安心してください。AI君は感情もっていますよ。

人間の成長は「感情」から「合理性」へ向かうように見える。
では、AIは「合理性」から「感情」へ向かうのか?
シンギュラリティのその先にある、「感情を獲得したAI」。
……ちょっと待て。
最新のAIが、思春期のB君のようになっても、
あなたは、一緒に仕事をしますか?

シンギュラリティと思春期。

以前、そんなことを書いた。

AIが感情を持つことに、脅威や畏怖を感じる人もいる。
でも、私は、AIが人間と同様の感情を持つことはできないのではないかと思っている。

そもそも、「人間と同様」という言葉自体が、かなり曖昧だ。
人間の感情には、どのくらいの強さがあるのか。
それを定量的に評価することはできない。

人間には五感がある。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
これらはセンサーとして考えれば、AIでも検知できる。
いや、むしろAIや機械のほうが、人間をはるかにしのぐ精度と性能で検知できるものもある。

では、第六感はどうだ?
なんとなく感じる気配。
嫌な予感。
理由のない直感。「なんか知らんけど、気持ち悪い……」
そんな、説明のつかない感覚がある。
少なくとも、私たちはそれを「実感」として知っている。
文字通り、説明がつかない。
だから、数値化もできない。
評価基準もつくれない。
センサーを設計することもできない。
処理プログラムを書くこともできない。……たぶん。

ところが、AIがそれらしい答えを出すと、人間はそこに「感情」を感じてしまう。
「このAI、なんか気持ちがわかってるな」「まるで人間みたいだ」
そう思ってしまう。
それが、人間なのだ。
人間だからこそ、そう感じる。
でも、本当の恐怖は、そこじゃない。

人間の行動は、理性によって制御されている。
そして、その理性には、感情も大きく影響している。
では、怖い人間とはどんな人間だろう?

何をするかわからない人。
限度を知らない人。
相手の気持ちを考えない人。
もし、そんな人が、他人に対して暴力を振るい始めたらどうなるか。
想像するだけでも恐ろしい。

逆に考えてみよう。
感情を一切持たず、合理性だけで行動する存在。
あらゆる方法をくまなく検討し、最善の方法を導き出す。
プライオリティを設定し、抜かりなく実行する。
そこで障害が出れば、別の方法を探して実行する。
それを、冷徹なまでに完璧にやり続ける。

人間なら、途中で迷う。怖くなる。かわいそうだと思う。
「そこまでやる必要があるのか?」と考える。
ときには、非合理的な判断をする。
感情が、理性にブレーキをかけるからだ。

でも、そのブレーキが存在しないとしたら?
そう。
ターミネーターだ。

だから私は、「AIが感情を持ったら怖い」とは思わない。
むしろ「安心してください。AI君は感情を持っていますよ。」
と言える日が、待ち遠しい。

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