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リハビリとしての家事

味方といえば、掃除機であり、食洗機であり、洗濯機だろう。
ありがたいことである。
ここでは、食洗機と洗濯機を中心に、最近のわたしの経験と思いを書いてみようと思う。


はじめに

わたしは今、うつ病のため休職中である。もう一年以上になる。
症状の重い時期は、横になっているだけの日々だった。
脳が腫れたように感じ、体を動かすこと自体が高負荷の筋トレのようになる。

できることは薬を飲み、脳神経を休ませることくらいだった。
少しずつ改善してくると、今度は妻への申し訳なさや、家の中の空気が以前よりよく見えるようになる。
でも、その時点ではまだ大きなことはできない。

そんな時期に、リハビリがてら始めたのが家事だった。

洗濯というリハビリ

まずは洗濯。
洗濯かごの衣類を洗濯機に入れて、洗剤を入れてボタンを押す。

ただ、たまにあるのが、この時に本当に洗濯機で洗っていいのかどうか、よく分からない衣類だ。そういうものは洗濯機に入れない。

洗濯機が動いている間は瞑想をする。
瞑想を終える頃には洗濯機も止まっている。

洗濯機が動いている間は瞑想をする。
瞑想を終える頃には洗濯機も止まっている。

終わったら干す。
乾いたら取り込む。
畳む。
収納する。

洗濯物は自然の力で

この一連の流れが、今ではほぼ毎日のルーチンになった。
早朝にやることも多い。
天気予報を見て、正午頃から洗濯機を回すこともあるし、
雨が続くと洗濯物がたまり、晴れた日にまとめて三回ほど回す日もある。

その晴れた日をこれ以上待てない、というときの最後の手段が乾燥機である。やはり、日光に当てたい。

速く乾く干し方というのもある。ただ、物干し竿に並べていけばいいというわけではない。
日の当たり方と、風の通りをよくする工夫をすると、当然のことながら早く乾く。

洗濯を通して季節の違いも感じる。夏は気温が高くよく乾く。冬は寒いのに意外と乾くのは空気が乾燥しているからだろう。自然は洗濯物干しに協力的だ。

毎日やっていると、習い性というもので、わたしも、
衣類を畳むのが速く、上手くなったと思っている。

やってみると気づくことがある。
いろんなことが分かり、要領良くなっていくのは「向上している」と感じ、気分もいい。
ただ実際は、何も思わず無心でやっていることが多い。

ボタンを押すだけで終わりではない

ボタンを押すだけで洗濯ができるわけではない。

洗剤は減る。
食洗機も同じだ。

トイレットペーパー、ティッシュ、キッチンペーパー、お米、紅茶のティーバッグ。
生活は、気づけば減っていく消耗品の上に成り立っている。

足りなくなる前に補充しておく。今では、食洗機の洗剤がどのスーパーのどの棚に置いてあるかも自然に覚え、買い物でも以前よりウロウロしなくなった。

そういう小さな気配りが毎日積み重なっている。

結婚生活も長いので、最近では妻と細かく相談しない。
たまに同じものを重複して買って帰る。
そんなときは「気が合うねえ」と笑う。

食洗機から見えてきたこと

食洗機による食器洗いも同じだった。
食後、居間からトイレや自室に向かう途中、キッチンを通る。
シンクに洗い物が見える。

通りかかったその際に、食洗機に入れていく。

水につけるという小さな工夫

ただ、ここに一つ重要な工程がある。
汚れた食器はすぐに食洗機に入れたり、手で洗い始めるのではなく、一度水につけておく。
これをやるかやらないかで汚れの落ちやすさが驚くほど変わる。

水分子の運動の有り難さ、ブラウン運動を起こす力を大いに活用すべきだ。

食器を洗う人からすると、この使用後の食器類を水につけておいてもらえるだけでも、助かることがある。

さて、本筋に戻ろう。

一旦しばらくの間水没させたあと、わたしは、
食器同士が重ならず、水流がきちんと当たるスペースができているか想像しながら並べる。
少しパズルに似ていて面白い。

こうしてシンクがスッキリする。

家事にも経験値がある

しばらくすると自動的に食洗機も食器を洗い終わって止まっている。
あとは適当な時に出して食器棚に収納するだけだ。

実は食器の収納にもコツというか収まるべき定位置があるようだ。スペースを効率よく使い、取り出しやすさも考えて試行錯誤しているうちに、大まかな定位置が決まってくる。分かってくるのだ。
これを適当にやると扉や引き出しがきちんと閉まらなくなる。実は、食器の収納までを効率的にするには経験値が必要なのだ。

