間は待つとのこと。炎天下でその自信もなく、こちらも断念です。

 仕方なく、大屋根リングに登ってみました。リングから見える景色は良いですね。でも頭の中は、次はどこに行こう、この後どうしよう、ばかり考えていて、リングそのものを堪能していない感じ。

屋根から見える景色
見た目は涼しげ
日傘が花のよう

 リングを降りてから、奇跡のような速やかさで「インド館」に入れたのですが、これ、列の流れがぐだぐだで、途切れている隙間から入っちゃったのかもしれません。簡単に言えば割り込みをしてしまった可能性がありますが、定かではないです。

 インド館、ロケットの展示が迫力ありましたけど、あっという間に出てしまいました。

 その後はお腹が空いて、食事を求めて歩いたのですが、どこもレストランは行列。話題の「スシロー」に至っては、真昼間の段階で本日の予約は終了とのこと。弁当屋さんを見つけ、店先に出ていた椅子をなんとか一席キープして昼飯にありつきました。

すき焼き×焼肉のあいのせ弁当(1,998円)

 歩いては並べもせず追い払われるように違うところに行き、そこも諦めて引き返す。そんなことを続けているうちに、疲れるだけでなく腰の痛みも出てきました。あんまり楽しくないなーと思いつつ、ひとりでビールと共に弁当をいただきます。

 食べていると、これまで行った過去の万博のことを思い出しました。

◼️サイタマケンデスネ

 私が初めて行った万博は、1985年の筑波万博。当時6歳か7歳。家族で行きました。記憶に残っているエピソードはひとつだけです。

 大型のロボットが出展されていて、それと会話ができるコーナーがありました。ロボットと話せるなんてすごいと思い、チャレンジしたのです。

 会話の中でロボットから「どこから来ましたか」、あるいは「出身地はどこですか」と聞かれました。

 いずれも答えは埼玉県川口市。私は「川口市」と答えました。するとなんということでしょう。ロボットは、あのロボット独特の声で「サイタマケンデスネ」と返してきたのです。

 これには、私の両親もびっくり。周りを囲んでいた、たくさんのお客さんも驚いたり笑ったりしていました。父親は、「ロボットは頭良いんだな」としきりに感心していました(裏でオペレーターが会話を担当していたという噂を聞いたことがあるのですが、誰か真偽を教えてください!)

 また、そんな筑波万博から何年も経ったある年、正月休みで帰省すると、家に万博からの葉書が届いていました。書き手は父親です。

 あとから調べたところ、これは筑波万博の「ポストカプセル2001」という企画だったようです。「1985年の万博期間中に専用ポストに投函された手紙や葉書を、16年後の2001年1月1日に配達する企画」ということでした。未来の自分に手紙を出すという奴ですね。

 テーブルに放置してあった葉書を見てみると、父親の字でこんな記載があります。「士郎(私)は将来、学者になるのがいいのではないか」。

 申し訳ない。

 ちょうどその年の3月に大学を卒業する予定だった私は、就職もせず、4月からのフリーター生活がほぼ決まっていました。

 筑波万博当時の私は、学者を予感させるような思慮深い子供だったのでしょうか。

 や、申し訳ない!

◼️愛知は取材で

 2回目の万博は、2005年の愛知万博。「愛・地球博」の愛称をつけられたこの万博には、正式オープンの前に取材で伺いました。

 当時、記事を書いていた経済誌(月刊誌)に載せるためです。開幕に先立ち3日間に渡って内覧会が行われ、初日の13時半までは報道関係者のみの時間もありました。それを過ぎると、地元の方たちを中心にした内覧者が会場に入るという段取りだったと思います。

 書いた記事をひっくり返すと、3日間で訪れたのは報道関係者のみで1万1,000人、一般来場者が11万4,000人だったようです。

 この愛知万博。正直に言えば、最も記憶に残っているのはモリゾーとキッコロなのですが、ひとの少ない万博会場を歩き、いくつかのパビリオンをゆったり見ることができたのは、貴重な体験でした。

 覚えているのは、最新式のハイビジョン映像で地球の自然を紹介していくどこかのパビリオン。感動しました。とんでもなく鮮明な映像だったからです。

 これを書くに当たって調べてみると、「8Kスーパーハイビジョン」の600インチ大画面だった模様。人間の目を超越したような、感動的な臨場感だったことを覚えています。バックに流れていた音楽は、夏川りみの「ココロツタエ」でした。これもまた良かった。

