なぜ精神科医は頼りにならないのか - 発達障害・メンタル疾患と「なんやこの人生」という課題
私たちは何かに悩んでいるとき、本を買ったりネット上の記事を読み漁ったりしますよね。この「情報を求めている」という状態は、正確には以下の2つに分けられると思います。
その分野についての専門的で客観的な知識を求めている
そうした一般論ではない、自分自身の悩みと困りごとを解消してくれそうなヒントを探し求めている
たとえば、職場でうつ病になって休職したとか、その奥にASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)のような発達障害があったことが判明した場合、1番目は病気や障害についての医学的な情報です。これは基本的に、その分野の専門家が書いたものでなければならず、個人の主観とか、客観的に検証されていないような憶測は混じってはならないものです。
これに対して、2番目は「そういう難しい現実を突きつけられた中で、これから自分はどうやって生き延びていけばよいのか」の話をしています。身体がしんどくて日常生活がままならないとか、気持ちがつらくてつらくて仕方がないということだけでなく、果たして職場に復帰できるのか、当面のお金は大丈夫なのかといった現実的な話があって、これらはいずれも切実な問題でしょう。仮に今の働き方を続けるとしても、それは5年後や10年後にもまともに成り立っているものだろうか、それはフルマラソンを全力疾走でクリアできると考えるような失敗の約束された道になっていないだろうか……などなど、心配事ならいくらでも並べることができます。
前提として、こうした悩みや不安を商売の種にしようとしている悪い人たちというのも世の中にはけっこういるので、偽医療とか副業詐欺みたいな話にはしっかりと注意しておかなければなりません。
一方で、ここには「専門家の情報発信と援助はそこまで私たちを支えてくれるものではない」という視点も存在しているように思います。つまり、事実に反する情報は何も信じてはいけませんが、「専門的で客観的な情報」の限界、言い換えれば「専門家の無力さ」ということも認識しておく必要があります。
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医療や学術研究というのは「いいかげんなことを言ってはならない」世界であり、効果が証明されていないのなら、「これをしましょう」といったことは何も言うべきでなく、それは言わないことが正しいです。
しかし、自身の特性やメンタル疾患によって深く悩み、現実に苦しんでいる私たちに対して、客観的に明言できることなど存在するのでしょうか。「こうすればあなたの悩みが100%解決されることがハーバード大学の研究によって証明されています」などということがあるでしょうか。あるはずがないですね。それは医学でも科学でもないので、存在しなくて当たり前のものです。
これを書いている私自身、10年どころではない病気との付き合いと、2回や3回どころではない休職や退職を繰り返してきた経緯があります。正直な感想として、専門家はあまり私の助けにならなかったし、今ではそれを「世界の仕組みとして正しい状態である」と理解するようになっています。
ちなみに、ここまでのお話は少し前に以下の記事にまとめていて、シロイのnoteとしては過去2番目に反響の多かった記事となりました。このとき反応していただいた方々の中には、「専門化の無力さ」の問題を薄々感じ取っている方も相当数いたのではないかと想像しています。
おそらく、あなたの主治医はあなたの悩みを解決できず、あなたの担当カウンセラーもあなたの悩みを解決できません。そして、それは理屈の上でも正しい流れなんです。
そうであるとしたら、私たちはこのような現実を認識し、本当に問題解決に繋がるような次の手を打つために、もっと別の人間に助けを求めていく必要があるのでしょう。
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カウンセラーの限界というのはちょっと複雑な話になるので、機会があれば別の話にするとして、今回は精神科医の役割ということについて考えてみることにします。
私たちが診察中にたびたび「そうじゃないんだよなあ」「どうしてわかってくれないのか」と感じてしまう理由は何で、その不満や失望はどのように扱うのが適切なのでしょうか。
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