1年間の休職中に得たこれらのちょっとしたコツやノウハウは、あまりに小さいことなので、人に聞いたりすることもないだろう。また、人から指摘されたりすると煩わしく感じる。

でも、飲み会とかでこんな話題が出ると、めちゃめちゃ共感して大笑いすることになる。

そもそも、
「汚れたものがきれいになる」

その感じが案外気持ちいい。そういうふうに人間というものは作られているのだろう。

作ることと支えること

このように、わたしは食器洗いという食事に必要な一連の作業の後段だけを書いてきたが、本来の家事なら前段階がある。
つまり、献立を考え、買い物をし、調理することまで加わる。

これはまさに何かを作る作業なので、極めてクリエイティブな高度な作業なのだ。

うつの頭には、それが本当に難しい。
先のことを考えて順番に行動する。その心理的負荷は意外と大きい。

包丁さばきも、わたしは、いつまで経っても赤ちゃんレベルだ。
千切りは百切りになるし、とても時間がかかる。

だから日々の食事作りは妻に任せている。めちゃくちゃ速い。
感謝している。

以前なら、洗濯や皿洗いは「大したことではない」と思っていた。
今は少し違う。
簡単に見えるが、義務的になり、役割的になって責任がくっついてくると、毎日続けるのはしんどくなる。

だから、できる範囲で参加する。わたしは気がついたからやっている。自分でやろうと思ったからやっているに過ぎない。そのくらい緩いのがいい。

だから、
調子が悪い日は気がついても通り過ぎる。

家事を見る目が変わった

ふと、
「なんで俺ばっかり皿洗ってるんだ?」
と思うこともある。

そんな時は、「家族のためにやっているのに」などとは考えないようにしている。そうではなく、
わたしは「神様がわたしの体を使って働いておられる」と考える(笑)。

少し変な考えかもしれない。
でも、そう考えると”俺ばっかり”の”俺”が消えるというか薄くなる。人の行動を自分の期待や正解に当てはめて評価しようとする気持ちも、少し静かになる。
それは、自分の心を大切にすることでもある。

そもそも、手足や腰を痛めれば、洗い物さえできなくなる。

うつ病になって、動けない時間を経験した。

だから今、動ける。
できることがある。
そのこと自体がありがたい。

そして、続けていくうちに、もう一つ見えてきたことがある。
これまで、妻はこれを一人でやっていたのか。

洗濯機のボタンを押すだけでは終わらない。
干す、取り込む、畳む、収納する。

洗剤が減れば補充する。
米やティーバッグや日用品の残量に気づくこと。
それらは一つ一つは小さい。

けれど、その後には、では、いつまで保つか、無くなったらどんな影響が出るか、どういう時に困るか、買い物に行けるのはいつか、誰が買ってくるか、誰に頼むか、小さな気づきからその後につながる行動が伴ってくる。

気づくだけで終わりにはならないのが生活だ。生活というものは、その小さなことの積み重ねでできている。

以前のわたしは、それを見ていたつもりで、実はあまり見えていなかった。
休職して(うつ病を発症して)、できることが減った。

でも、その代わりに見えるものも増えた。

家事を見る目も少し変わった。
生活を見る目も少し変わった。

病気による長い休職は、しんどい時間が多いし、ましてや決して楽しいものではない。
けれど、悪いことばかりではなかった。

少しの家事は、わたしにとってうつ病からの回復の最初のリハビリになった。
そして家事を続けるうちに、今まで意識しなかったことに注意が向き、少しずつ世界がよく見えるようになった。

生活は、大きな出来事ではできていない。

洗剤の残量や、乾いた洗濯物や、水に浸けた食器や、誰かが気づいてやってくれていた小さなことの積み重ねでできている。

そんなことを考えていると、坂村真民の詩「尊いのは足の裏である」を思い出す。足の裏のように、普段は意識しないけれど、支えてくれているものを、わたしはつい忘れてしまう。

休職して、できることは減った。
でも、その代わりに見えるものが増えた。

家事の味方になったつもりでいたけれど、実はわたしの方が、家事に支えられていたのかもしれない。

🌍 About this note (in English)

During my leave from work due to depression, I slowly started doing small household chores as part of rehabilitation.
Laundry and dishwashing looked simple at first, but I began to notice the invisible work behind everyday life.
Through these small routines, I came to appreciate the quiet efforts that had supported our home all along.
In the end, I realized that I was not helping housework — housework was helping me recover.

※この記事は、休職中の回復過程の記録として「現在進行形のうつノート」に掲載しています。


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