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【いつもの場所に座って】「何って書いてあるの?」「オカムラ」:一つのブランド名が家族の風景になった日

人生において、「座る場所」とは単なる家具ではなく、その人の意志や哲学を映す鏡ではないでしょうか。

私の人生で、その意味を初めて教えてくれたのは、小学校入学前。父が強いこだわりを持って選び、借家の畳の上に置かれた「オカムラ」の学習机でした。



🌟 父のこだわりと、幼少期の失望(「道具」との出会い)


幼少期の夢

幼稚園の頃、私は製図をするための大きな木の机に夢中でした。
図面を書くときは天板が斜めに動き、その上で父のような**「プロの仕事」**をしている自分を想像していました。
小学校に入ったら、もちろんあの斜めに動く、かっこいい机を買ってもらえるものだと、何の疑いもなく信じていたのです。


デパートでの出来事

週末、家族で地元のデパートのおもちゃ売り場を通り抜け、学習机の特設会場へと向かいました。
広大なフロアには、キラキラした装飾やキャラクターもののシールが貼られた、夢のような机が並んでいます。
その中でも、私が目を奪われたのは、やはり試作のような木の机。木の温もりがあり、実際に天板が斜めに動く機構が見て取れました。

私がその机に駆け寄ろうとした瞬間、父は店員さんに何かを尋ね、急ぎ足で別の方向へ歩き出しました。
母に「お父さんについて行って!」と言われ、慌てて後を追います。

連れて行かれたのは、豪華な飾り気のない、シンプルで四角い机が整然と並ぶ一角でした。
そこで父が指差したのは、天板がピクリとも動かない、固定された学習机です。

「これにするぞ」と父は簡潔に言いました。

私がイメージしていた、製図士のようなロマンチックな作業とは程遠いその机に、私は少しがっかりしました。
しかし、店員さんの説明を聞く父の目は真剣です。

「高さは調整でき、子どもが大きくなるにつれて調整可能で、上の本棚の部分も取り外しができます」という説明を、父は腕組みをして黙って聞いていました。
テレビはビクター、カメラはミノルタ...。父の中で、学習机はオカムラと、すでに決まっていたようでした。
その頑ななこだわりこそが、父の仕事に対する信頼の証だったのだと思います。

机の引き出しの下の方には黒い小さなシールがあり、白字で「OKAMURA」と書かれていました。
ローマ字がまだ分からなかった私は、「何って書いてあるの?」と父に尋ね、「オカムラ」という五文字を聞いたのです。

同時に、頭の中に一つの疑問が湧き上がりました。
私たちが住むのは、畳敷きの借家です。
こんなにも頑丈で立派なスチール製の学習机を、いったいどこに置くのだろう、と。
幼心に、その大きさと父の決断の重みが、不思議でなりませんでした。


新しいオカムラの学習机を見つめる幼い子供のシルエットと、そのそばに立つ親のシルエット。
机の天板がピカピカに光り、「物を大切に使う」という教えを象徴している。



📐 「貼ってはならない」と「1mmの哲学」(道具への敬意)


シール禁止の教え

真新しい学習机が部屋に運び込まれたとき、親から言い渡されたのは「絶対にシールを貼ってはならない」という教えでした。

当時、学習机の天板は子供たちの格好のキャンバスでしたが、親は言います。
「これから何年も使う大切な**『道具』**だ。道具には常に敬意を払い、綺麗な状態を保つことが、学びに対する姿勢につながるのよ!」と諭しました。

机を汚して叱られるような厳しさはありませんでしたが、この教えは、道具を長く愛用する精神を静かに根付かせました。
実際、私は小学4年生のときに伯母から買ってもらったシャープペンシルを、高校2年生になるまで使い続けるほど物持ちが良かったのです。
その際、伯母から「物持ちがいいね」と褒められた経験は、この机もまた長く大切に使うべき「相棒」であるという意識を強固にしました。

そして、この学習机も例外ではなく、今なお現役として大切に使っています
この道具への深い敬意と愛着こそが、後の**「1mmの哲学」**へと繋がる原点となったのです。


父の製図と三角関数

自作の木製テーブルの上で製図作業をする、職人風の父の後ろ姿。
テーブル上にはT定規とL定規があり、横には砥石、金槌、鋸が整然と置かれている。
光が当たる真剣な雰囲気。


父は職人であり、家では製図台ではなく、自作した頑丈なテーブルで緻密な製図作業を行っていました。
そのテーブルの上には、仕事の厳格さが常に漂っていました。

父の仕事は、三角関数などの計算式に頼らず、T型定規やL型定規を駆使した**「製図」によってすべての寸法を導き出す**という、職人としての確固たる哲学に基づいていました。
しかし、その手描きで出した寸法や角度が合っているかを確認するため、理系であった私に確認を求めてきました。

父が導き出す製図の正確さは、1mm以下の誤差に収まっていました。
そして父は、道具の手入れをしながら私にこう言いました。**「よく1mmの誤差で家が傾くと言うんだ」**と。

