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冷めないうちに

 四枚の鉄扉の向こう。換気口から降りてくる錆びた鉄の匂いに混じって、ツンと鼻を突く甘い煙が立ち上っていた。

 冷たい発光が、暗がりに割烹着の白をぼんやりと浮かび上がらせている。

 真っ白なコック帽の下で、アンパンのように丸く見開かれた目。男は大きく顎を引いて、釜から煙を深く吸い込んでいた。あんこと生地がぐにゃぐにゃに溶け合った塊を、何度も押し潰す。

「おいしくな〜れ……おいしくな〜れ……」

 まわり続けるコンベアベルトの前に立つ、青い体。丸く白い手が、どら焼きの焼き目に注射器を突き刺していた。

「これを食べればね、のび太くん、もういじめられないんだよ……ふふ、ふふふふふ」

 カブのエンジン音とともに、プラスチックの通箱が荷台へ積み上げられていく。「骨川の旦那! 本日分、積み込み完了です!」アクセルが乱暴に吹かされ、猛スピードで画面の奥へと飛び出していった。

 それをじっと見つめたまま、膝の上に置いた両手を、小さく、重ね直した。

「……お茶でも、淹れようかねえ」

 フネはゆっくりと立ち上がり、割烹着の袖をきゅっと結び直した。お盆を手に取る。湯呑みが二つ。

一歩。
 画面に向かって歩を進めると、それに合わせるように、コンベアベルトが減速して止まる。

もう一歩。
 レバーに手をかけると、プレスマシンは逆らわずに油圧を失った。

 三歩目で、盆の上の湯呑みから、トトト、と微かな波紋が立った。

五歩目。

 フネは足を止めた。

静寂。

 フネはお盆から湯呑みを取り上げ、こね台の上に並べた。

トン。

 高くて、小さな音が響く。まっすぐ立ち上がる湯気。ただの緑茶の香りが、甘い臭気をすっと掻き消していく。

 こね台を見つめたまま、二人は膝から床へ崩れ落ちた。丸い体と老いた体が、小さく平伏する。

「ドラえもんさん」

 フネの声は、穏やかだった。

「ジャムさん」

 ジャムおじさんが、ゆっくりと顔を上げる。

「お茶が入りましたよ」

 フネは湯呑みの位置をほんの少し、指先で整えた。

「……いい加減に、およしなさい」

「……フネさん」ドラえもんの声が、震えて、ものすごく小さかった。「あの、僕、のび太くんがかわいそうで……」

 フネは答えなかった。お盆を脇に抱えて、床に散らばった注射器の残骸をひとつ見て、小さく息をついた。

「冷めないうちに」

 それだけ言った。

 二人は湯呑みを手に取った。温かかった。

 フネは静かにお茶をすする。湯呑みから、まっすぐに湯気が立ち上っていた。

 勝手口の戸が、小気味いい音を立てて開いた。

「ちわーっす! 三河屋でーす!」

 フネは湯呑みをそっと置く。

「はいはい」

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