 そうそう、目玉だった「冷凍マンモス」も見た記憶があります。

 日頃はこうしたことを思い出しはしませんが、やはり記憶の根っこの部分には残っているものです。万博の値打ちって、そういうところにあるのかもしれません。

◼️ガンビア館で「チキン・アフラ」

 関西万博の話に戻ります。

 昼食後は、コモンズ館を中心に攻めました。コモンズAの入場規制も解かれていましたね。コモンズ館はA〜Fまであるようですが、そのうちのA、B、Cに入りました。

 コモンズ館からいくつか挙げるなら、「B」に入っていた「ガンビア館」。今後も訪れることがなさそうな国のパビリオンは良いですね。

 ガンビア館では、こちらを購入。バオバブジュースとチキン・アフラ(どちらも1,100円)。

 チキン・アフラは、インドチックな、タンドリーチキン的な、でもそれ以上に胡椒がばっちり効いていて、という一品。スパイスしっかり、ビールのお供に最適でしょう。

 一緒に飲んだバオバブジュースは、ビールとは程遠い甘ーい飲み物でしたが、疲れた体にぴったり。この辺から元気を取り戻した気がします。

◼️チャレンジングなクロアチア館

 コモンズCは、「イスラエル館」が目当てでしたが、いまひとつの印象。置かれていた、古代エルサレムの2000年前の建築石材には目を惹かれました。要塞の一部だったとのこと。

 同じく「C」の「クロアチア館」は、天井からたくさんのチューブが垂れ下がっている独特な展示です。

 チューブの中には水が流れていて、触ると温かかったり冷たかったりします。なんでも「温度の異なるチューブを組み合わせ、クロアチア国内5カ所の気温をリアルタイムで再現している」ということ。

 気候の多様性を表現しているそうですが、ちょっと高度過ぎて私には難しかったなあ。でも、とてもチャレンジングな展示だと思いました。

◼️チェコ館、好き

 コモンズ以外では、ほぼ並ばずにすんだ「夜の地球」に立ち寄ったりもしました。輪島塗の巨大な地球儀が鎮座しています。

 そして、時間的にパビリオンもあとひとつくらいかなと考えつつ、行ってみたかったチェコ館に再チャレンジ。今度は入場規制も解かれていました。40分くらいで入れてラッキー。

 チェコ館は、ぐるぐると螺旋状の廊下を歩いて登り、ゴールの屋上に出るという造り。面白かったですね。実はチェコ館は、神楽坂のバーテンダーがXにポストしていた「レネカクテル」を飲みたいというのが行く動機だったのですが、展示そのものが面白かった。

 なんか、とても自由でした。廊下にさまざまな絵が描かれているのですが、それもまた自由。こんなのや、こんなの。

総理来てたんだ

 チェコ館のモチーフは、画家のミュシャが手がけた三部作でテーマにしている「理性と叡智と愛」だそうです。言われればそんなイメージは伝わります。そこに「自由」も付け足されるでしょう。

◼️レネカクテル!

 さて、屋上に着くと、そこにはルーフトップバー。チェコのビール、ピルスナー・ウルケルを売っていて、注ぎ分けもある程度してくれます。チェコ館は一階にレストランとテイクアウトがある上に、屋上でもビールを売っているのですね。

 しかし、私が飲みたいのはレネカクテル。説明しますと、レネとはチェコパビリオンの公式マスコットキャラクターのこと。そのレネをイメージして、チェコナンバーワンとも言われるバーテンダーAchim氏と、神楽坂にバー『パーリンカ』を構える松沢健氏が合作した創作カクテルが、レネカクテルというわけです。

パビリオン内、レネまみれコーナー

 残念なことに、ルーフトップバーで売っているのはビールのみ。ここでビールを飲みながら、外で並んでいる人々を見下ろしてニヤニヤするのも最高でしょうが、いま飲みたいのはレネ。スタッフさん曰く「たしか一階のテイクアウトでは出していたはず…」。

 その言葉を信じてパビリオンを出ます。テイクアウトもけっこうな行列で、30分ほど並びました。ほかのお客さんが受け取るのはビールばかり。本当にあるのかどうか不安になりつつ自分の番を迎え「レネカクテルはありますか?」。

 ありました!

日が落ちたころ、ようやく!
目はマシュマロとチョコレート

 ベースはプラムのブランデーで、柚子やレモネードを合わせた、甘酸っぱくて爽やかな味わいです。価格は2,000円。達成感も加わって、美味しくいただきました。

 展示もレネカクテルも含めて、訪ねたパビリオン(少ないですが)の中では、チェコ館が一番良かったなあ。

◼️アナウンスも楽しもう

 これで関西万博はさよならです。来場の数日前に急にチケットを取って、パビリオンの予約はゼロで回りましたけど、けっこう楽しめました。

 行列をさばいてるスタッフも面白かった。どこかのコモンズ館に入ろうとして並んでいるときには「こちらは18時半以降ならガラガラです。私はその時間をお勧めします。いまの時間にここまで並んで入場する価値がこのコモンズ館にあるのでしょうか。私には皆さんが理解できません。18時半以降がお勧めです」と、拡声器で話していて笑いました。

 ほかにも「詰めて並んでください。間を開けるとすぐに割り込まれます。日本人の皆様、譲り合いの精神はいっさい発揮しないでください。すぐに割り込まれます」なんてのもありましたね。

 開会から5カ月を過ぎ、スタッフも運営に慣れてきてるんでしょう。こういうの、ありじゃないですか。

 なお、私が訪れた9月19日(金)は報道によると「一般来場者数が22万1576人、パビリオンなどの関係者を含めた総来場者数は約24万1390人で、いずれも1日あたりの来場者が過去最多を更新した」そうです。そりゃー並ぶわけだ。

 おしまい。(了)

ミャクミャク
尻にも目

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