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1-2トワレ『被造物たるわれわれは、皮臓物であることを免れられないのよ、baby』


「だめ。いまはいっちゃだめだからね」
と、
きみはいうけどさ、
岩より固く厚切りパンよりあったかい、きみよ。
尿意は急には止められないんだ。


ぼくはきみの出たすぐあとのトイレにはいり、
それから自らの排尿に従事し、
そしてつい身体的な反応として
深い呼吸をはきだしてしまう。

すると、それはまたつぎの身体的な反応として
深い吸引を行ってしまうのだ。
なんてまあ、
この身体ときたらよくできているのだろう。

生きようとして懸命に呼吸をしなくても、
絶対に酸素不足になることはないのだ。
生きていくということも、
こういうふうであってほしいもんだね。

それとも、
もうすでにそうであることに
まだ気づいていないだけなのかな、
ぼくが。

この地球という星の
二階のベランダに干してある、
洗いたての天竺木綿Tシャツみたいな
青空。

ぼくらの身体はそんな青空で、
意識はその空にかかる雨雲。
雲の上にさえ出てしまえば
いつもそこは晴れているんだ。

意識があろうとなかろうと、
青空はつねに青いままで
その青さを薄めたりはしていない。
そして、その普遍の色に包まれた世界の鎖骨あたりで、

きみのウンチの臭いが
ぼくの鼻腔へと肺腑へと流入して
ぼくの細胞へと付着する、
それをどう解釈すればいいんだろう。


美は肌の厚さといって、
冷笑してしまうことだってもちろんできるさ。
人間はみんな内臓という汚物生成器官を皮膚で隠蔽しただけの、
背徳的存在だと断罪することもできる。

しかし、
それでぼくらは分かりあえるのだろうか。
それでぼくらは、
きみとぼくという以上のものになれるのだろうか。


ぼくらがいつまでも、きみとぼくというもの、
個体的存在であることをやめられないのならば、
ぼくらはいつまでも自分という繭のなかに
つむがれつづけなければならないのではないだろうか。


ぼくらはふたつの繭から
ひとまとまりのなにかもっと大きなものに
なりたがっているのではないだろうか、

だろうか、だろうか、だろうか。


だから一緒に住み始めたりしたのではないだろうか、

だろうか、だろうか,だろうか。
恋ゆえに、
恋をひきかえに。

「なぜ、そんなに長くとどまっているの」

扉を越えて届いてくるきみの声に、
いらだちが含有量を増してくるのがわかる。
でも、あせることはないぞ、ぼくよ。

いずれは解かなければならないことなのだから。 
ぼくは、違う道をみつけるぞ。見つけてみせるさ。
きみのウンチ、きみのウンチが、ぼくにとってどんな存在であるか、
もっと自分にはっきりさせてみせるさ。


心のなかに浮かんでくるこのブツブツ、

これこそがぼくの生きている証しであるのさ。
ぼくは生きている限りはずっとブツブツいうのさ。
止めるなよ、きみ、岩より固く厚切りパンよりあったかい、きみよ。

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