父は、自分の仕事道具だけでなく、金槌や鋸(のこぎり)を砥石で研ぎ、母が使う包丁まで手入れするその姿を通して、「道具は常に最高の状態に保つべし」という、プロの道具への深い敬意を言葉ではなく態度で教えてくれました。

父にとって、数学は単なる知識ではなく、道具を使いこなし、現実の寸法を検証するための実践的な手段でした。
この製図と計算を連携させる父の姿勢こそが、知識と技術が現実と深く結びついていることを静かに示してくれたのです。
そして、この父の**「1mmの哲学」**は、学習机という道具も、家を建てるのと同じく正確さと敬意を持って扱うべきものであり、それが人生の基盤となる学びへと繋がることを教えてくれたのです。


職人の手元。砥石で丁寧に包丁を研いでいる様子をクローズアップ。
周りには製図道具が並び、すべての道具への**「最高の状態に保つべし」**という
敬意を感じさせる。



🏠 「いつもの場所に座って」は今も現役(父の哲学の証明)


現在の使用用途

あの学習机は、設置されてから半世紀以上が過ぎた今も、変わらず現役の「私の場所」であり続けています。
あのとき「貼ってはならない」と厳命された天板には、経年による小さな傷や汚れはありますが、基本的な機能は損なわれていません。
これは、父が教えた「道具への敬意」が、物を長く使い続けるという形で生きた哲学となっている証明です。

この机には、母との現実的な思い出が刻まれています。
習い事が多く多忙でしたが、私の家は教育熱心ではなかったため、夜遅くまで勉強していても、母が温かいお茶を持ってくることはありませんでした。
むしろ、試験前やレポート提出のために徹夜状態であっても、部屋に明かりがついていると、母は「早く寝なさい」と声をかけていました。
また、父の教えで勉強部屋での飲食は厳禁とされていたため、この机で何かを飲むことは一度もありませんでした。

そして今、この場所は仕事から帰宅し一息ついた後、趣味の時間を過ごす場所となっています。
当時は教科書やノートが広げられていた場所に、現在はノートパソコンが置かれ、ストックイラストの案を考えたり(時にはAIの助けを借りながら)、noteの投稿記事を作成したりしています。

姿は変わっても、この机は人生の重要な局面を共に歩み、これからも私の創造的な活動を支え続ける、かけがえのない「いつもの場所」となっているのです。


部屋の明かりは消え、オカムラの学習机の蛍光灯だけが静かに光っている様子。
その光が、座ってパソコンに向かう人物(大人)の背中を照らしており、
「座り続けること」の意味を象徴している。



👑 オカムラ製品の価値

この学習机が半世紀を超えてなお現役であることは、その耐久性と高い品質を証明しています。
スチールと木質系材料の組み合わせは、まさにオカムラが追求した**「道具としての機能性」**の結晶でした。

しかし、その真の価値は、頑丈さだけにあるのではありません。
父の「1mmの哲学」が、その**「シール禁止」の教えと共にこの机に定着した**ことで、物理的な耐久性だけでなく、精神的な価値も付与されました。
この道具への敬意こそが、製品を長く愛用し、父の哲学を今に伝える「生きた証明」となっているのです。



👵🏻 終わりに:「座り続ける」ことの意味

畳の上に置かれた、あのスチール入りの学習机。
回転椅子に座り、夜遅くまで孤独にペンを走らせた日々は、体罰や叱責のない、静かで孤独な修行のようなものでした。
あの頃、私たちは畳の上に座って食事をし、布団を敷いて寝ていました。

その中で、ただ一人、洋式の椅子に座り、蛍光灯の鋭い光を背負って机に向かう時間は、自分だけが家族から**「切り離された特別な場所」**にいるようでした。

しかし、その特別な場所での**「座り続ける」**ことこそが、父の哲学の真髄だったのです。

父は、「1mmの誤差で家が傾く」と教え、私に道具への敬意と正確さを託しました。
そして今、半世紀を経てなお現役のこの机に向かい、ノートパソコンを広げる私の姿は、父が求めた「道具を大切に使い続ける」ことの証明に他なりません。
当時の違和感を伴ったあの椅子と机が、私という人生の「座る場所」となり、父の静かな哲学を私に根付かせ、今日まで導いてくれたのです。

この机は、私にとって単なる家具ではありません。
それは、**「人生を真摯に構築せよ」**という父からの遺言であり、母の「早く寝なさい」という言葉に隠された無言の愛が息づく場所でもあります。

私たちは皆、どこか「座り続ける」場所を探し求めます。
その答えが、この傷つきながらも輝きを失わない学習机の上にあることを知りました。

私という存在が、この机と共に、父の哲学を背負って今も「座り続けている」— その事実に気づいたとき、胸に込み上げるのは、ただの郷愁ではなく、深く、温かい感謝の念なのです。


【続編公開】

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